なぐられました。
放課後になった。今日はパーティーで行動する日である。
「余は今日こそスキルを発動するのだ」
「うん。ぼくも」
セビは剣を。そしてぼくは盾を構える。
「…………」
アメリアは一人、微妙な空気を背負っていた。
ぼくとセビが何かしたかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
「アメリア、どうしたの?」
「別になんでもないわよっ!」
「う、うん。ごめん」
「…ちがったわっ!グーグ、さ、触っていいわよっ!」
アメリアが忙しい。
いつもプンスコしているが、今日はいつにも増してテンションが高いように見える。
「え…と?触る?」
「そうっ、いいわよっ!」
隣りのセビを見るとぼくをうらやましそうに見た後、アメリアの胸に視線を向ける。
小さな胸だ。まだほんのりとしか膨らんでいない。
「……胸?」
「胸でもいいわっ」
ぼくはアメリアの胸に手をあてる。柔らかい。小さいけれど確かにふくらんでいる。
「どこ触ってるのよっ!?」
バチーンと首がもがれるほどの勢いではたかれた。
「べべべべっベルフルーラよっ!、ベルフルーラを触りなさいよっ!」
そっちかよ。
叩かれたほおをさすりながら立ち上がり、確認しながらゆっくりと火炎竜に手を伸ばす。
あったかい。
ウロコの手触りは思ったよりなめらかでフワフワしている。産毛か、もしかすると魔素で表面に力場のようなものができているのかもしれない。
「ベルフルーラ、やわらかいね」
「ふんっ、そうでしょう!」
アメリアは腕を組んで胸を守りながら得意げにしている。
ククルッ
との絵尾を鳴らしながら火炎竜が頭を下げてくる。どうやらなぜていいらしい。
頭をなぜ、頬をこすり首元をかいてあげるとすごく気持ちよさそうに目を細めていた。
こうしてかわいいものを愛でて精神を落ち着けると、どうしてもさっきのことが気になってしまう。
「…アメリア。その、さっきはごめん。勘違いで胸さわっちゃった…」
そう謝るとアメリアはボッと顔を真っ赤にする。
「ふ、ふんっ!、ゆるさないわよっ」
「そうだよね…」
「でもゆるしてあげなくもないわっ!」
「ゆるしてくれるの?」
「どうしてもって言うならゆるしてあげなくもないわっ!」
「どうしてもゆるしてほしい。二度とこんなことしないから」
「ゆるすわっ!」
ゆるしてくれた。良かった。
火炎竜もクルルッと嬉しそうに鳴いている。
「そういやアメリアは何でぼくにベルフルーラを触っていいって言ったの?」
今までがダメだったことにもビックリだが、触っていいと言い出したことにも疑問がある。彼女の何がぼくに譲歩を与えることになったのだろうか。
「し、知らないわよっ、ふんっだ!」
そっぽを向いたアメリアは教えてくれそうになかった。
何度聞いても「知らないっ!」と繰り返されるばかりである。
そうこうするうちに冒険者ギルドに到着してしまう。今日はダンジョンのクエストを受けてみようと話していたのでアメリアの謎は解明されないままになる。
いつか教えてくれるとうれしいのだけれども…
けれどそのいつかがもう、来なくなるかもしれない。
自分は北の学園に編入する。
どういう手順を踏めばいいかはこれから調べるが、すでにその決意はできていた。
だからアメリアやベルフルーラ、セグやシーダに、それからクラスの友人達とも遠からず別れることになるだろう。
せっかく仲良くなりはじめたのにと後ろ髪をひかれないわけではない。
けれどもすでに決意していることだ。
グーグはどうしても逢いたい人がいるのだから。
冒険者ギルドの扉を開こうとしたグーグは、後ろから走ってきた男たちに横に突き飛ばされてしまう。
「邪魔だっ」
左肩を壁にぶつけつつ、盾を持っていたのでそれほどの痛みはなかった。
「ちょっとっ、待ちなさいよっ!」
「いてて、大丈夫。いいよアメリア」
男たちを追いかけてギルドの中に飛び込もうとするアメリアを止めて、グーグは中をそっとうかがう。
「大変だっ北のダンジョンで集団暴走が起きたぞっ!」
ギルド内は騒然となっていた。
職員たちが慌ただしく走り回り、冒険者たちは集団暴走を知らせた男に詳しい情報を求めている。
「集団暴走?」
聞きなれない言葉だがギルド内の様子にただごとではないことだけは理解できるようで、セビは眉をしかめながら聞き耳を立てていた。
「集団暴走は魔物たちの暴走のことだよ。数が増えすぎると住処や縄張り争いが苛烈におこる。そうやってはじき出された魔物たちが一斉に外に流れ出す現象だね」
「ふむ。では北のダンジョンから魔物が出てきたと言うことか」
「たぶんね。怖いのはどの階層から出てきたかだけど…」
深い層から起きたとすれば出てくる魔物も深層より上の階層の魔物になる。
そして何より問題なのは、始まりの階層で何が起こったのか、ということだ。
ただ魔物があふれただけならこの集団暴走で少しは落ち着くだろう。けれどもし、その階層に強力な個体が出現したために他の魔物が逃げ出さなければいけなかった場合、この魔物を倒さなければまた集団暴走が起こる可能性がある。
とくにこの都市を囲む4つのダンジョンは他の地域のダンジョンとは異なる性質を持っている。
それがどう作用したのか、グーグにはうかがい知ることができなかった。
「ほとんどが浅層の魔物だが、見た中にアクアキマイラがいた。あれは中層の魔物だぞっ」
話しを聞いていた冒険者のいくつかのパーティーが装備を持って急いで移動を開始していた。
ギルド職員もいくつかのパーティーに出動要請を行っている。
「残っている冒険者パーティーはこちらにあつまってください!組み分けを行い防衛線を張りますっ!」
ぼくらみたいに実力が無かったり、街の危機にあまり興味がないような連中にも集まるように呼び掛けている。
「どうするのよ?」
アメリアがぼくに顔を向ける。いや、アメリアだけでなくセビもこちらを向いていた。
「グーグ君、余らも行くべきではないだろうか?」
答えに躊躇してしまう。
ぼくらが参加してもほとんど役に立たないだろう。戦闘経験もなく、自分の身を護ることさえままならない。唯一アメリアとベルフルーラは戦力になるだろう。…若干シーダさんが仕事してくれればと思わないでもないが期待はしない。
そんな吹けば飛ぶような戦力で何ができるか――…
「グーグっ」
「グーグ君」
「……うん。みんな、これからかなり危ないってことわかってる?」
「わかってるわ!」
「余もわかっておる」
何ができるかじゃないらしい。
「危なくなったら、逃げるからね?みんなで逃げるよ?」
「うむ」
「いいわよっ!」
ぼくはみんなを見てうなづいた。セビ、アメリア、シーダ。彼らはすでにやりたいことが決まっているらしい。
ようし、わかった。ならぼくが決めよう。
何ができるかじゃなくて
何がしたいか。
なら答えは決まっている。
「それじゃ、不参加で。危ないから帰ろっか」
アメリアにぶんなぐられた。




