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話がひと段落したところで、リュシーさんが後ろに控えていたデュレインさんに目を向ける。
「ねぇ、そろそろ結界を解こうと思っているんだけど……トオルさんとレイさんの紋様、どうにか出来ない?」
袖を捲ったままだった私の腕を見ながらそう言ったリュシーさんに、デュレインさんは出来るわ、と簡潔に答える。
彼女が出来ない事って……あるのかなぁ?
そんな事を思っていると、何を考えているのか分からない無表情顔で、こっちに向かって来る。
カーリィーの膝の上にいる私は、徐々に近づいて来る彼女を見て身構えてしまう。
だってさぁ、デュレインさんって無害そうな顔をしてんのに、何をして来るのか全く予想出来ないんだもん。
ビクビクしている私に構わず、デュレインさんは私を抱いているカーリィーの後ろにまで来ると、「失礼します」と言って私の左腕に手を伸ばす。
「うひっ?」
次に何をされるのかとビビり過ぎて、変な声が出てしまう私。
それを見たカーリィーが「あっ、今度は変な事すんなよ!」と、すかさず釘をさす。
しかし――。
「変な事とは?」
「ん? そ、それは……あれだよ」
「あれとは?」
「あれって言ったら、あれんだよ。分かんだろ」
「分かりません。ハッキリ言って頂けません?」
「だ、だから……」
「だから?」
「うぅぅ……っ、あぁー、もうっ! 何でもいいから、トールに変な事するなっ!」
うがーっと咆える、カーリィー。
ルルとエドは、そんなカーリィーを見ながら呆れた様に溜息を吐いている。
デュレインさんは肩を竦めてから、分かりましたと答えた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、カーリィー。だから、早くトオルさんをデュレインに見せてあげて」
「……分かったよ」
リュシーさんに言われ、渋々と言った感じで椅子を引くと、カーリィーは私を離さずにデュレインさんの方へ体を向けた。
対面した私に、デュレインさんは私の視線に合わせる様に跪く。
そから、まっ白なエプロンのポケットに手を入れると――そこから三つの指輪を取り出した。
「これは紋様を隠すためのものです。この三つの指輪を、左手の人差し指と中指、そして小指に嵌めて下さい」
渡された三つの指輪を、私は言われた通りに嵌める。
指輪の大きさは子供の指より大きかったが、指輪の中に指を入れた瞬間、大きさが縮んでピッタリサイズになった。
私の指に収まった指輪を見たデュレインさんは、私の左手を掴みながら何かを呟く。
その瞬間、デュレインさんと私の周りに黄緑色の魔法陣が浮かび上がった。
、目を閉じてから三つの指輪に口付ける。
最後の指輪から唇を離し、デュレインさんが閉じていた目を開けると魔法陣も消えてしまった。
「これで、今の所は大丈夫でしょう」
伏せた瞼をゆっくり開き、睫毛に隠れた琥珀色の瞳が何も言えずに固まっている私を映す。
その瞳にしばし見とれていたのだが……視線を私の指に戻した彼女が、なぜか、徐々に手に近づいて来て。
パクリと私の中指を口に含んだ。
ほぎゃゃぁぁぁぁぁぁっ!?
食われたぁ!? と彼女のお口の中に消えた自分の中指を、パカンと口を開けながら見詰める事しか出来ないでいる私。
リュシーさん達もギョッと目を見開き、デュレインさんのまさかの行動に呆気に取られている。
多分、その心は『何しちゃってんのあんた』だろう。
「変な事すんなっつったろーが!!」
カーリィーは私をデュレインさんから遠退けるように、バッと椅子から立ち上がって数歩離れた。
エドとルルと零が揃って「あ゛ーっ!!」と言う絶叫もなんのその、デュレインさんは顔色一つ変えずに話し続ける。
「指輪に私の魔力を入れておきました。これを外さない限り、紋様が浮かび上がる事はありません」
「おい! 無視かよ!?」
デュレインさんはカーリィーをサクッと無視。
私に腕を見る様に催促する。
「あ、紋様が――」
腕を見ると、中指から肘上まであったタトゥーみたいな紋様が消えていた。
指を咥えられたのも忘れて腕を眺めていたら、ですが、とデュレインさんが口を開く。
「これは魔力を強制的に押さえるための『封環』ではありません。ですから、魔法を使う時は十分気を付けて下さい。一度に大量の魔力を使うと、紋様が浮かび上がってしまう危険性があります。魔力をコントロールする訓練や魔法を使う時は、必ず私か、黒騎士を側に置いてからなさって下さい」
