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「でもさぁー。なんで私達に紋様ってもんがあんの?」
零が私の腕を眺めながらそう呟く。
その言葉に私も頷いた。
だって、“紋様を持つ者”は、紋様があった王子達の血を受け継ぐ『ウェーゼン国』、『ゼイファー国』、『ジィストル国』、『レクウォール国』の4国だけしか現れないんだよね?
なのに、何で異世界人の私達の体にそんなものが現れるんだろう。
それに、リュシーさん達が主従の契約をしたと言っていた人だって、私と同じ地球人みたいだし?
頭の中でハテナマークが飛び交う。
「……んー。それは俺にも分からん」
ジークさんは肩を竦めながら分からないと言い、リュシーさんや王子に視線を投げかけるも、同じく分からないと首を振られる。
けれども、私の左腕や零の胸にあるものは、間違いなく本物の紋様だときっぱりと言われた。
分からないのならしょうがない、と言う事で、次に気になる事を零が聞いていた。
「んじゃさ、私にも魔法って使える?」
「えぇ、もちろん使えますよ」
零の言葉にギィースさんがそう答える。
「確かに、レイさんも魔力を押さえる封印が施されていた形跡がありました。ですが、フィードが作り上げた変則魔法か何かで、封印が解けていたんです」
だから魔法は使えますと言うギィースさんに、私はマジで? と聞き返しそうになった。
「それに、言語能力もこちらのものに変換されていましたね」
「えっ、あの白く光る魔法陣って……そんな事までしてくれていたの?」
と、言う事は、零はこちらの世界に来てから言葉で苦労しなかったと言う事になる。
零に確認すれば「うん、最初から話せたよ?」と言われてしまった。
きちんとした手順で魔法陣を通ってこちらの世界に来ていたら、何の苦労もする必要がなかったのだ。
私の頭の中では、昨日起きた事が次々と流れて行く。
フィード君が魔法陣から私を弾かなかったら……。
そんな思いを込めてフィード君をジト目で見たら、プイッと横を向かれてしまった。
私っていつから不幸体質になったんだと溜息をついていたら、隣にいる零が嬉しそうな声を上げた。
「透ちゃん、魔法使えるんだって!!」
何がそんなに嬉しいんですか? と突っ込みたくなるぐらい、顔を輝かせている。
あぁ、そう言えば、零って小さい頃は魔女っ子に憧れて「大きくなったら魔法使いになる!」とか言っていたな。
「……みたいだね。って言うか、どうやって使うか全く分かんないけどね」
「ん~……あっ、こういう風に、出でよ炎!! とか言ったら出たりしてぇ」
何気なく、私に右手を向けながらそう言った零に、リュシーさんとギィースさんが一斉に叫んだ。
「トオル!」
「レイ、駄目だ!」
二人の緊迫した叫びに、私と零が驚いていると――。
私に向けられていた零の掌が紅く輝き、真っ赤に燃える炎が中央に集まっていく。
「へ?」
目の前で揺れる炎の熱で、肌がチリチリと痛む。
そして――。
視界が赤一色に染まった。
マジで魔法使えんのぉ!?
って言うか、こんな至近距離だと絶対避けられない!
「……っ!?」
腕で顔を庇いながら、顔を背ける。
…………。
…………。
…………。
…………あれ?
いつまで経っても訪れない熱さに、顔を庇いながら首を傾げる。
そんな時――。
「ふぅーっ。間一髪だったわ」
「……え?」
頭上から、リュシーさんの声が聞こえた。
腕を顔から外し、恐る恐る目を開けると――柔らかそうな青銀色の長い髪が、サラリと流れ落ちるのが見えた。
そーっと顔を上げると。
「大丈夫ですか? トオルさん」
優しく微笑むリュシーさんがいた。
「え? あ……う、うん。大丈夫」
何が起きたのか、まだ理解出来ていなかった。
痛いくらいドキドキ鳴っている心臓を押さえながら、私はゆっくりと辺りを見回してみる。
元の席から少し離れた場所に、リュシーさんに抱き抱えられていた。
一体、いつの間に私を抱き抱えて移動したんだろう?
だけど、リュシーさんが助けてくれなかったらどうなっていた事か。
少しだけ火傷をしたのか、じりじりと痛む頬が本当に危なかったのだと教えてくれる。
「デュレイン」
「こちらは問題ないわ」
炎は、後ろに控えていたデュレインさんが魔法で消し去ってくれたみたいだ。
もし零が放った炎でリュシーさんの家が火事になったらと思うと、ゾッとする。
火災保険なんてあるはずはないだろうし、お金が無いから弁償なんて出来ない。
一生掛かっても無理だ。
そんな事を考えるも、目の端に映ったものを見た瞬間、思考が停止する。
「零っ!」
そこには、ギィースさんに腕を掴まれてグッタリとしている零がいた。
リュシーさんに降ろしてもらい、慌てて零に駆け寄る。
「零、どうしたの? どこか具合が悪いの?」
ギィースさんにもたれ掛かる零の顔を、ぺしぺしと叩いていたら、ギィースさんが心配しなくても大丈夫だと言った。
「これは、私が彼女の魔力を強制的に止めているので、この様な状態になっているんです」
「魔力を、止める?」
「はい。誓約印を持つ黒騎士は、“紋様を持つ者”を護るだけではなく、魔力が暴走した時の為に、魔力を押さえる事も出来るんです。ですが、それは体の一部を触ってないと出来ません。こうやって離すと――」
ギィースさんが零の腕を離した瞬間。
「ごめんっ、透ちゃん!!」
「ぐぅぇっ!?」
今の今までグッタリとギィースさんに凭れ掛かっていたのに、ギィースさんが手を離したら水を得た魚の様に跳ね起きて、ガバッと私に抱きついて来た。
「離すと元に戻ります」
「……そうですか」
多分、零も本当に魔法が使えるなんて思ってもみなかったのだろう。
まあ、私も思わなかったけど。
猫耳が零の今の気持ちを代弁しているかの様に、シュンと垂れている。
そして泣きそうな顔で「ごめんね」を連呼していた。
「いいよ、零。私は大丈夫だったんだから」
私は零の頭をポンポンと叩き、項垂れる零を慰めてやった。
6月24日の0時過ぎにも更新します。




