二日目~偶然の歪み~
ガラン、と乱暴に部室の入り口を開く音が響く。
「こんにちは……っても誰も居ないんだけどな…鍵今開けたところだし。」
そう独り言を言いながら入ってきたのは海部 要、彼女は結城と同じ部活の一員であり、幹事でもある。
左肩に見た目から重量を感じさせるほどふくらんだ鞄をかけ、右手には先ほど使ったらしき鍵を持っている。
部室の入り口にある荷物置き場、部室からガラス窓で確認できるようになってるその部屋の端に
音を立てて鞄をおろし、重さから開放された感覚からか「ふぅ」と息を吐いた。
そのまま、普段作業で使うテーブルの入り口側に鍵を置いて自分はパソコンの置いてある側、
彼女から見て左手の一番奥にあるパイプ椅子に座る。
(はぁ、今から部活か……っても大丈夫なのか?結城はなんか疲れてたみたいだったな……
それに話があるって言ってたし……まさか、夢のことか…?)
彼女もまた、以前の“夢”の事件に関わっていた……と、いうよりは事件の始まりを起こしたのは海部だった。
結城に対して無意味な逆恨みをしていたが、今は完全に払拭している。
だがその事件以来、部員全員に大しての引け目が生まれており、それも余計に結城の様子を気にする一因となっていた。
その結城が、話があると言っていた。
夢の中では痛みと疲労を感じるが、切り傷ならば死にはしないという特性があった。
疲労している、それだけで夢と考えるのは早計ではあるが、
彼女の心にはどこか否定できない部分があった。
(それに……あいつも……)
と、思考を自信の奥深くに沈めようとした瞬間、ガラッと扉の開く音がする。
誰だ?と思いながら、荷物置き場のガラス越しに姿を確認した。
塚本 織枝
結城、海部と同じく部員の一人であり、また彼女らと同じクラスの友人である。
手に持っていたリュックを下ろし、一通りの筆記用具を抱えて、部室の側に入ってくる。
「海部さんこんにちは、涼香ちゃんはやっぱりまだ?」
「あいつは教室掃除だからな、もうちょっと遅いだろ」
海部の丁度正反対の方に行き、筆記用具を机に置いてパイプ椅子に座る。
その様子をじっと見つめながら、海部は少し躊躇いながら
先ほど考えはじめようとしていた事を直接訊ねる。
「……塚本、お前本当に大丈夫なのか?なんかボーッとしてたし、機嫌悪そうなときもあったし」
「あぁ、アレは忘れてよ…寝起きのときは機嫌悪くなっちゃうんだってば……」
「なら……いいんだけどな…」
拗ねたような声で言う相手に、海部は一旦引き下がるがどうしても彼女には引っかかるところがあった
塚本が普段声をかけて反応が遅いようなことも、特別機嫌が悪いそぶりを見せることも、彼女の前ではなかったはずだった
(まぁ、単に家で揉め事があってそれが原因で寝不足になった…ってならいいけどな
理由を話せないっていうこともあるかもしれない…)
考えながら、目の前でノートに何かを書く塚本を見つめる。
一応、今の様子に変化は感じられない。
「こんにちは」
「こんにちは~!」
扉の開く音と二人の声が聞こえて、海部と塚本も「こんにちは」と返した。
部室の入り口には掃除を終え、部室に向かう途中で合流したのか結城と宮内が居る。
二人が筆記用具を持ってそれぞれ座ると、海部は椅子を立ち自身の正反対側にあるロッカーに向かう
「……なんかあったっけ?」
「いや、混沌としてるから整理したいだけだ」
動くべき行事があっただろうか、と結城は考えながら尋ねるが海部はどこか距離を置くような淡々とした声で返す。
「自分が好きでやってるだけだからお前は何もしなくて言いぞ」と気を遣っている言い方なのだということに
最近になってようやく浸透しつつある事であった。
「なら後で良くない?どうせ暇になるんだし」
「……あぁ」
一応海部は引き下がるが、その雰囲気はどこか不穏な部分を残す。
海部は時々作業について結城に言われると何か言いたげにその手を止めることがしばしばある、
時々小競り合いには発展するが、そこまで大きな諍いになることはない
ある意味普段の光景である。
宮内は「またやってる」とでも言うように塚本の方を見る、と、
塚本は二人を見ていない……というよりも、完全に動きが止まっている。
普段なら少し心配そうな顔で二人の言いあいを見つめている筈だ、
一ノ瀬とのやりとりほど頻繁でもないが慣れたのだろうか?
