12 ガラスの棺
夜になって小人たちが戻って来ましたが、扉には中から閂がかかったままで入れませんでした。
ですが、家の中に明かりがついていません。
不審に思った彼らは、1人を開いている窓から中に入れ、閂を開けてもらって入りました。
そして明かりを灯すと、窓のそばの床に、冷たくなった白雪姫が横たわっていたのです。
「「白雪姫!!」」
小人たちは素早く白雪姫を取り囲み、どこかに魔女の呪物があるのではと、彼女の身体を調べました。
ですが、服の紐をゆるめても、髪をかき分けて櫛で梳いても、服を脱がせて全身を水とワインで洗ってみても、白雪姫は息を吹き返しません。
「なるほど。
王妃が林檎を回収してしまったから、小人たちは死因が食べ物だと分からない。
これは王妃の作戦勝ちだな。
まあ、ここまでやっても、喉から林檎のかけらが出れば生き返るんだが」
「普通は、呪物を取り除いても生き返らないんだけどね……」
「なんてこった……」
さすがの7人の小人も、もう白雪姫は亡くなってしまったと認めずにはいられません。
毎日の仕事にいくのも取りやめて、何日も嘆き続けました。
そんなある日。
「ああ……だがいい加減、姫を弔ってやらんといかん。
土葬か、火葬か……」
「だけど見てみろ、亡骸が傷まないぞ」
その通りでした。
白雪姫の亡骸は、数日経っても硬くなることも腐敗することもありません。
その肌は雪のようになめらかで白く、頰は血のように赤く溌剌として、ただ眠っているだけのようです。
もう目を開けることはありませんが、その瞳は今でも黒檀のような深い黒色でしょう。
小人たちは彼女を焼いたり土に埋めたりすることを惜しみ、ガラスの棺をこしらえました。
それは厚みのある透き通ったガラスでできており、表面に金文字で、白雪姫の名前と、この国の姫君であることが書かれています。
外からよく見えるように、柔らかな内張りをつけることはしません。代わりに本体を深く造って、そこに白いクッションを半分の深さになるまで、何層にも敷き詰めます。それをシーツで覆って、その上に白雪姫を横たえました。
白雪姫はふんわりとした白いワンピースを着せられ、ガラスの棺に納められています。
それは彼女のための、世にも美しい永遠の寝床でした。
小人たちはガラスの棺を山の上の見晴らしのよい広場に置き、昼も夜も休みなく、毎日交代で番をしました。
棺の周囲はひらけた芝生になっています。静かな夜にはフクロウが、明るい陽射しの中ではカラスや小鳩といった鳥や動物たちが訪れました。
鳥たちは白雪姫の死を惜しむように棺の上に止まります。また、リスや鹿は小人と共にたたずんで、ガラスの棺と、その中で永久に眠る白雪姫とを見つめるのでした。
さてそんなある日、山の上を訪れる人たちがいました。
先頭にいるのは、馬に乗った、狩りの装束をまとった茶色い髪の青年です。
まだ少年の幼さを残していて、端正な顔はなめらかで優美。鮮やかな赤いマントを留める金のブローチや、ベルトの銀のバックルには並々ならぬ優れた細工が施されています。彼がただならぬ身分であることは明らかでした。
5人ほどいる他の者たちも馬に乗っています。青年ほどではありませんが、高価な狩りの服を着ていますので、青年に仕える家来だとわかります。
青年はまず、芝生の上のガラスの棺に気がつき──白雪姫を見て、雷に打たれたように硬直しました。
「こ、この人は……」
馬を降りてふらふらと棺に近づくと、姫の顔がよく見えるあたりで、膝から頽れるように座りこみます。
「何と……なんと美しい人なんだ……!」
「その子は白雪姫、その美しさゆえに命を落とした子さ」
話しかけられて、青年は初めて見張りの小人に気づきました。
「あなたは……」
「この子を7年間養った、7人の小人の1人だ」
それを聞いた若者は、その場にひざまずきました。
「僕は隣国の王子です。狩りの途中で道に迷ってしまいました。
お願いです! どうかこの姫君を、ガラスの棺と共に譲ってはくださいませんか!」
小人という異界の存在が相手とはいえ、一国の王子がひざまずいて懇願するというのは、ただごとではありません。
「僕はもう、この少女なしには生きてはいけない。彼女が生きていたなら、この衝動を恋と呼べたでしょう。
ああ、白雪姫……生きて出会いたかった……!!」
恋に落ちたのに、すでに彼女は亡くなっていました。
王子の頰を、涙が伝います。
「彼女の命がここにないのなら、せめて彼女の亡骸と共に生きていきたい。必ず大切にします。
お願いします。お金ならいくらでもお支払いします。黄金でも宝石でも、白雪姫以外ならばどんな美しいものでも取り揃えてみせましょう。生命の水でも金の鳥の羽でも、取ってこいと言われれば世界の果てまでも行って持ち帰ってみせます。
だからどうか、白雪姫を僕に譲ってください!」
ですが小人は、いたましげに目を細めながらも頭をふりました。
「白雪姫は、俺たちにとっても大切な宝だ。
お前は、真に愛する者を金や物と交換できるか?」
「ならば、白雪姫を無償で譲ってください!
本当に尊いものは、金銭で交換できるものではありません! もし見せられるものならば、この胸を切り開いて白雪姫への愛をお見せしたい。それだけが僕が差し出せる代償なのです。
もし彼女といられるなら、僕はこの世の何よりも大切にします。昼も夜も共にいて、生きている者に対するように見つめ、語らいます。
もし彼女といられないならば、僕はもう食事も呼吸もできはしない。このまま死にます。
どうか白雪姫を僕にください……なにとぞ……!!」
それは何と真摯な、必死な叫びだったでしょう。
「ああ、本当に好きなんだな……。
よく考えたら、美少女の死体をくれっていうお願いなんだけど」
ヴィルヘルムも、突っ込みを入れながらも王子に同情しています。
「白雪姫の亡骸には、死体特有の、冷たく朽ちていくあの雰囲気がないからな。まるで眠っているかのようだ。
本物の死体に接することの多い中世では、むしろ彼女は死体には見えなかっただろう。
王子を屍体愛好家と呼ぶのはあたらないと思う」
ヤーコプも王子の気迫に打たれたのか、厳粛な顔で彼の肩を持ちます。
「だが、すぐに小人は白雪姫を王子に譲る。
そうすればハッピーエンド──」
「しばし待たれよ!」
芝生の向こう、木々の奥から声がしました。
何頭かの馬のいななきや、蹄の音も聞こえます。
「「は?」」
完全に予想外のイベント発生に、グリム兄弟が仲良く変な声を上げてしまいます。
そこから現れたのは、30代に見える精悍な美丈夫と、それに従う数人の貴族、さらに彼らを守る騎士たちの10人ほどの集団でした。全員馬に乗っています。
美丈夫は、黒髪と鋭い眼差しの持ち主でした。王子よりもさらに豪奢な装身具を身につけ、頭には金の冠をかぶっています。
「余はこの国の王である。
そのガラスの棺の姫は、紛れもないわが娘、白雪姫。7年前に行方知れずになった愛娘だ。
小人よ、娘の亡骸を余に返していただきたい」
「「は?」」
白雪姫の父である王の、突然の登場。
王子や小人だけでなく、グリム兄弟も目を丸くして、あっけに取られるしかありませんでした。




