新しい装備を使ってみます。
「ノーラ、防具どうかな?重くない?」
ブラナノーラには探索前、鼻紙から保存した『軽い』を籠手と具足に付与させてもらった。
軽石では保存できなかったし、紙でもできなかった。できたのは唯一未使用の鼻紙だけだった。
というわけで鉄防具に『軽い』がついた装備を着て今日探索してもらっているのだが…
「すごくいいですよ。体が軽くて、全身が皮の鎧を着ているくらいの感覚で動けるんですっ!」
好評なようだった。
ブラナノーラは実際に動いて見せる。機敏とまではいかないが、すごい速度で反復横跳びをかましていた。
「すごいっ!ブラナノーラさんが分身して見える…!」
「うふふ、すごいんですっ」
一分くらいするとさすがに息が上がってきたが、それでも本来の重さでは到底できないことだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、…グーグ君ありがとうございます。この防具すっごく動きやすいんですよ」
「うん。喜んでもらえて良かった!」
「あ、あの…!、もしできればでいいんですが、鉄の全身鎧を手に入れたときにも、『軽い』を付けてほしいのですが…」
ノーラは申し訳なさそうにしている。
今の状況だといつ購入できるかわからないため、もしその時にこのパーティーにはいないかもしれないと思ってのことだろう。
というか、全身鎧を購入するつもりなのか…という驚きがある。
「あんな重い物を…けどそっか。『軽い』を付けられるならノーラは完全にそっち系に進むんだね」
女子パーティーで重い装備は足手まといになった。けれどそれでも目指したい方向は変えるつもりは無いということ。
彼女はブレないらしかった。
「はい。それくらいしか取り柄がないですから…」
「そっか。いいよ、付けてあげる。それにもしそっち系が女子パーティーに受け入れれられなかったら、ずっとぼくたちのパーティーでいっしょに探索するのもいいかもね!」
ノーラも笑顔をぼくに向ける。
返事はなかった。
探索は順調である。2階層でモールスネークが。3階層でモルビーが現れるようになったが『硬い』で装備を整え鎧で身を包んだ少女とムカデのいる今のパーティーには、異常を通すための牙も針もまったく脅威ではないのである。
まぁぼくとアメリアに少しギクシャクしている部分はあったが、探索が始まればしばらくして解消された。
そして4階層まで到達すると飛び蛙という大きめの被膜の付いた蛙がモモンガのように滑空しながら体当たりしてくるようになり、代わりにめんどうだったモールウルフがいなくなって大分楽に探索できるようになった。
「《つらら》っ、《盾打》えいっ。…鉄壁」
モールウルフとは違い、毛皮で覆われていない飛び蛙は冷たいだけのつららの接触にビクリと体を震わせる。そこを盾スキルで硬直させ、短剣でとどめをさした。ついでに鉄壁の習得のためにスキルモーションの練習を付け加える。飛び蛙は弱くてそれくらいの余裕はあった。
「ベルフルーラ爪攻撃っ、これもお願い!《大打撃》!」
4階層からは草原というよりも林に近い環境になってきて火炎竜の火の玉を安易に吐きにくい環境になっている。まぁダンジョン内の環境は2,3日で修復されるため多少火災被害が出ても大丈夫だったが。仲間に昆虫系の魔物がいるので火の使用は控えめにしているようだ。
ベルフルーラの方にスキルで飛び交う蛙をパッカンパッカン放り集めているアメリアは飛んでくるノーラのモルビーを見つけて眉をひそめた。
「グーグ、キューレが帰ったわ!スネークを連れてる!」
「わかったっ。みんな、少し逃げるよ!南に走って!」
「はいっ」
「うむっ」