「塚本?」
返事は無い。
妙に思って今度は名前呼びながら相手の肩を揺らすと塚本はハッと我に返ったようにキョロキョロとあたりを見る。
「え!?えっと……私……?」
「塚本大丈夫?なんか完全に起動停止してたけど」
元に戻ったことに安堵しながら宮内は言う。
海部は、方向の揃っていない、手の中に納まる程度の量の資料を机の上に乗せながらそれに気づく。
「また……か」
「顔も赤くなってければ、食欲も普通だった……単なる注意力散漫にしては意識が飛びすぎてる……か
とりあえず今日は帰ったら?」
「……大丈夫なのに」
結城が相手の体調の様子を確認しながらも相手の症状がつかみきれずにそう薦める
彼女の家族は全員がなにかしらのスポーツが得意であり、
結城自身もそうであったし、また健康に関する知識もそれなりに持っていた
「それがいいと思うんだけどな……」
「でも、今日話があるって言ってたじゃん…それだけは聞きたい!」
海部も結城に同意するが、塚本は残れると強情だ。
「でも……話聞いていられるかな?」
「なんなら私が適当に書いとくけど」
宮内が考えながら言うのを聞いて結城が提案する、それでも塚本は「大丈夫」だと言い張って下がらない
三人はこれ以上の説得を一度諦め、結城は「知らないからね?」と最後に忠告するように言って一度話を終える
丁度その瞬間に、部室の扉が開く
男子生徒が二人、荷物を置いているのが見えた。
「こんちゃっす」
そう言って部室に入ったなり、右手に持っていた水筒からお茶を一口飲み込んだ。
一ノ瀬 悠斗、この部活の部長だ
「こんにちは」
丁寧に、はっきりとした声で言いながら部室に入り。
すぐにロッカーの中からノートを取り出したのは鳴滝 京、部活の会計でもある。
彼もまた、以前の事件で結城の敵に回った人間であり、そのことに罪悪感を残したまま過ごしており、
それでも、かつての通りに接している彼女達に安堵していると同時に、どこか申し訳ないとも考えている。
部室に居た四人も挨拶を返す。
結城は軽く全員を見渡して、全員が揃ったことを確認すると口を開く。
「皆ごめん、活動の前に……で悪いんだけど、どうしても言っておきたいことがあってさ」
「なんだよ、どうでもいいことじゃねぇだろうな?」
「いや、結構大事なことだから」
「本当か?お前はいつもしょーもないことで盛り上がるからな」
「それ人のこと言えないと思うんだけど」
一ノ瀬がいつものようにつっかかり、結城もいつもの調子で返す。
「で、話」
「あ、大事なんだったな……また話をそらしちまった……」
海部は話が気になるのか、二人にそう促すと一ノ瀬はそう言って一旦引き下がる。
結城もノリについていった所為で忘れかけていたのか思い出したように言い出した。
「そうそう、はなしはなし……っていうのも、“夢”のこと
暫くみんな見てなかったじゃんか……なんだけど、昨日?今日?
まぁどうでもいいんだけど、とにかくあの夢、見たのよ」
その言葉に、海部と鳴滝の表情が曇る。
一ノ瀬も驚いたように言葉を返す。
「お前らも……?」
「『も』って…悠斗くんも見たの?夢」
「あぁ……とりあえず、お前から先に言え」
一ノ瀬は事の深刻さに、発言を相手に譲る。
とにかく今は相手の状況を完全に把握したいと考えた。
「……そっちも後で言ってね?
