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バルコニーでリュシーさんと話した時、私はあるお願いを言ってみた。
それは――。
デュレインさんにも言われた魔力のコントロールと魔法の使い方を教えて欲しい事と、私と零が住める家を探してもらえないだろうか、というものだった。
フィード君が元の世界に帰る為の召喚陣を完成させるまで、このままリュシーさんのお宅でお世話になるわけにもいかない。
私の話を聞いても、リュシーさんは気にする事は無いから、ずっとここに居ればいいと言ってくれた。
本当は、リュシーさんの家に居れば何の苦労もなく過ごせるんだと思う。
でも、好意に甘えてばかりいると、そのまま甘え癖がついてしまうのが目に見えている。
だから、リュシーさんの好意を辞退した。
何度も引き止められたが、私は(心の中で泣きながら)首を縦に振る事はしなかった。
頑として頷かない私を見たリュシーさんは、溜息を吐くと分かりました、と言う。
「ですが、私が言う条件を聞き入れてくれたらの話ですよ?」
いいですか? との言葉に、私は初めて頷いた。
――それから二カ月が過ぎ。
私は今、異世界で就職活動をしていた。
「はぁぁ……」
白い雲が浮かぶ青い空を眺めながら、私はどんよりとした気持ちで溜息を吐いていた。
流れゆく雲をボーッと眺めていたのだが、ふと、右手に握られている紙に目をやる。
そこには『働ける人 急募!』と言う文字が書かれていた。
「……嘘じゃん」
求人広告の紙をグシャッと握りつぶし、ポケットの奥に突っ込む。
遡る事、十分前。
私は求人広告を出した店に出向いていた。
そこは、長蛇の列が出来るほど流行っているパン屋らしく、仕事内容は『接客、又は裏方の力仕事』などと書かれてあった。
私は混み時間を避けて、リュシーさんに用意してもらった履歴書を片手にパン屋の扉を開けた。
「あのぉ~……こちらの広告を見て来たんですが」
カウンターにいる恰幅のいいおばさんに、『働ける人 急募!』という広告を見せながらそう言うと、おばさんは「ちょっと待ってておくれ」と言って店の奥に行ってしまった。
そわそわしながらおばさんを待っていたら、程なくして筋肉モリモリのごっついオッサンが出て来た。
プロレスラーみたいに筋肉モリモリなオッサンは、どうやらこの店の店主らしく、エプロンに白い粉が付いている所を見ると裏でパンを作っていたらしい。
パンパンッと手に着いた粉を叩き落としながら、私の格好を見るなりオッサンは――。
「今うちは接客より裏方の方を補充してぇーんだ。だから、そんなナヨナヨした体のお前を入れる事は出来ねぇ」
そう言って、最後に「悪ぃーな坊主」と言いながら店の奥に引っ込んでしまった。
呆然とする私に気を使ったおばさんが、店で人気の菓子パンと食パンを何個か袋に入れて、私に「ゴメンなさいね」と言いながら渡してくれる。
面接に速攻で落ちた私は、肩を落として店を出たのであった。
「誰が坊主だっ!」
確かに、今の私の格好は男が着る様な物を着ている。
こちらの世界の人が着る女性の服はふんわりとしたロングスカートが多く、動きづらいと言うのもあったのだが、どうも私には似合わなかった。
しょうがないので、身長が近いエドとカーリィーから服を少し借りている。
だから、男と間違えられるのはしょうがないとして……。
24歳の乙女(気持ちは)に向かって、“坊主”とは失敬な!
イライラしながらそう叫んだ後、この世界に来てから何度したか分からない溜息がまた出た。
リュシーさんの家にお世話になっている間に、リュシーさんやジークさんが家を探してくれた。
生活に必要な物をある程度揃えてもらう事は、甘えさせてもらった。
それから新たな家に引越し、これから生活するのに必要なお金を稼ぐために仕事探しをしているのだが……。
結果は全敗。
行った先々で断られた。
つまり、今の私はニートなのだ!
世間……と言うか異世界で就職活動の厳しさに泣きたくなる。
「はぁ~、これからどうしよう」
しかし、項垂れている場合ではなかった。
仕事をしていない私達はもちろんお金が無い。
そこで、リュシーさんが仕事が見つかるまでお金を貸してくれると言ったのだが、お金の貸し借りは基本的に嫌なので、丁重にお断りをしようとした……のだが、お金を受け取ってくれなければ家が見つかっても、リュシーさんの家から出す事は出来ないと言われてしまい、渋々受け取る事になった。
だが、やっぱり人からお金を借りっぱなしになっているのは居心地が悪い。
だから、早く仕事を見つけて借りた分のお金を返したいのだが、これがなかなか思う様にいかないのだ。
「帰ったら今回も駄目だったと言うのかぁ……憂鬱だ」
トボトボと歩きながら、私はひとまず零が待っている家に帰る事にした。
貴族街と商店街の中央に位置する庶民街。
リュシーさんの家がある貴族街から近い位置にある、煉瓦で出来た一軒家を紹介された私と零は、今そこに住んでいる。
「ただいまぁ~」
玄関を開けながらそう言うと、廊下の突き当たりにある扉がゆっくりと開く。
「お帰りなさいませ、トオル様」
メイド服を着ていない、私服姿のデュレインさんが出迎えてくれた。
その後に、零とフィードが出て来た。
「透ちゃん、お帰りぃー」
「お帰りトール。……随分早くに帰って来たね」
私と零が住んでいる家には、デュレインさんとフィードも一緒に住んでいた。
なぜかと言うと――。
紋様が見えなくなっているからと言って“紋様を持つ者”を護衛も付けずに外に出す事は出来ないと、リュシーさんとギィースさんの二人から言われてしまったからだ。
だけど、黒騎士であるリュシーさん達が一緒にいれば、私達が“紋様を持つ者”だとバレる危険性もあるから、リュシーさん達が信頼出来る人達と一緒にならいいよと言われる。
そして、リュシーさんの口からとんでもない言葉が出て来た。
デュレインはどうでしょうか?
私の中で、第一級危険人物と断定されているデュレインさんを、名指しで指名して来た。
速攻で断ろうと思っていたのだが、その次にギィースさんが、じゃあこちらはフィードを置いて行きますと言う。
まぁ、フィードが一緒に住むのは賛成である。
彼が元の世界に帰れる魔法陣を完成させた時に、近くにいなきゃ意味が無いし。
でも、デュレインさんはちょっとなぁ~と思っていたんだけど、デュレインならトオルさんとレイさんを安心して任せられます、とまで言われてしまうと、嫌とは言えなかった私であった。
早く帰って来た私に、今回も駄目だったんだね、と言いたげなフィードの顔を見ないように家の中に足を踏み入れる。
近づいて来たデュレインさんが、私の持っているパンが入った袋を持ち、まだ私が何も言ってないのに「今回も残念でしたね、次も頑張ってください」と全く感情か籠ってない声でそう言う。
顔の筋肉が引き攣っている私を見ずに、袋の中身を見たデュレインさんは、これを今日の昼食に使いましょうと言って台所へと向かった。
その後ろ姿を見ながら、私達はもう一度溜息を吐きながら食べたい物を注文する。
「私、野菜がたっぷり入ったサンドイッチが食べたい」
「私は、ホットサンド!」
「あ、僕は肉とチーズをタップリ挟んだやつがいい」
「分かりました」
無表情ながらも嫌な顔を一つもせずに私達の食事を作ってくれるデュレインさんに、なんやかんやと言いつつ、私達はここ数週間ですっかり懐柔されていたのであった。
次は25日の21時過ぎに投稿予定。




