納品が終わりました。
「グーグちゃんと同じ学園に通う!」と言い出したナーサは、シャルードを連れて(移動の足にして)一足先に西都クリアクロアに飛んで行った。
別れの前に四半刻ほどギュウと抱きしめられたのだが。
うん、どうなんだろうね。はたから見ると仲の良い兄妹に見えるだろうけど内情を知る人からすればこいつら何してんの?となること請け合いである。
実際にそんな眼差しを義姉以外から向けられていたし。ぼくもどうしようかと困惑気味だった。
ただ、ほんのちょっと。ほんとーにほんのちょっとだけシャルードお兄さんに優越感を感じていたりもしたけれど。
山を離れてのんびりと乗り合い馬車で揺られながら帰路につく。
変わらない景色を眺めたり、たまに出てくる魔物に馬車を停められたりしながら。
トロロンプさんからは学園のこととか聞かれたし、薬草のことを教わったりした。そしてジザベルもちろん、自分が頼んだ武器のことを詳しく聞こうとしてきた。
「よぅよぅグーグ君よお、そんでどうなんだよ。あたしが頼んだ武器の構想はさぁ、どの程度出来てる感じなんだよ」
「うーん・・・え、えへへ」
作ったは作った。でもどうなのかなぁ。ちょっと面白味に欠けるような気がしている。
「あ?まったく出来てねぇってこた、ないよなぁ?」
「いや、そんなことは・・・」
ないんだけど、と答えようとしてふと思い出す。
「・・・義姉さん、魔術って何が使えるっけ」
「はい?私の魔術ですか?」
「うん」
「水の中級と、風と光の初級です」
ふむ。エルフ族は風や水と親和性があるってことなので順当なスキル選びかな。
「水の中級って《氷槍》?それとも《霧隠れ》?」
「《氷槍》と《水付与》です。グー君、あまり冒険者は手の内をさらさないのですよ」
「あ、ごめんなさい」
怒られてしまった。乗り合い馬車で話すことじゃなかったね。
盗賊とかジザベルとか乗ってるかもしれないからね。手の内がばれると対策がとられてしまう。それは怖いことになりかねない。
ちらとジザベルを見ると武器の話が途中だったためか、これがどうかかわるのか思案している顔だった。よし、バレてない。
「あ?」
「ナンデモナイヨ。その、ちょっと考えがあって。ですね・・・義姉さん、この短剣に水付与して見せてくれないかな」
ぼくは愛用の短剣を取り出して見せた。確か付与系はどの属性も300s時間のはず。鍛冶で付けた場合と違って一時的なものだ。
「いいですけど・・・では。《水付与》」
魔術を発動させると青色の方陣が描かれ、光を放つ。短剣にもうっすらと青い輝きがみられる。これで完了だ。
「付与できましたよ」
「うん、ありがとう」
ふむふむ。やっぱり思った通りかな。
ぼくは考える。
魔術のほとんどを過去に修めた者として、思い浮かべられるだけの方陣円を思い出す。
方陣の内には同系統で同じ文言が使われている。
属性付与であれば属性を指定する文言と付与の文言、発動や消費魔力にかかわる文言がある。
水なら水の、火なら火の部分以外はまったく同じだ。
・・・できそうだな。
ぼくの思うことが出来ればだいぶ面白いことになりそうである。
いや、前例はあるのだ。
過去にぼくはそれを見ていたのだから。
「ジザベルさん、面白い武器を作ってみせますよ」
「ただいま師匠。生きてますか!よし」
「グ」
師匠の生存を確認して挨拶も済ませぬまま、ぼくは師匠が工房にしている部屋に直行する。
さてさて、装備を作るのに必要な材料はそろえてきた。
「まずはこれかな、金槌に保存してある『再生』。せっかくだから別のに移しておこう」
『再生』はたぶんトロールの付与だ。ジザベルに振り回されながらトロールを倒していた時に保存されたのだろう。もう一回保存しに行くなんてとてもじゃないがゴメンなので使うものに付与してしまおう。
なので付与先を作る。
原材料は聖竜の革だ。非常にお高い素材だけどジザベルからもらった作成用のお金があるからね。そこから購入した。・・・武器じゃないけど使ってもいいよね?
