1-6 初出動! でも、地球の人々は誰も僕に気づかない。これって何?(3)
どこもかしこも、普通。
日常、そのものだ。
窓から見える景色も、電車の中の人々のその表情も。
つい先ほどまで、自分自身と侵略者である宇宙人が都会のど真ん中で戦いを繰り広げていたとは思えないほどに――。
「さっきまで起きていたことが、本当は夢だったんじゃないかと思っちゃいますね」
ため息交じりにそう呟く典史に、マバラが肩をすくめておどけてみせる。
トイプードルのチルは、時折鼻をクンと鳴らすだけで、変わらず電車の中でおとなしくしている。
「確かに俺も、そう思いたくなる時はある。けど、紛れもない現実だ」
その言葉の意味を肯定したかったのだろうか、チルが“くうん”と小さな鳴き声を出した。ケージの中の小型犬までが自分に説教しているように思えた典史は、ケージの中身をじっと睨みつけた後、
「それにしてもアイツ……どこに飛んで行っちゃったんでしょう?」
と、再びの溜め息の中で呟いた。
しかし、そんなやや気分の落ち込んだ彼の顔を覗きもせずに、HAGE日本支部・特殊能力戦闘部隊長のマバラは車窓の外から視線を動かさずに言った。
「知るか、そんなこと。別の星かもしれないし、彼らの母星に戻ったかもしれなければ、はたまた異空間なのかもしれない……。お前が飛ばした張本人なんだから、お前が解らなければ誰にもわからないよ」
「……なるほど」
「ヤツを吹っ飛ばしたとき、お前の頭の中にはどんなイメージがあった?」
「うーん……どす黒い闇、かな。何もかもを吸い込んでしまうブラックホールのような」
「そうか。ならば、本当に異空間とかかもしれないな。……とはいっても、俺もかつて何体もの地球外生命体を飛ばしたが、彼らがどこに行ってしまったかについては知らないから、本当のところは何も言えぬ。しかし、それしても……!」
マバラ隊長が、急に仕事の顔――隊長の顔になる。
「そういえば、さっきお前が引き抜いた毛――頭頂部から5センチ以内という規定にギリギリだったぞ! もしも規定の範囲から外れてしまったら、パワーフィクサーが『若ハゲパワー』を捉えられず、侵略者の撃退に失敗してしまったかもしれん。同行している戦闘員の命だって、危うくなる」
マバラの目があまり見たことの無い真剣さを帯びているのを見て、典史は神妙な面持ちとなった。
「そ、そうでしたか。すみません……。頭頂部周りは、どうしても勿体ない感が強くて」
「馬鹿者ォ。何、しみったれたこと言ってんだ! 俺たちにとっての髪がそういう存在だからこそ、頭頂部中心に近ければ近いほど発生するパワーが大きくなるんだ。地球――そして、人類のためには思い切りが必要なんだよ!」
よく見れば髪がごっそりと抜けて薄くなっているマバラ隊長の頭頂部付近を典史はじっと見つめた。
とてつもなく、胸が痛くなった。
きゅう、と何かで物理的に締め付けられた音がしたかと思えるくらいに――。
「……それは、確かにそうなんですけど」
「いいな。次からは気を付けるように」
「はい……」
典史の両腕に抱えられたケージの中から、トイプードルが彼の気持ちを推し量るかのように、じっと彼の顔を見つめている。
それはまるで、チルが人間、もしくは前世が人間であったかのよう。
マバラ隊長の言葉を肯定しているとも思える、そんな説教臭い目を向ける小型犬に、典史は無性に腹が立った。
――クソ、犬まで僕を責めるのかよ。
そんな気持ちを抑えつつ、冷静に考えれば、初めての“出動”としては成功だったと彼は思った。でも、何故か釈然としない。
それはやはり、あるひとつの、そして典史にとってはとてつもなく重要な意味を持つ“疑問”から生じた感情と言えた。
――僕の髪の毛の価値って、こんなもの?
通常兵器が効かないという敵をとりあえず何処かに飛ばしてしまおう、ということのために、自分のとっては大変貴重な髪の毛1本が、その都度失われていく――。
そんな風に勝利の代償として支払う僕の髪の価値って、一体?
というか、そもそもどこかに飛ばしてしまうということが、『人類の勝利』と言えるのだろうか!?
大きく息を吐いた典史は、マバラと同じように電車の窓の外の世界を眺めた。
穏やかな日差しが、ビルの谷間に現れた小さな緑地公園を照らしていた。
この地球が宇宙人に侵略されていると言っても、少なくともこの日本は、こんなに平和じゃないか。むしろ、地球人同士で戦っている場所があることの方が、いろんな意味でこの地球にとっては脅威じゃないのか?
と、別の疑問が胸に沸き上がった典史。
――あの宇宙人は、何か悪さをしただろうか?
自分の“特殊能力”でどこかに飛ばした、あの宇宙人。
彼――という代名詞でいいのだろうか――は、こちらが近づくまではただ街に紛れていただけで、特に悪さをしていなかった。
消えてしまう前の宇宙人の姿が脳裏に浮かぶ。
再び感じた、胸の痛み。
何を目的に地球に来ているのかは解らないが、若干見た目が違う程度の彼らと敵対する意味は何処にあるのだろう……。
しばらくして、今度は疑問というより“怒り”が典史の心の中に浮かんだ。
――でも1番の問題は、僕がこうして“活躍”したことを誰も知らないことだよ。
自分の大切な髪の毛を犠牲にしてまで戦ったのに、HAGEの組織関係者以外、地球上の誰も、自分の家族でさえも、この自分が人類に貢献していることを知らないのである。
周りをゆっくりと見渡す。
明らかに、この車両の中の誰ひとりとして自分に感謝の言葉を述べようとする者もいなければ、尊敬の念を含んだ視線をこちらに送って来る者もいない。
――そんな理不尽なことがある? 当然、僕はヒーローになるべきなのに。
HAGE日本支部へと戻る、帰りの電車内。
あれこれ悶々と思い悩み続けた、典史であった。




