アクアキマイラ戦です。
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「なに?子供が?」
その兵士長は部下から言われたことに怪訝な顔を返した。
「はい。なんでもキマイラの動きを鈍らせるから、合図をしたらいっせいに攻撃してほしいとかで…」
子供と言うのはあれだろう。冒険者たちといっしょにきた新米冒険者のような子供達だ。
いや、新米というのもおこがましい、鞭にもほどがある装備をしていた。
身体にまとう防具は一切なく、手には武器と盾しか持っていない。まるで小さな子供がするゴッコ遊びのような出で立ちだった。
その子供が何を言ったのか、まさか部下が自分に報告に来るとは思えなかった。
「……子供の戯言をわしに伝えに来るんじゃないっ」
これは部下を失跡してしかるべき行いだ。今一瞬の油断もできない状況である。
ここにいる兵士たちはほとんどがDランク冒険者相当の実力で、自分を含めた数人だけCランク相当という構成である。
対する魔物はほとんどがEランクではあるが、そこそこのDランクとたまに混じるCランクになんとか対処できるような状況であった。
それが変わったのがついさっきだ。
魔物の中に厄介な魔獣――Bランクのアクアキマイラが現れたのだ。
奴は死しと山羊とヘビの三つの頭をもち、その三つの思考で継続的に水の魔術を扱うと言うやっかいな魔物だった。
間断なく放たれる魔術に盾を装備した兵士たちが少しづつ傷つけられていく。
それはこちらからの攻撃をほとんど返せるほどの隙間さえなく、ほとんど一方的にこちらが削られるばかりの状況であった。
たとえこちらが攻撃できたとしてもアクアキマイラの周りを浮遊している水流によって攻撃はいなされてしまう。
その結果こちらからの攻撃はいまだ一撃たりとてキマイラの体には届いていないのであった。
そんな状況に部下から届けられたのがさっきの報告である。
装備も整えられぬ子供が何を言うのか。
そう叱責したとしてもしかたのないことだろう。
けれどその兵士は続けてこうも言うのだ。
「けれど隊長、その子供の仲間が竜を操っていたんですよ!、竜ですよ、竜!。アクアキマイラよりも強い魔物をですっ。この状況を打開するには竜に期待するしかないと思いませんか?」
「竜だと?見間違いではないのか?」
竜が町中に出でもしたらそれはかなりの一大事である。街の兵士団だけではなく、領兵も呼び寄せての大討伐になることは間違いない。
それほどの存在を子供が使役するなどとはやすやすと信じられることではなかった。
「ですが隊長、最近学園でそういった特殊な子供を集めて教育していると聞きます。きっと彼らはそこの生徒なのではないかと」
「……」
確かにそのウワサはあった。
特殊な北のダンジョンを攻略するために集められた子供達だ。
この集団暴走も原因はその特殊さゆえに冒険者があまりダンジョンに潜らなかったためにおきたのだ。
魔物を狩る者がいなければあふれてくる。
そのために集められた生徒が今たまたま自分たちの後方にいて作戦に提案をしている。
そう言われるとまっ得できなくもない。
「……くそっ、どのみち攻撃はできんっ!機会を作ると言うのなら待ってやる。冒険者にも攻撃のタイミングを合わせろと伝えよ!」
「はいっ!」
子供の言い分を信じるわけではないが、攻撃があたらない現状では結局タイミングを待つという意味で同じことである。
ならばと兵士にタイミングを待つように命令を出した。
――さぁ、吉と出るか凶と出るか。
どのみちこのままでは時間稼ぎしかできないのだ。
ならば少しくらい面白いことを起こしてくれと、兵士長はキマイラをにらみながら片頬を吊り上げる。
こちらの守りに何度目かの咆哮をあげ、キマイラが水球を放ってくる。――いやこれはさっきとは違う。
こちらが防御一辺倒になったのを察してか、攻撃をより重いモノへと切り替えてきたのだ。
「ぐっ!」
「がはっ」
兵士たちの多くがその攻撃を受け止めきれずになぎ倒される。
「くそっ、我らは的にしかならんのか――!?」
そう吼えた時だった。
突如キマイラの頭上に大量の土煙が起こる。
水で洗い流され、いたるところがピカピカと輝いていたはずの小路が土で茶色く汚されていく。
――何が?