カチコンと叩けば竜革に『再生』が付与される。この革で作るのは鞘だ。剣を包む安全装置としてのものだけど、ジザベル用としてはそれじゃ使いにくい。なので鞘と言っても実際には掛け具として剣の鍔と刃元をおさえるだけのものになる。
ジザベルの持つ片手剣と短剣。4本をどれでも差せる鞘としての装備品だ。
「と言ってもぼくの裁縫スキルじゃこの素材をダメにしちゃうかもしれないからね・・・作ってもらうのは腕のいい鍛冶屋か服飾師にお願いしよう」
聖竜素材からは『治癒+』の『属性』が保存できる。なので『再生』と相性は悪くないと思うのでこれでいい。できればジザベルの持つ地属性厚剣から《自然治癒》の特殊輝石を抜き取って鞘にはめ込みたい。その特殊輝石に『治癒+』を付与すれば完成だけど、どうかなぁ。外してもらえるかはわからない。もしかすると別の《自然治癒》輝石を用意するかも。どちらでも、そのための場所は確保しておこう。
《自然治癒》の特殊輝石は剣の束にはめるよりも常時装備できるアクセサリーにつけた方が良いものなので鞘への変更は最良である。皮膚のウロコで攻撃をガードするジザベルの戦い方は見ていてヒヤヒヤするので過剰な再生付与はその心配をやわらげるためのものだ。
ただのお節介とも言うけれど。
「次は武器だ。素材は白金の合金。本当はミスリルがいいけど・・・高いし師匠の技法との相性が悪いからね」
白金の合金とは金と銀とパラジラムという金属の合金だったかな。ミスリルほどじゃないけどめっちゃ高い。作成金はこれでほとんどなくなった。
師匠の魔導銀で方陣を描く技法でミスリルを土台にすると魔力がミスリルの方に流れて方陣が発動しなくなってしまう。魔導銀よりもミスリルの方が魔力の通りがいいからだ。魔導銀を土台にしてミスリルで方陣を描けば発動するけれどそれじゃ柔らかい土台になってしまう。
ミスリルの方陣には惹かれるものがあるけど今回作るものは長時間発動の魔術を付けるつもりなので、発動時の時間を微量削るために高価な素材を使うのはもったいないからね。あきらめた。ミスリルだと300s持続する魔術を発動するときに発動時間が0.5s短くなる、そんな感じ。
<鍛冶:金合金⇒ >
「《鍛冶》剣」
<鍛冶:金合金⇒剣>
《鍛冶》スキルで作った剣を工具でさらに真っ二つにわける。薄い面をさらに薄くするわけだ。
そして割ったスペースに溝を掘って魔導銀で方陣を描いていく。
「ここからが新技術・・・。本来であれば3つしか魔術が描けなかったけど・・・」
今までならブースト、ハイブーストと目当ての魔術の3つだった。同じ魔術は重ならない、そして発動系の魔術は一つしか発動できなかった。
けれど違う。
ぼくはもっとおかしな魔術の使い方を知っていた。
龍の魔術
ぼくからナーサ、ラーテリアにスキルと個有スキルを移し替えたときの巨大な方陣。あの時の方陣はいくつもの魔術方陣を重ね、多重発動させた魔術だった。
方陣に描かれた文言のうち、同じ文言であれば方陣円自体を重ねても発動させられる。
忘れていたけれど帰郷したときにふと思い出したのだ。あのときの負の感情もよみがえったけど、まぁいい。あの方陣を見れただけで得るものはあったと思おう。
一段目に魔属性中級魔術スキル 《増加》
重ねて
二段目に魔属性上級魔術スキル 《超増加》
三段目の右に光属性中級魔術スキル 《光付与》
重ねて
三段目の左に闇属性中級魔術スキル 《闇付与》
全部で4つ。中級3種と上級1種っていういかれた方陣を描き上げた。
完成した魔導銀の方陣を錬金スキルの《合体》で割り剣に固着させる。面をやすりで平らにして隙間を白金の金属粉で埋めてこれも《合体》して隙間のない平らな割り剣を作った。
そして割り剣同士を合わせ、元の一本の剣になるように《合体》させる。
「一本成型の剣より強度は落ちるけど・・・白金合金が鋼鉄合金よりも固いから差を考えても鋼鉄製より耐久はあるはず」
《合体》スキルの弊害ではあるけれどそれでもましなはずである。多少のゆがみやずれは『再生』の鞘が直してくれるといいなぁという雑な制作だけど。
