1-6 初出動! でも、地球の人々は誰も僕に気づかない。これって何?(2)
「これ……今、僕たちはどんな風に見えてますかね」
某JR路線、車両内。
横長の座席の中央部に座るマバラの横で、小型犬の収まったキャリーケースを膝の上に載せた典史が不安気にそう訊ねた。
「まあ、犬好きでおそろいの変なメガネをつけた兄弟――くらいかな」
そうなのだ。
白いTシャツに若干ダメージの効いたデニムジーンズに身を包んだマバラは、ぱっと見的には、横でやや挙動不審の典史とともにごく普通の若者だった。けれど、いつ遭遇するともわからない“地球外生命体”の識別のために装着したスカウター付きのパワーフィクサーだけが、少しだけ異様に感じる程度である。
「そんなもんですかね……」
「ああ、そんなもんだ。我々が標的とすべき宇宙人は、地球のごく普通の人々の群れの中に紛れているんだ。こちらも一般人に紛れるよう、いわゆる“普通の格好”にしなければならんだろ」
「いえ……僕らはきっと、普通には見えていないと思います。だって、このパワーフィクサーなんて、他の人は誰も着けてないし。周りに、誰も近寄って来ないし」
確かに、典史の言うとおりだった。
平日の昼間時間帯で空いているとはいえ、彼らの座る座席から半径3メートル内の座席に座る人間は、誰もいない。
「ふん、そんなことないよ。気のせいさ」
「まあ、いいです。百歩譲って、そういうことにしておきましょうか。けれど……マダラ隊長が“社内”ではいつも地球防衛軍よろしく、ボディーライン丸見えの『戦闘スーツ』でいるのに、いざ侵略者と対峙すべき“出動時”には普通の洋服になるっていうのが、どうしても僕には分かりません」
「そんなの簡単なことさ!」
マダラが目をまん丸にして、声のボリュームを上げた。
「テレビとかで見るぴちぴちの戦闘スーツを身に着けている方が、なんか地球を守ってるっていう感じがしていいから――に決まってるじゃんか!」
「……わかりました。隊長にまじめに聴いた僕が、バカでした」
これから行う“地球防衛”という任務から考えれば、嵐の前の静けさのようにも思えるほどの他愛もない会話を、一般人にも聞こえるような声の大きさで交わした二人。けれど、周りの都会人たちは特に二人に興味を覚えるわけでもなく、車両内には特に変わった動きは見られない。
なんともやるせない気持ちで車窓越しの景色にふと目をやった典史は、それがごくありふれた東京の街並みであることに、意外な心持ちとなる。
「本当に、僕たちはこれから宇宙人と戦うのでしょうか。この日常の景色を見てたら、とてもそんな風に思えません」
「もちろん戦うよ、テンシ。俺たちは、そのために出動したんだもの」
「……どう見ても平和。どこからどう見ても、平和です。僕には、レイミ―さんの侵略者出現情報が誤っている、としか思えない」
「若いな、テンシ。『本当のことは見えない部分にある』ものなのさ。同じようなことを確か、フランスのナントカっていう作家も言ってたな――『本当に大切なことは、目に見えない』とか、なんとか」
「似て非なるようにも感じるけど……まあ、わかりました。とりあえず、宇宙人との遭遇に備えて力を溜めておきます」
――僕の力は、ここにある
と、軽く自分の頭を叩いた典史。
その後、しばらくは列車の走行音だけが社内に響く時間が続いた。が、ついに彼らの耳に届いたのは、目的地最寄りの駅名を告げる車内アナウンスだった。
「さて……降りるぞ」
「ええ」
ワンコの入ったケージを右手に典史が立ち上がる。
緊張で足がもつれそうになるのを必死に誤魔化しながら前に進み、マダラ隊長の背中を追う。
やがて駅から離れ舗道を進むと、大きな交差点に差し掛かった。
人、人、人……。
平日の昼間だというのに、まるで殺虫剤を浴びせられた地中に棲む虫の如く、地下出口から溢れ出る人々の波に呑まれそうになる。
アスファルトから反射される強い陽射しで、典史の後頭部を汗が流れ出したそのときだった。ケージの中で今までおとなしくしていたチョコレート色の子犬――トイプードルの“チル”が突如キャンキャンと吠えだしたのである。HAGE所属のチルは特殊訓練を当然受けていて、普段は吠えないけれども、侵略者である地球外生命体――つまりは“宇宙人”を見つけるとその生命体に向かって吠えだす、という特徴があるのだ。
「要、警戒」
マダラのぼそりとした、しかし、力強い小声。
思わず、ケージを持つ指に力が入り、ぎりぎりと音が鳴った。それにびっくりしたチルが、一瞬、吠えるのをやめたほどだ。
「あそこだ、テンシ」
「……そのようですね」