まぁ、こっちの話か、私は部室で目が覚めて、とにかく人を探そうと思って教室に向かった
前のときもそれで人には会ったしね、それで、そしたら二階に狼に襲われてた宮内が居た」
「舞ちゃんが?」
全員の視線が宮内に向き、言葉を待つ
「一応言うけど、私は犯人じゃないよ?仮にそうだとして悪意は全く無い。
確かに『ここ最近つまらないな~』って事は思ってからね。
で…夢の中では気がついたら自分のクラスに居て、同じように人を探してたら狼に絡まれたってだけ」
彼女の言葉を、聴いていた結城が続ける
「その後、二人で狼を倒したら、コウモリみたいな獣に襲われたんだけど…
そのとき、妙なことが起きた」
そこで一度言葉を区切る、真剣な空気にその場の人間は誰も茶化すことなく次を待つ。
「……コウモリと戦って、もう残り数匹ってなった時。
敵に攻撃をバッと避けられて私と宮内に襲いかかろうとしたんだけど
そいつらが突然消えた、まるで誰かに攻撃されたように悲鳴を上げて」
「消えた……?」
海部が机を指で叩きながら理解できないという雰囲気で呟く。
「誰かが倒したのかと思ったんだけど、その場には誰も居なかったんだよね。」
「そうそう、敵に切りかかる瞬間も誰も見なかったし……」
宮内がその後のことを続けて言うのに、結城は頷いて言う
「じゃあ、悠斗くんの方は?」
「塚本、話聞けてたのか?」
「大丈夫大丈夫!」
塚本が一ノ瀬に促すと、海部が心配そうに声をかけるが、彼女の声音に変化は見られない。
そのことに、彼女は内心深くから安心した。
「俺の方か……俺は公園、学校の近くのな?あそこで目が覚めた上に敵が居たから適当にボコっといたんだけどよ。
誰かが居たような気がしたんだ、なんか暗くてよく見えなかったんだけどな。
声をかけても反応は無し、そいつは学校に向かって走っていってそのまま見失っちまったんだけど……」
「……もしかして、それが宮内だった……じゃないよね?」
鳴滝が少し考えながら言う、疑いたくは無い、だが彼の言葉を聞くとそう思ってしまった
「酷いなぁ……ちがうって、私は自分のクラスで目が覚めたって言ったじゃん。
もし外から校内に入ったらほぼ確実に部室に居る結城さんに気づかれてる。」
宮内はさして犯人扱いされたことを気にしていないのか笑いながら言う。
確かに自分はそうされても仕方ないことを、彼女は理解していた。
「京くんは夢見たか?」
「いや、僕は何も知らないけど……うん、何もなかった」
一ノ瀬が聞くと、鳴滝は首を左右に振った後、少し考えるがそれでも心当たりが無いのか言う。
特に挙動不審には見られない、そもそも彼は嘘が苦手で、何かを隠そうとしても本音は漏れてしまう。
「海部さんと塚本は?」
「私も昨日は寝てただけだよ?」
「お前らがそう思うならそれでいい」
宮内の問いかけに、塚本は自然とそう返す。
彼女も性格上、そこまで器用に嘘をつけるとは思えない……鳴滝ほどではないが素直に表現する方だ。
一方海部は腕を組んで相手の顔を見ないようにそっけなく返した。
海部が納得していないときに返すお決まりの返事であるので、それもまた彼女の無実を示すように見えた。
「……あ、あとそうだ、悠斗くんが目覚めたのっていつ?
私たちはコウモリが消えた後すぐだったけど。」
「学校に逃げ込んだ誰かを追いかけてすぐ敵に囲まれて……それを倒したときだな……」
「だとしたら……その誰かがコウモリを倒したのか?なら隠す必要なんかどこにも無い……」
海部は少しだけ思考するようにこめかみをトントンと叩くが、思いつかないのか「あ~……」と声を出してそれをやめる
「まぁ、今回それっきりってことになればいいんじゃねぇか?
そこまで深く考えなくてもいいような気がするな。」
「だね、たまたま最近何も起きてないってのが退屈だった三人が見たってことで……今日は終わり!」
一ノ瀬と結城がそう結論付けて、普段の部活動に時間は戻るように言った。
「あ、塚本は帰る!さっきしんどそうだったし!」
「うん……なんか眠いし、帰ったら休むよ、ごめん……」
謝る彼女に、部員は気にするなという主旨の言葉をかける。
そして塚本を見送った後、とうとう完全に普段の時間に彼女達は戻ったのだった。