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私の目の前には、ピンク色の世界が広がっていた。
あっ、ピンクはピンクでも、いやらしい意味じゃないよ?
壁や天井には今までの白じゃなくて、優しい色合いをした薄いピンク色の色地に、可愛い花柄が付いた壁紙が使われていた。
部屋の中央に置かれている円型のテーブルの上には、壁紙と同色のテーブルクロスが敷かれていて、外に咲いていた数種類の綺麗な花が飾られている。
テーブルの両隣にはクリーム色したソファーがあり、その上にはハート型や星型の色とりどりのクッションが並べられてある。
少し目をずらすと、可愛らしい形をした棚の中に、服を着た数体のテディベアの縫いぐるみが座っていた。
他にも、様々な小物等がこの部屋には置かれている。
普通の人間───というか大人にとって、少女趣味がてんこ盛りといったこの様な部屋はちょっと近寄りがたいだろうが。
なんつー私好みの部屋っ!!!
そう、見た目に反して可愛い物やフリルがいっぱい付いた物が大好きな私にとって、この部屋は私の理想がギュッ! と詰まった夢の様な部屋だった。
うっとりと室内を見回していると、後ろから肩を叩かれた。
「この部屋、可愛い物がいっぱいあるだろ。どう? 気に入ってくれた?」
「はい! 私、こういう可愛い部屋とか好きなんです。あぁ~、こんな部屋に1度は住んでみたいなぁ」
「そうかそうか。実はな? この部屋は───」
ジークさんが自慢げに何かを言おうとした時、それを違う声が遮った。
「ジーク。お客様をそんな所に立たせていないで、中に入れて差し上げたら?」
声をした方に顔を向けると、黒い眼帯をした綺麗な女性が私達を見ていた。
その人は溜息を付きながら、こちらへ歩いて来た。
「あぁー、悪い。ついこの子の反応が嬉しくてな」
「ジークの気持ちは分からなくはないけど、今はそんな事を語る時ではないでしょう?」
「すまんすまん」
「全く。……すみません、立たせたままにしてしまって。どうぞ、こちらにお掛け下さい」
頭を掻きながら笑うジークを横目に見つつ、女の人は私に近づくとソファーに座るように勧めてくれた。
私が座ると向かい側のソファーに2人が座り、それぞれの自己紹介をする事になった。
「まずは俺から。名は、ジークウェル・オルデス。皆からはジークと呼ばれている。君もよかったらジークと呼んでくれ」
「はい、ジークさん」
「そして、隣にいるのが───」
「待って。自分で言うわ」
ジークさんが隣にいる女の人を紹介しようとしたら、その人は手を上げて止めた。
どうやら、自分で名乗りたいらしい。
「昨日も名乗りましたが、改めて紹介させて頂きます。私の名は、リュシーナ・オルグレンと申します。私の事は、リュシーとお呼びください」
「リュシーさん……ですか」
「フフッ。さんはいりません。リュシーでいいですよ」
「いやいや、初めてお会いした人を呼び捨てになんて出来ませんので」
私は思いっきり首を横に振った。
見た目若く見えたとしても、どう見てもこの人達は私よりは年上なのに、そんな人を呼び捨てになんて出来ません。
呼び捨てだけは勘弁して下さいと言ってから、次は自分の番と口を開く。
「では私の自己紹介を。……えっと、私の名前は瑞輝透です。こちらの言い方ではトオル・ミズキですかね? ……その、昨日は助けていただき有難うございました。本当に、感謝しています」
頭を下げると、リュシーさんは気にしないで下さいと言ってくれた。
「それよりも、傷の方はどうですか?」
「痛みますが、激しい動きさえしなければ大丈夫です」
「そうですか。……本当は、昨日のうちに直ぐにでも傷を治してしまいたかったんですが、ジークが居なかった為に出来なかったんです」
「用事があって町にまで出ていたんだ。それで、帰って来たのがほんの少し前でね」
「恥ずかしながら、私は治療系の術が使えないもので、傷は彼が帰って来てから治してもらおうと思い、応急手当だけさせて頂きました」
「本当は俺も治療系の術はあまり得意じゃないんだが、それ位の肩の傷だったら直ぐに治せる。───と、言う事で。さっさとその傷を治そうか」
え、傷を治すって……どうやって??
これから何をするんだと不思議に思いながら、私の横に移動して来たジークさんに袖を捲られ───包帯を巻かれた左肩に手を触れるか触れないかの所で手を止て、小さな声で何かを呟いた。
すると、彼の手から薄い緑色の光が出現し、私の肩を包み込む。
光が当たっている場所はとても温かく、ズキズキと痛んでいた傷の疼きが徐々に消えていく。
「え? 痛くない??」
光が消えて彼が手を放した時には、もう肩を動かしても痛む事はなかった。
驚いて包帯を取ると、そこにはナイフが刺さっていた傷跡がどこにもなかった。
数日前にドアの角にぶつけて出来た青あざも、きれいサッパリ消えている。
「……もしかして、これって魔法ですか?」
「そうだよ? え、何でそんな事を聞く───って、もしかして」
「まさか……トオルは今まで、魔法を使った事がないんですか?」
「使うも何も、魔法なんてものは初めて見ました」
「初めて……」
「………………」
私がそう言うと、2人は顔を見合わせて何かを考え込んでいるようだった。
私は私で、魔法ってなんて便利なんだろうと思っていた。
だってそうでしょう。転んだり何かをして怪我しても、魔法でちょちょいのちょーい! で治っちゃうんだから。
学生の頃は空手で出来た傷をあまり気にしなかったけど、そろそろ25歳となる私はお肌の曲がり角に差し掛かっている。
あまり生傷などつけたくないと思っていた。だけど、魔法があれば、そんな事を気にする必要がない。
魔法っていいなぁー。さすが異世界!!
出来る事なら私も使ってみたい。まぁ、無理だろうけど。
そんな事を考えながら、捲っていた袖を直そうとしたら、肘上から指先を包帯で巻かれているのが目に入った。
たしか、ナイフが刺さって痺れていた範囲だ。
包帯で隠れて見えないけど、こちらに来て大きくなった痣がある所でもあった。
腕の痺れが無くなっていたので、先ほどジークさんが一緒に治してくれたものだと思い、腕の包帯を取ろうと結び目に手を掛けたら、2人に物凄い勢いで止められた。
「ちょちょちょ、ちょーっと待ったぁっ!!」
「今それを外したらいけません!」
2人共、何故そんな必死な顔におなりで?
「あのぉ、今は腕の痺れや痛むって事は無いので大丈夫ですよ?」
私がそう言うと、リュシーさんは首を振った。
「残念ながら、腕の痣は治っておりません」
「え? ……でも」
「ジークが治したのは、肩の傷だけです。先ほどジークが言ったように、彼は治療系の術はおさわり程度しか出来ません」
彼女がそう言うと、横にいたジークさんは顔を引き攣らせながら、お前は俺以下じゃねーか。と、ボソリと呟く。
そんな言葉をスルーして、彼女は続ける。
「トオルさんの腕の痣なんですが、昨日私が手当をした時には手の甲から手首辺りだったのが、朝に包帯の交換をした時には、中指の第二関節から肘上までに広がっていたんです」
「ひ、肘上!?」
包帯を巻かれた腕を凝視しながら叫んだ声が、ひっくり返りそうになった。
だって。
「なんで痣が進行してんのぉ!?」
何かもう、異世界だからとか言っていられないような気がして来た。