テンシのパワーフィクサーについているメガネレンズ型の“スカウター”に、群衆の中でひとり青白く体を光らせている人物――地球外生命体が一体、存在していた。スカウターにはそれを光らせ、装着者に知らせる機能があるのだ。
そしてもうひとつの機能は、その“戦闘能力”を数値化して表示することである。侵略者の横で点滅する数値画像は、『100』であった。
「雑魚のようだな。お前ひとりで、十分だ」
マバラ隊長が目配せする。
当然、宇宙人と戦ったことの無い典史は、緊張マックス。
「ちょ、ちょっと! 僕は戦闘が初めてなんですから、隊長がまずはお手本を見せてくださいよ!」
「さっきも言っただろ。お前だけでやれ」
えらい剣幕で自分に向かって吠えるチルの存在に気付いた“敵”は、その正体を俄かに現した。今まで地球人そっくりだった容姿が、急に青っぽい肌色となり、その目は充血したように真っ赤となる。黒目がどこにあるのかわからないほどだ。
しかし、その変化が周りの人間にはなぜか気付かれていない。
恐らくは自分を地球人のように見せかける“幻影能力”的なものが、ピンチに陥ることにより弱まり、典史たちの身に着けたスカウターレンズには本当の姿が映りこんでしまう、といったところだろう。
「実はな……俺が宇宙人と戦えるなんてのは、半分嘘だ。オレはもうすぐ30歳になる。“若ハゲ”のパワーは30歳を境に、一気に衰えていくんだ。もう若くないし、以前と比べたら十分な力が出なくなってきている、というのが本当のところさ」
HAGEの新人戦士でコードネーム『テンシ』にとっては、それは途轍もなく衝撃的なコメントだった。耳元でぼそりと囁かれ、チルの入ったキャリーケースを手にぶら提げた典史が、上司であるマダラ隊長を二度見する。
「えーっ、マジで!?」
その叫びは典史の周りの人々の眉をひそめさせただけだった。
いや、正確にはチルの活動も停滞させた。
茶色のトイプードルが典史の叫びに怯えて吠えなかったその一瞬に、敵はダッシュで逃走を始めたのだった。
「追え!」
マダラ隊長の掛け声一閃、駆け出すHAGE戦闘部隊の二人。チルの入ったケージは、追跡には不利なため、そこに置き去りにする。
地球の重力に適応が上手くいっていないのか、その青色の肌をした侵略者の駆け足のスピードは遅かった。あっという間に、追いついてしまう。
しかし、相手も黙ってはいなかった。
マダラの言う雑魚とは言っても、宇宙人は宇宙人なのだ。
地球人では到底無理な“怪電波”のようなものを人間でいう“額”の辺りから発射した。それを浴びた人は激しい頭痛と吐き気に襲われ、パタリと気を失ってしまう。戦闘能力の開発訓練中に、この怪電波を浴びた者が目を覚ました時には何故か侵略者との遭遇時の記憶を失くしてしまう、と習ったことを典史は思い出した。
「怪電波を出せるくらいなら、どうして宇宙人はそのまま地球人を殺してしまわないのだろう」
「そんなこと、俺が知るか。宇宙人には宇宙人の都合があるんだろ?」
「なんですか、宇宙人の都合って!」
「だから、オレは宇宙人じゃないからわからないって! でも、まあ……人が死ぬことで大騒ぎになってしまうことが宇宙人にとって都合が悪いんだろうな。少なくとも、現在は」
怪電波を浴びながら、そんな会話をして侵略者を追いかける二人。若ハゲのパワーを吸い取って放出する『パワーフィクサー』はそういったエネルギー波をも吸収するらしく、二人にとって眉間の辺りがチクリとするだけで活動に支障はなかった。
やがて、侵略者を街角の行き止まりに追い詰める。
「俺があいつの関心を引いてる間に――ヤレ」
「……了解」
敵は空間を震わせるほどに怪電波の出力を上げて抵抗するが、二人にあまり効果はなかった。マバラは典史の前に身を乗り出し、わざとその電波に当たるようにした。典史に意識を集中させ、“若ハゲパワー”の蓄積を手助けしているのだ。
「お前ら、勝手に地球にやって来て――許さんぞ」
ここ数ヶ月の訓練で身に着けた、感情コントロール。
典史の顔がみるみると赤らんでいき、今にも怒気が爆発しそうだ。その様子を振り返って見たマバラ隊長が、横に体を少しずらすと、こう叫んだ。
「よし、今だ!」
「チクショー、お前なんかどっかに消えちまえッ!」
叫んだのと同時に、典史は右手の親指と人差し指で掴んだ1本の髪の毛を、ぶちりと抜く。若ハゲ男子にとって大変貴重な髪の毛が、はらりと宙に舞った。解放された若ハゲパワーが孫悟空の頭に着いた金具によく似たパワーフィクサーへと伝わり、それは黄金色に輝いた。増幅された若ハゲパワーが、そこからまばゆいばかりの光となって宇宙人へと放たれる。
その刹那――。
通常兵器が全く通用しないという宇宙人が、戦闘員二人の目の前から一瞬にして消え去ったのである。