ぼくの号令にノーラとセビはスキルを使って周りの飛び蛙を弾き飛ばし、逃げるための道を確保する。
そこをみんなで通り抜け、大量にいた飛び蛙の群棲地から一時的に逃げ出した。
もちろん飛び蛙はぼくらを追って来ようとこちらに照準を合わせるが、そこをモルビーが連れてきたモールスネークたちが襲い掛かる。
大量の食料に歓喜したモールスネークたちは次々と飛び蛙を呑み込み始め、そうなるとパニックを起こした飛び蛙たちはしっちゃかめっちゃかな方向へ逃げ出し始めるのだった。
「……ふう。群棲地に宝箱を見つけたときはどうなるかと思ったけど、割となんとかなりそうかな」
大量の飛び蛙が集まっていた小池の中に宝箱がある。ぼくらはそれにつられるように群棲地に入り込んだのだが、流石に数が多く倒しきるのに辟易していた。
どうやら小池では飛び蛙の繁殖地らしく、池の中に蛙の卵がとぐろをまいているのが見てとれた。飛び蛙の数もさることながら、卵の数も非常に多い。
そこをノーラが飛び蛙の天敵であるモールスネークを連れてくるといいのでは、と案を出し、こうして飛び蛙の群れにモールスネークをぶつけることに成功したのである。
「キューレ、ありがとう。あなたのおかげだよ…」
ノーラはモールスネークを連れてきたモルビーにお礼を言いながら背中をそっとなぜている。
「しかし飛び蛙はひどく弱いな。モールウルフと逆に配置してあれば余ももっと剣技の訓練ができただろうに」
「あんた役に立ってないじゃない」
アメリアがセビに文句をつけていた。
戦力となったはずのセビだったがいまだにその活躍を見ていない。
とっさにスキルが発動できず考えてから『跳ぶ』をしたり《風刃》を放ったりしていた。
「むぅ、いざとなるとスキルのことが頭からすっぽり抜けてしまうな。これは難しい」
覚えたばかりで身についていないということだろう。意識して使うようになればそのうち自然と使えるようになると思う。
ともあれ相手は飛び蛙なのでそれでもなんとかなっている。
毛皮もなく自ら体当たりしにきてくれる蛙。突きや払いの特訓相手として感覚をつかむのにやりやすいらしい。こんなのがダンジョンの入り口層にいればよかったのにと嘆いている。
「まぁ…飛び蛙はあれで一応進化した姿だから、進化していないモールウルフよりは強い扱いなのかもしれないよ」
ダンジョンがどういった意図で魔物を配置しているかわからないが、飛び蛙は大たまじゃくしの進化種だった。なので多少は期待されて4階層にいるのかもしれない。
「そうなのか」
首をかしげながら小池の方を眺めている。そろそろ飛び蛙が逃げ終わったようで宙を飛翔する影が見えなくなっていた。
「そろそろ行こうか。ヘビはノーラと僕がスタンするからとどめをセビとアメリアでお願いね」
「まかせなさいっ」
「ふ、余の活躍を見せてやるぞ」
セビはまだ『跳ぶ』靴の性能をいかしきれていないが、たまにいい火力を出せるようになっていた。火炎竜、アメリアに次ぐ第三の火力として動き出せている。
腹を大きくしてのっそりと飛び掛かってきたモールスネークの攻撃をセビが左腕で受ける。
「《風刃》っ」
ぼくの方でも一体を《盾打》で転がした後、火炎竜に焼いてもらう。
「《盾打》、《風突》!」
ノーラは同じように盾スキルで転がしてから剣での突きスキルでとどめをさしていた。
「《退打撃》《大打撃》っとどめ!」
ベコンベコンバコンと打撃音を鳴り響かせてアメリアが最後の1匹をペチャンコにしていた。
食後で動きの遅かったモールスネークの退治はそれで終わってしまったのである。
「ふぅ、楽勝ねっ」
「みんな強くなったなぁ」
飛び蛙はもとより、モールスネークとの戦闘でもひるまなくなった。もう4階層までは怖いものなしである。
「グーグ君!宝箱を開けるぞ!」