その頭上を見ればそこには羽を広げた一匹の竜が、足に抱えたいくつもの土嚢を引きちぎっていた。
「みなさん、今です!土でキマイラの水の流れが止まりますっ!今なら攻撃が防がれない!」
少し甲高い、子供の声が聞こえた。
兵士長はそれを信じ、声を張り上げてキマイラへと剣を向ける。
「撃てっ!撃てっ!、今が攻撃の時っ、一斉に攻撃を放つのだ!」
矢が、魔法が、キマイラに向けて次々と放たれる。
そのいくつかはキマイラの水流に落とされるが、すべてを落としきれずにその体を傷つけていく。頭上からも大きな火球がキマイラを襲い、爆発をおこす。
とうとうその巨体をドウと横倒しに、キマイラは地面に倒れ伏した。
「よしっ、とどめをさせ!」
それまで盾を持っていた兵士が盾を棄て、キマイラに走り出した。
キマイラは二つの首をもたげ少しだけ威嚇の声をあげるが次々に振り下ろされる槍と剣の刃にとうとう動かなくなった。
「あ、アクアキマイラを……討ち取りましたっ!」
一部から歓声があがる。
「よしっ、だがまだ集団暴走は終わりじゃないぞ、気を引き締めてかかれっ!」
「はいっ!」
アクアキマイラが広範囲を水で撫でていたためにこのあたりにはあまり魔物がいなかったが、それでも数匹の魔物がまだ走ってやってきている。
兵士や冒険者たちは強敵を倒した喜びをかみしめつつ、残りの作業に気を引き締めていた。
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集団暴走防衛への参加報酬は一律1000Gである。正直命の危険に比べては安すぎるといわざるをえない。
けれどそれとは別にギルドから参加者に慰労会が催される。
街の酒場を貸しきっての大きな飲み食い会場が出来上がっていた。
「兵士諸君!冒険者諸君!本日は無事に集団暴走を鎮圧できたこと、まことに感謝申し上げる!。ひいてはその礼として冒険者ギルド主催でここに慰労会を開催することを宣言する!。隙に呑んで、食べて行ってほしい。ちなみに今日の肉はボアとオークとラビの肉である。全部集団暴走の戦果からまかなったものだ!。これを血にし、肉とし、今後もみなが活躍することを期待する。では…乾杯!」
こうして始まった慰労会はさほどもしないうちに酔っ払いの巣窟と化してしまうのだった。
「ぎゃははははっ、おいガキンチョ、見てたかおれたちの活躍をよぉっ」
「はあ、見てましたよ」
「どうだ、すげぇだろうっおれの剣がアクアキマイラにとどめをさしたんだぜっ」
そうれはどうだか知れない。何人もの冒険者や兵士がキマイラを攻撃していた。だれの攻撃が最後になったかなんてわからないだろう。
けれどぼくはそういう空気の読めないことは言わない。
「すごいですね!あぁほらあそこの人たちが今日のヒーローの話を聞きたそうにしていますよ。言ってきたらいいですよ!」
「お?、そうか。ちいと行ってくらぁ。おめえもおれみたいに強くなれよ」
そう言って酔っ払いは誰かもわからない人たちのテーブルに混ざりに行ってしまう。
「はぁ…うっとおしかった」
「はは、グーグ君はからみやすいのだよ。優しそうな外見とは裏腹にきちんと言うことは言うからね。話しやすいのだろうね」
少し童顔なのは自覚している。だから舐められないように言いたいことを言うようにしているのだが、それが酔っ払いを喜ばせることになっているのだとセビは指摘してくる。
「迷惑なことだ…」
「まぁまぁ。余らの所は被害がほとんど出なかったからな。みんな気が大きくなっているのだろう」
4番通りを守っていた冒険者や兵士に大怪我以上の犠牲者はいなかった。他は幾人かまだ治療中だったりと被害を出しており、そういったところではあまり大っぴらに騒げない連中もいたようだ。
