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まっ、そんな簡単に行くわけないないかぁ。
何となく予想していた言葉に大して落ち込む事も無く、私は心の中で「やっぱりね」と思っていた。
正規のルートではなく、失敗が原因でこちらに来たのなら、直ぐに帰る事は出来ないと言われるんじゃないかと考えてはいた。
でも、無理なら無理と言う理由が知りたい。
ジュースを1口飲んでから、私は口を開いた。
「フィード君。それは───」
どうして? と言いたかったのだが、私の言葉を遮る様に零が咆えた。
「なんで無理なのよーっ!!!」
ギョッとしながら横を見ると、零は眉間に皺を寄せて立ち上がり、目にも留まらぬ素早い動きでフィード君の頭を殴る。
うっわぁ。痛そう……。
私は見た。拳骨で頭を殴る瞬間、中指の第二関節を少し突き出していたのを。
そして聞いた。ゴン、じゃなくて、ゴスッと言う鈍い音を。
「っ~~!? い゛っ、痛いじゃないかっ! 暴力反対!!」
そりゃ痛かろう。あんな拳骨で殴られれば。
殴られた頭を両手で押さえ、涙目で零を睨んでいるが、零が怖いのかジリジリと後ろに下がりつつある。
「……零、やり過ぎだよ」
「だって!」
「そうやって、感情に任せて殴ったりするのは駄目だって、いつも言っているでしょ? ほら、座って」
「……むぅ~」
口を尖らせながらも、しぶしぶ席に着く零に「だから猛獣って言われちゃうんだよ」とは言わず、心の中だけで留めておく。
横では、ルルとエドが顔を突き合わせて、「やっぱり、トールって猛獣使いなんだね」とコソコソと言っているのが聞こえたが、聞こえない振りをしておく。
「ごめんね、フィード君。痛かったでしょ? ……それで、私達を元の場所に戻すのが無理だって言うのは、どうして?」
「あ、はい。それは……」
「それは?」
なぜか零を見ながら口ごもるフィード君。私と零を交互に見ていたが、ボソボソとこう言った。
「それは、レイが魔法陣を壊してしまったから……です」
「「………………」」
お前か原因は!?
という思いで零を見ると、
「いやぁ~。あの時キレちゃって、近くにあった椅子を辺りかまわずぶん投げちゃったんだよね。そうしたら、あの光る魔法陣に当たっちゃって…………消えちゃったぁ♪」
零はそう言うと「あっはは~」と乾いた笑いをしながら頭を掻いた。
笑って済ませようとしてるな。
ジーッと零を半眼で眺めていたら、今までジュースを飲みながら黙って話を聞いていた王子が口を開いた。
「それは、少しおかしいですね」
王子に視線を向けると、真剣な顔をした王子がフィード君を見ていた。
「君が発動した召喚魔法なら、魔法陣の形式や紋様も覚えているはずでしょう? 彼女によって魔法陣を壊されたとしても、同じ魔法陣を作れば元の場所に戻す事くらい出来るはず」
「……確かに、普通の召喚魔法なら、彼女達を元の場所に戻す事が出来るんですが───」
「まさか、変則魔法か?」
口ごもる様に話すフィード君を見ていた王子は、ハッと何かに気付いた様に驚いた声を上げた。
フィード君は王子にそうだと頷く。
「そう。僕にはある理由があって……強力な魔力を持つ獣人と、どうしても契約をしたかったんだ。それで今回、普通の召喚魔法にアレコレ手を加えて詠唱していたら、手を加え過ぎたのか、急に魔法陣の紋様がグニャグニャに変化しちゃって……」
その時の状況を思いだしているのか、肩を落としながら喋るフィード君。
「あぁ、失敗したんだな……と、その時は思ったんだ。それで、失敗したのにいつまでも魔力を放出し続けるのも馬鹿らしいので、詠唱を止めようとしたその時───変化した紋様が、見た事も無い形に変わったと思ったら、突然目の前に白い光を発する巨大な召喚陣が出来上がっていた」
あの時は本当にビックリした。と言うフィード君を見ながら、零を追い掛けていた山奥で、足元に出現した白い光を発する魔法陣を私は思い出していた。
「どうしてそんな事が起きたのかは分からないんだけど……あの時必死だった僕は、見た事も無いその魔法陣に、何度も呼びかけ───」
「そうして現れたのが、零だったのね?」
私がそう聞くと、フィード君はそうですと頷いた。
「先程こちらの方が言ったように、普通の召喚魔法でレイを呼んでいたなら、元の場所に戻す事も出来るんだけど……今回は変則魔法で、どこがどう変わったのか覚えていなくて」
だから今直ぐ元の場所に戻す事は出来ないんです。
申し訳なさそうに項垂れる少年に、私も王子も何も言えなかった。
確かに、彼にとって今回の召喚魔法は失敗なんだろう。
獣人を召喚するつもりが、唯の人間を召喚しちゃったんだから。しかも、異世界から。
でも、フィード君は必ず元の場所に私達を帰す事を約束してくれた。
自分が呼びたい獣人の召喚魔法の練習をしながら、あの白い光を発する召喚陣を作り上げると。
私がその言葉に分かったと頷くと、フィード君はホッとしたようであったが、最後に「超特急で作り上げて」と言ったら、顔を引き攣らせていた。
当り前である。
君に何か理由があったとしても、私には関係のない事だし、私には私の人生があるのだ。
こんな異世界で、彼が変則魔法だか何だかを作り上げるのを、のんびりしながら待ってなんかいられない。
「が、頑張ります」
「んで? 何で透ちゃんだけ森の中なんかに、1人でいたわけ?」
一旦話が落ち着いた頃、私も気になっていたことを零が切り出した。
すると、何故かソワソワし出したフィード君。
チラリと、申し訳なさそうな目で私を見詰めてくる。
どうしたの? と聞くと。
「レイが不思議な言葉を話せたのは、変則魔法の影響で、言語が勝手にこちらの世界の言葉に変換されたからだと思うんだけど……あのぉ~……貴女がなぜ1人で森にいたのかと言うとですね。……えっと、あの時、何かが召喚対象物に張り付いていて、召喚を邪魔してる何かがあるなぁ~と思った僕が、それを引き剥がすのに、魔力をドバーッと入れて貴女を弾いたから、だと、思います」
ドバーッと魔力を入れたから、魔法陣があんなに光ったらしい。
それにしても、零に張り付いていて、邪魔してる何かって……ショック。
巻き込まれて異世界に召喚されたのに引き続き、私ってどれだけツイてないんだ。
「…………あぁ、なるほどね」
その言葉を言うのがやっとだった。