セビが小池に入り、宝箱に手をかけようとする。
「あぁ、まってセビ、ぼくかアメリアで開けようっ。『幸運の』うさぎのしっぽが効果あるかも!」
宝箱の中身が開けたときに効果あるかはわからないが、どうせなら運の良い者が空けた方がいいだろう。
「む、そうか。ではたのんだぞ」
「うん。じゃ、アメリアお願いっ」
アメリアは池を見て、それから自分の靴を見る。
「……わかったよ、ぼくが開けるよ」
ヂャプンと蛙の卵だらけの小池の中に入り宝箱の所まで歩き、そのフタに手をかける。通常のダンジョンならトラップがあるかもしれないが、ここは北のダンジョン。半減の呪いがあるかわりにこういったボーナスポイントにおいては探索者に不利になることは起こらないらしい。
なので無トラップだろうしそのまま開けた。
「こ、これは…!」
指輪が1個入っていた。
大きな宝箱に指輪が1個。空間が多い。
「あ、それは当たりです。攻めの指輪か魔力の指輪ですね」
「指輪は当たりなのか…」
ダンジョン産アイテムに詳しいノーラが教えてくれる。
9階層までの宝箱から出るもので指輪2種は大当たり。他には銅までの装備品やハチマキ、メガネ、ポーション、砂糖やお金らしい。
砂糖が宝箱から出るってどうなの?と思わなくはないが、この北のダンジョンができた当時は砂糖が希少品だったのだそうだ。
そのラインナップなら確かに指輪は当たりの部類だろう。しかし宝石も何もない、ただの金属製の指輪である。攻めなのか魔力なのか鑑定しないとわからないようだ。
「……とりあえず着けて試してみるしかないか。アメリア、これ装備してしばらく戦ってみて」
もちろん鑑定代金はけちる。そのためには自分たちでどっちなのか判別しないといけないのである。
「わかったわよ。……薬指に入らないんだけど」
「なんでそこに入れようとするの」
アメリアはふんっとそっぽを向きながら中指にはめる。それでもサイズが合わないのか、結局親指にはめ込んだ。
まぁ子供サイズではなく大人サイズなのだろう。どうしてもサイズを合わせたいなら鍛冶師に頼むしかない。
アメリアは左手の違和感に手を開いたり閉じたりしている。
判別するためにも狩りをしなくてはいけない。
その日は結局指輪は判別できず、ダンジョンから帰ることになった。
それとは別に『属性』でセビが気になることがあると言って来た。
「グーグ君、『飛ぶ』はどのような効果なのだ?」
「『飛ぶ』?」
『飛ぶ』はモルビーの他、飛び蛙でも保存できる『属性』だった。
「うむ。鳥のように飛べるのか?」
空を鳥のように飛ぶことは夢の一つである。
人は空に憧れ、かなわない夢を見続けている。
そこにきてこの『飛ぶ』だ。
本当に飛べるようになるなら『飛ぶ』にどれほどの値段が付くのかわかったものではない。
すごい『属性』だった。
「っても、10キロくらい軽くなるだけだけど…試してみたいの?」
「む、うむ。『飛ぶ』というのならおそらく飛べるのではないか?余の『跳ぶ』と合わせて使ってみると良さそうに思える」
なるほど。『跳ぶ』で高くジャンプしてから『飛ぶ』を使って降りてくるわけか。飛び蛙のように滑空できるかもしれない。
一人では思い浮かばなかったことだ。『属性』はぼくだけではなくみんなで試してみた方がいいのかもしれない。
『跳ぶ』はセビの靴に付けてある。『跳ぶ』はダンジョンの帰りにも保存できるので、今は『飛ぶ』を試してみてほしいと考えた。
「うーん。ねぇみんな、さっきの戦闘で『飛ぶ』があるんだけど何か付けるものってある?試してみたいこととかでもいいけど」
「む、余ではなくみんなにも意見を求めるのか?」
「まぁ。アイデアをもらおうかと」