そうしてできた剣を研ぎ、刃をすり磨く。それを準備していた柄にくくりつければ完成だ。ただ柄は普通の柄だ。特殊輝石はめ込み束とかそもそも特殊輝石を買ってきてない。ああいうのは各地の商店から最適な特殊輝石を買い求められる貴族のやることなので。
ぼくじゃここまでしかできないから、それ用の柄を用意するならジザベルの方で用意してください。
あとは『属性』と「属性」も付与できるね。
ただこれは少し様子をみてからにするかな。『属性』で光、「属性」で闇みたいな感じで付与するか、それとも剣士の心得から『斬属性 小』を付与するか・・・斬属性の中があればもっといいんだけどね。まぁ作った武器がどの方向に延ばせばいい武器なのかわからないから試用後に決めよう。
「できたー」
ふひぃと額の汗をぬぐえば、つららがペタリと頬にくっついてぼくの熱を冷ましてくれる。
冷え冷えで心地いい。
よし、外でためしてみよう。と持ち出そうとして・・・、
「う、ちょっと重い」
金を使っているので見た目よりも重いのだ。方陣を入れ込むために刃幅のせまい片手剣ではなく幅広な通常剣を選んだのも原因の一つだ。
この武器を使うときにはジザベルには片手ではなく両手で持ってもらうことになるだろう。
でも試し切りにはなぁ・・・ぼくだと地面にザクザク穴を作るだけになりそう。
「義姉さんに頼むか」
戦技科の先輩である義姉ならぼくよりも筋力があるだろう。これくらいの重さなんてへっちゃらだ。
家中を探していなかったので外に出ると庭で使い魔たちにうずもれている義姉を見つけた。
そちらに歩いていくとぼくに慣れている二匹の進化モルフォックスのココとノノが飛びついてきた。
「キュ」
「キュ」
「わぁ、二匹だと重・・・」
片手で受け止めようとしてその重さに腰をいわしそうになる。丸くてかわいいくせに凶悪な魔物である。
「義姉さんは何をしてるの」
ぼくはバトルホースに背中を預けながらお腹にラッキーダックを抱えて目をつぶっている義姉に声をかける。
「・・・モンスター浴」
「・・・そうなんだ。ええと?」
「心がポカポカするです」
義姉が幸せそうで良いけどね。
ぼくにじゃれついていた二匹も義姉の下にもどってモモや腕にからまる。それを愛おしそうに撫でてかまってあげていた。
ぼくのつららも「ー?」という顔をしていたので外装の下の氷を爪で掻いてやる。
「ー♪」
・・・氷に触覚があるのかは疑問だけど。
お礼なのか、ココノノたちのようにぼくの腹に突撃してきた。思ったより力があるな。ぐふっ。
「グー君荷物の整理はおわりましたですか?」
「え、・・・まだ」
「なら一緒にやりましょう。手伝います」
旅装を変えていなかったのを目ざとくチェックされたっぽい。ずぼらな義弟でごめんね。
でも今はそれより先にやってもらいたいことがある。
「義姉さん、それは後でいいからちょっとこの武器を試してみてほしいんだ」
「武器?ですか。馬車の中でも言っていた武器作りのものですね」
「そう。まずは切れ味と、それから魔力を通した魔道具的な使い道の実験だね」
「実験」
そうつぶやくとぼくが手渡そうとしていた武器に伸びていた手が止まる。
いや、変な実験じゃないから平気だよ?ぼくはわるい鍛冶屋じゃないよ?
胡乱な眼で見られるが、ため息一つで武器を手に取ってくれる。
「始めは切れ味から、ですね」
「ありがとう義姉さん。切れ味でよろしくです」
抜き身の剣を両手に持ち、まっすぐに構える。
やはり力の値が高い。ぼくではふらつく姿勢でも義姉は凛としてきれいに立っている。
「白銀ではないですね。白金ですか。手に馴染む重さです」
軽く振り回しながら武器の調子を確認する。それから庭にあつらえてある、義姉の訓練用木人の前に立った。
「ふっ!」
コッ!
と音がして木人が右上から左下に二つ分かれにされる。
腕がいいのか剣がいいのか、切り口はきれいなものだ。
「うん、いい武器です」
「そうかな。それなら鉄も斬れるかやってみよう」
ぼくはマジックバッグを持ってきて鍛冶スキルの訓練用に作っていた鉄鎧や鉄兜を出す。
いっぱいあるからいくらでも壊せるね!