いいですね? といつにない真剣な表情のデュレインさんに、私は分かりましたと頷いた。
それからも注意事項を話し続けるデュレインさんであったが、何で私の指を口に含んだのかは……話す気は全く無いらしい。
「見て見て透ちゃん! キングサイズのベッドがあるよぉ~」
「あっ、こら! 飛び跳ねるなって!」
私はぴょんぴょんベッドで飛び跳ねる零を睨みつける。
――あの後、デュレインさんは零に紋様を隠す為のネックレスを渡し、私と同じようなやり方で紋様を隠した。
それを見た私は少しほっとした。
だって、私にした事を零にもしたっていう事は、決して“変な趣味の持ち主”ではないと言う事だからだ。
程なくしてリュシーさんが結界を解き、ぞろぞろと入って来たメイドさん達が用意した美味しい夕食とデザートを食べ、皆と話しながら楽しくゆったりとした時間を過ごす。
夜の11時を少し過ぎた頃、リュシーさんは私と零に疲れただろうと言って、部屋を用意したからそこで休むようにと言ってくれた。
そのお言葉に甘え、彼らに一言挨拶してから、デュレインさんに連れられて今の部屋に来たのだが――。
広い寝室に入った零は、大人が5人並んで寝てもまだ余裕がありそうなベッドを見て、興奮した様にキャッキャと騒いでいた。
「それでは私は戻ります。何かありましたら呼び鈴を鳴らして下さい」
頭を下げ、部屋から出て行くデュレインさんを見送ってから、私はベッドによじ登り、大の字に寝っ転がった。
ボーッとこれまで起きた事を考えていたら、ここが異世界っていう実感がないよね、と零がポツリとそう言った。
首を横に向けると、私と同じく手足を投げ出して大の字に寝ている零が目に入った。
スカートの裾がかなり際どい所までずり上がっていたから、裾を直してやりつつ、そうだねと相槌を打つ。
ポツポツと今まであった出来事を話していたのだが、不意に静かになった事にあれ? と思って横を見たら、口を開けて寝ていた。
「はえーな、おい」
起き上がって、子供の様な顔で眠る零の頭を撫でてから、風を引かない様に羽毛布団を掛けてやる。
暫く寝顔を見ていたが、私はそっとベッドから離れると、ベランダがある窓の方へと歩いて行く。
足音を立てない様に窓に近づき、窓の取っ手を掴んでそっと押して外に出る。
「うわぁ~……」
ベランダに出ると、そこは、まるでキラキラ光る宝石が散りばめられたかのような夜空が広がっていた。
「プラネタリウムの中にいるみたい」
それ程綺麗な空だった。
どれくらいの時間、空を見ていただろうか。
上を向き過ぎて首が痛くなってきた頃、横から誰かに声を掛けらる。
「眠れませんか?」
視線を上から横にずらすと――そこには、リュシーさんがいた。
どうやら、隣の部屋がリュシーさんの部屋らしい。
リュシーさんは隣のベランダから私を見て笑っていた。
「そうなんですよ。さっき寝ちゃったからか、眠れなくて」
肩を竦めてそう言うと、リュシーさんはクスクスと笑っていたが、そう言えばと何かを思いついた様に口を開いた。
「トオルさんにまだ話していない事がありました」
「話していない事?」
「はい。実は――」
私達以外に、この国には黒騎士があと2人いるんです。
リュシーさんは何故かそれから溜息を吐いた。
「一人は、事情があって貴女に会う事が出来ないんですが、もう一人が消息不明な状態でして……」
「消息不明……」
「何と言いますか……居場所が分からない者は私達と同じ誓約印を持つ者なんですが、『“あいつ”が戻って来るまで旅に出る』とか言って出て行ったきり、本当にどこに居るのか分からないんです。ですが、どこかで私達黒騎士が動き出したと聞けば、直ぐに戻って来ると思います。その時は、トオルさんに紹介したいと思っているのですが……なにぶん、二人共個性がつ……豊かですから、ビックリすると思いますが、会うのを楽しみにしていて下さい」
今、個性が強いって言おうとしてませんでした?
「……その人達に会うのが、今からとっても楽しみですね」
棒読みになったのは許して欲しい。
だけど、その言葉を聞いたリュシーさんはホッとした表情をした。
それから二人で他愛のない話をしていたのだが、私は光り輝く夜空を見詰めながらリュシーさんにこう言った。
「ねぇ、リュシーさん。ちょっとお願いがあるんですが……」
25日の朝9時に投稿予約をしています。