自分一人で試すのではなくみんなにも試してもらって意見がほしいなと聞いてみる。
「飛ぶ?鳥みたいに?」
「そう。ジャンプするほうじゃなくて空を飛ぶほう」
うーんと一同が頭をひねる。
「石ころ?」
まぁいつものように投げて試すのも悪くはないが。
「ほうきにまたがって飛ぶとかでしょうか?」
「いいね。でも今は持ってないんだよね。他に何かないかなぁ」
「マント…もわたしのしかないわね。スカート…制服?」
失敗したら替えがききにくいのはなぁ…制服が飛んで行ってしまったら困る。
「うむ。ならばあれしかあるまい」
セビが深い思考から天啓を得たような雰囲気を出している。
「パンツに付けよう」
バカだった。
「うむ。失敗しても取り換えられるモノでまたがることで『飛ぶ』にも対処しやすく、何より絵ずらも悪くない。完璧ではないか」
絵ずらってなんだよ。
女子三人からゴミムシを見る眼差しが送られているがまったく気にならないようで、セビは自分の案がどれほど有用かプレゼンしていた。
「どの程度自由に飛べるかによるであろうが、パンツで飛ぶことができるならその機能面と携帯面においてかなり実用的だといわざるをえないぞ。パンツは人体の中央に近く重心を安定させる目的でもいい場所にある。考えれば考えるほど適した物だと思うな。
そうなれば次は実際に試すだけだが、これも可能であろう。今現在ほぼ確実に一人一つは携帯しているモノである。グーグ君が求めるなら誰であれ、パンツを実験に提供することが可能であろうな」
アメリアやノーラにも脱げと言っていた。
しかもさりげなくぼくが指名できる余地を残しながら。
ぼくがセビの目論見通り女子を選ぶかは置いておいて、この男…もしやとんでもない賢人かもしれない。
アメリアにぶん殴られていた。
「あんたのパンツで試しましょう」
殴られたあとズボンを無理やりひきずりおろされ、男の威厳を奪われる光景が展開される。
「びやぁぁぁっ!シーダっシーダたすけるのだっ!」
「セクハラは死罪」
そしてぼくの目の前には男物のパンツがあった。
「……………………」
「ほらグーグ。やりなさいよ」
え、だってパンツだよ。パンツに鉄鎚を振り下ろすの?嫌だよばっちいし。
という言葉を呑み込む。
このパンツは一人の男の犠牲の上に提供されたものだ。
一人の犠牲を無駄にはできない。
……
無駄にしてもいいような気がする。
「よし。帰ってから新品で試そう」
「…そうね。それがいいわね。汚いし」
「は、はい…。きれいなのがいいですよね」
結論が決まり、セビのパンツはセビに返された。
犠牲はなかった。
「セビ。ありがとう。けどその気持ちだけで十分だよ」
「グーグ君。余は今怒っている」
ぼくはそのあとセビに謝ることになるのだが、自業自得な面もあったのではないかと思った。
探索から帰ってぼくは自分の新品パンツで試してみた。もう一つ、以前実験に使ったサンダルを履いて。
『飛ぶ』新品パンツ。そして『飛ぶ』サンダル
穿いてみたが……うっすら浮き上がろうとしているのは感じた。ぼくの意志に従ってふわぁ…て感じで。
二つの『飛ぶ』はきちんとそれぞれが機能し、相乗で効果を発揮している。けれどやはり思っていたほどの効果はない。
全身を『飛ぶ』で付与すれば浮いて移動することはできそうな感じである。
専用の服を用意してみるのもいいだろう。
ただ、どうも飛ぶために魔素を使うらしく2か所で二つ分の魔素が消費されていく感覚があった。
『跳ぶ』と『飛ぶ』を合わせるが、かわらなかった。まぁ、ぼくの体重が40キロから30キロに変わっても落下速度が変わるわけでは無い。空気の抵抗が小さく感じられるくらい軽くならないとあまり意味がなさそうだ。
ともあれ、今後もいろいろと試していきたい。




