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両手で口元を押さえて悶絶していたフィード君であったが、ある程度口の中が回復してから涙目で叫ぶ。
「なんだ、あの味は。毒より酷いぞ!?」
「アハハ、良薬は口に苦しって言うじゃない」
「度が過ぎる苦さだろ!?」
「まあまあ、いいじゃない」
と言いながら、ルルは「ほら」とフィードの胸に指を指す。
「「「あっ」」」
目を向けると、はち切れんばかりに膨らんでいた胸が、まるで風船から徐々に空気を抜いていく様に萎んでいく。
「お……? おぉっ!!」
ペタペタと完璧に平らになった胸を触りながら、フィードは元に戻ったと喜び叫ぶ。
それを見ていたルルはフフッと笑うと、次に、零に視線を移した。
「それじゃあ、次はレイさんね」
「あ、待って!」
零の解毒薬を作ろうとしたルルが近くにあった棚に体を向けようとした時、焦った声で零が待ったを掛けた。
「どしたの?」
「あのさ、この症状っていつまで続くの」
「……ん~。そうですね」
ルルは零が持っていた魔法薬をチラッと見て、猫耳と尻尾を見る。
「そんなに摂取していないようなので、多分、2~3日で元に戻ると思いますよ」
「あ、そんなもん? それじゃ、このまんまでいいや」
零はそう言うと、長い尻尾を掴んで先をクルクルと回す。
私はにゃんこな零を見上げながら首を傾げた。
「そのままでいいの?」
「うん。ヒゲが生えちゃってたら嫌だったけど、これぐらいなら大丈~夫。それに、何か可愛いし♪」
「……あっそう。それじゃ、ルル。私を元に戻して?」
零がそれでいいなら別にいいや、と思った私は、早く元の姿に戻りたくてそう言ったのだが、なぜかルルは首を振った。
「あのね、とっても言いにくいんだけど……」
「…………何でしょう?」
急に口ごもるルルに嫌な予感が。
「あのね、魔法薬は小さな粒をそのまま飲み込むか、口の中でゆっくり溶かして飲むのが普通なの。そうしないと、急激に魔法薬が体にしみ込んで、副作用を起こすから」
「副作用?」
ルルはうんと頷く。
「トールは、あのテーブルの上に置いてあった魔法薬を食べちゃったんだよね? あの大きさの魔法薬を噛み砕いて飲んだ事による副作用がどういった風に出てくるのかは、まだ分から
ないけど、魔法薬で急激に縮んだ体を、直ぐに元に戻す事を私は勧められない。解毒薬はある事はあるんだけど……副作用のほかに、魔法薬に耐性が無いトールの体がどうなるのか、私
にも分からないから」
「え? じゃあ、いつまでこのままでいなきゃならないの?」
「んっと、3日もあると摂取した魔法薬に体が馴染む頃だと思うの」
だから、それ以降になっちゃうかな? と言うルルに、私は項垂れた。
3日もこのまま……?
ショックで凹んでいると、エドに労わる様に背中を撫でられた。
「この身長だとちょっと大変かもしれないけど、安心して? 俺達が付いているから」
「エド……」
なんっていい奴なのっ!!
エドの言葉に感動していると、エドはふぅーっと溜息を吐いた。
「それに、トールの気持ちは痛いほど分かる」
「へ?」
苦虫をかみつぶした様な顔してボソッと呟くエドに瞬きしながら見詰めていると、何故か遠い目をされた。
それを近くで聞いていた王子が笑う。
「いや、エド───と言うより、ここにはいないカーリィーもなんだけど、この2人はよくルルの実験に付き合わされているんです。だから、いろんな事を経験しているので、トオルさん
の気持ちも良く分かると言いたいんですよ、彼は」
「そーゆーこと」
あぁ、だから、あの時直ぐに帰ろうとしたのか。
納得。と思っていると、エドは苦笑しながら少しずり落ちた私を抱き直す。そして、私の目を見た。
「俺は、リュシー達の様に誓約印を持たない。……だけど、“あの時”約束した、黒騎士になった。だから───」
真剣な顔に、ただ、何も言えずに聞いている事しか出来なくて。
「だから、トールに振り掛かる困難も、不安も、どんな事からも、俺が側にいて守るよ」
その時、私はある言葉を思い出していた。
『どんな事が起ころうと私が絶対守ってみせますから』
あれは確か、リュシーさんが傷ついた私を助けてくれた時に、言った言葉だ。
なんで、彼らは私を守ってくれると言うの?
その言葉が口先だけの事じゃない事は、彼らの目を見れば分かる。そう言った時、皆本気で言っていた。
混乱する頭で考えていたら、王子が笑った。
「そんな難しく考えないで。詳しい話はリュシーの所に戻ったら、きちんと話しますので」
「ハーシェル……」
「思ったより時間が過ぎてしまいました。これ以上遅くなると、首を長くして待っている彼らに怒られてしまうので、そろそろ出ましょうか」
王子はそう言うと、地下室から持って来た荷物を持ち、余った荷物を見てから「手伝ってもらえますか?」と、零とフィード君を掛けると2人はブブーと文句を言う。
しかし、「持ってもらえますよね?」とにっこりと笑いながら再度そう問う彼に、2人は只ならぬものを感じ取ったのか、ブンブンと首を縦に振っていた。
「ありがとうございます」
「「どーいたしましてぇ」」
棒読みだよ2人とも。
しぶしぶ荷物を持つ2人を見ながら、王子は皆にも声を掛けた。
「忘れ物はないですか」
「うん。ないよぉ~」
「では、行きますか」
玄関の鍵を掛けるルルの姿を見ながら、リュシーさんの家に戻ったら本当に教えてくれるのかなと考える。
ぼーっとする私を抱くエドが、腕に力を入れたのが分かった。
涼しい風が頬を掠め、空は薄紫色に染まっていた。