怪我人が出なかったことも騒いでいる原因の一つであるが、やはり一番の理由は今回の集団暴走の一番頭であるアクアキマイラの討伐が大きかった。
アクアキマイラと対峙し、戦い生還したこと。それは今日の集団暴走でなによりも自慢できることだったからだ。
「ふんっ、何よ。グーグが言ったから倒せたんじゃない。グーグはもっと自慢しなさいよっ」
アメリアがお代わりの飲み物を取ってきながらさっきの冒険者をにらんでいる。そうしながらぼくのとなりに腰かけ、ぼくにも矛先を向けてきていた。
「いや、それで言ったらアメリアのベルフルーラも大活躍だったよね。ありがとうアメリア。ベルフルーラにも後でお礼言っといてよ」
結局、そうしてみればあの戦いはできる者ができる仕事をしたからうまくいったのだということなのだろう。
ぼくはアクアキマイラがその水流を滞らせることで攻撃も防御も弱くなることを知っていたし、アメリアがうまくベルフルーラに指示を出したおかげですごくいいタイミングでアクアキマイラに土嚢の土をかぶせられたし、冒険者や兵士も一番の仕事を行うことができたのだ。
どこが欠けてもうまくキマイラを倒せなかっただろう。
だからぼくは今のままでいいと思う。
活躍が認められていないとアメリアは怒るけれど、それは仲間であるアメリアとセビが知っている。あとシーダさんも。
ぼくにはそれで十分だ。
「ふ、ふんっ!お礼なら自分でしなさいよっ、わ、わたしがついて行ってあげるわよ!」
「え、うん。ありがとう?」
どこにだろうか。
きっとベルフルーラが待機している飼育小屋とかだろう。
アメリアのスキルは”召喚”ではないため、ベルフルーラは呼ばれない間は学園の飼育小屋で待機しているはずだった。
飼育小屋には一度行ってみたかったのでありかもしれない。
クラスのみんながどんな魔物を使役しているか、ずっと気になっていたからだ。
(けれどもうすぐ転校しちゃうけど…)
ぼくは北の学園へ転校しようとしている。転校してしまうとこうして仲良くなった彼ら、彼女らともお別れすることになる。
今日のことはきっといい思い出になるだろう。
転校しても彼らとこうして集団暴走を戦い抜いたことは忘れられない記憶としてぼくの胸に残るのだ。
「ほら、グーグ君。フォークが止まっておるよ。もっと食べたまえ。これはいいボア肉であるよ」
セビはぼくの皿にボアの焼かれた肉を乗っけてくる。
「十分食べてるよっ」
「ふんっ、このデザートも食べなさい」
アメリアからは花の香りのする焼き菓子を乗せられた。
「お腹破裂するからっ」
みんな楽しそうだ。
笑いあい、たたえ合い、自慢しあう。こんな日常も良いものだと思う。
ずっと師匠の所で引きこもっていたらしらなかったことばかりである。
ぼくも自然に笑顔になっていた。
お酒はまったく飲んでいないのに、気持ちが高揚しているのを感じる。
「はは…幸せだな」
そう口から言葉がもれていた。
「なんだい。冒険者を続けるならきっとこんなこと、まだまだ経験することであろう。次もこうして気持ちよくご飯が食べたいのであるな」
次も、か。
少し罪悪感を覚える。
ぼくはここから一人去ろうとしている。そのことをまだみんなに話していない。
言ったらどんな顔をされるか。
「もっと強くなりたいであるなぁ。グーグ君も余と同じくらい弱いが、いっしょに強くなろうぞ」
「……セビはまだしも。グーグは強いじゃない。魔物の知識は十分強みだわっ」
「む、余は実力を隠しているのである。…いやなんでもない」
シーダさんがセビをじっと見ていた気がした。
ともあれ、セビは言った”いっしょに強くなろう”
ぼくはそれに応じることができなかった。
「……そのさ、みんなに言わなきゃいけないことがあるんだ」
「ん?、何であるか?」
「…ここじゃなんだから、帰りに言うね」