斬れるなら数を斬ってもらいたい。錬金術で合成しただけの武器なので合成した部分がずれないか試すためにも。
ズレたらズレたで他の実験もできなくなるのでまずは10個から斬ってもらおうかな。
その数を見た義姉の眉間にしわがよる。
「・・・・・・グー君はもうちょっと剣士としての知見を広げた方がいいですね」
「えー?」
なぜか休み中に義姉による剣の特訓を課されてしまう結果になった。
どうやら鉄を、硬い物を斬るには高い集中力と気合が必要らしく、それを10回もこなすのはとても疲れることなのだそうだ。
気を抜けば刃の入りをミスして刃が欠ける、切れ味が落ちてしまうのだ。
確かに金属と金属を打ち合わせて、その後も同じような切れ味を要求するというのはやりすぎだったかもしれない。
そんな無茶な要求だったけれど、義姉は完璧に応えてくれた。
10個の鉄兜と鎧はきれいに分断されて20個の鉄屑に形を変えた。
「すごい!ありがとう義姉さん!」
「ふぅ。目に見える大きな欠けもありませんし、いい武器です。武器の性能のおかげですね」
ぼくの錬金術で作られるモノは標準的なモノなので良いとは言い難く・・・言うなれば素材の暴力と言ったところだろう。
それでも褒めてもらえるだけの得物が作れたならうれしいことだけど。
少し間をおいて、今度はスキルの実験である。
「魔力を通せばいいのですね」
「うん」
義姉さんは剣を両手でかまえたまま、柄から魔力を流していく。
ブースト二つが付いているので必要魔力量は少ない。柄から刃の峰の中の方陣を通り二つの魔術が発動する。
「え・・・これって・・・!?」
鍛冶による属性付与とは違い、魔術スキルでの属性付与は付与された物がその属性の光でうっすらと包まれる。
水属性なら青っぽく光るし、火属性なら赤っぽく光る。
今回つけたのは「光属性」と「闇属性」なので・・・
「白と黒が波打ってる・・・」
相反する属性同士なので合わさることはなく、言うなればマーブル柄。油が何層もうねっとした模様を描くのに似ている。
光と闇が入れ替わり立ち代わり現れて刃をまだらに染めていた。
「おー。思ったより面白い出来だなぁ。あ、でも柄の下まで付与されちゃうのはどうなんだろう。ブーストが強すぎたのかなぁ・・・でも人には影響ないからいいかな」
「・・・グー君なにこれ」
剣を持ちながらポカンとしている。
なにって、錬金術の賜物です。
「すごいでしょう!光属性と闇属性の武器だよ!二属性が付くってだけでありえないのにそれが反属性だなんて・・・!きっと世界で一本だけの武器だよね。いい仕事したなぁ」
「・・・そうですか」
あれ?義姉にはあまり響かなかったようだ。
こんなにきれいなのに、ましてや世界で一本だけの武器かもしれないのに。
なんたって光と闇だよ?二つ合わさって最強に見える。
ぼくは満足です。
義姉は何も言わずに付与のついた剣を振りかぶって訓練用木人を斬る。
よく斬れる。
「・・・鉄を」
「はい」
木人に鉄鎧を着せて離れると、今度はそれほど力を入れずに剣を振った。
コッ
それでも木人は斬れた。
跳ね返るのを予想していただけにその結果は予想外だった。
「あれ?」
「・・・グー君、これは何ですか?」
「え?剣だけど・・・」
「これは、斬っていません。消滅しています」
「は?」
ほら、と言われて斬られた鎧を合わせてみる。すると合わせ目でぴたりと組みあうはずが、微妙に鎧のガラがずれるのだ。その差は小指の太さくらいだろうか。まるで小指分の金属がなくなったかのようにガラがあわない。
「・・・無くなってる」
「です。本来起こらなきゃいけない反属性の”消滅”が付与の外に発動しています。手を近づけてみるとわかりますが、空気も吸い込んでます。たぶん空気も消えていますね」
「げ」
まじですか。というか、柄は平気なのか?柄を持った手が消滅に巻き込まれなかったのはなぜだろう。自分の魔術でダメージを食らわないように、魔力を流した本人もダメージを食らわないのかもしれない。そうじゃなきゃやばいところである。
「斬るよりも、横面で殴ると・・・ほら」
斬られた後に残っている木人に横殴りの剣をふるう。すると剣の幅の厚みそのままに木人が削れた。削った部分はどこか知れない虚空に消滅したと思われる。
「斬るより強い!」
「これ、どうすれば付与を終わらせられますか?」
「そ、そうだね。これはまずい武器ができちゃったぞっ、ええと、本来なら300s時間の効果だけど・・・ブーストとハイブーストがついてるから・・・3倍?900s、15分かかるかも」
「オフにする機能は」
「付けてないよ」
義姉の目がキッと吊り上がる。
「グー君、ちょっとそこに座りなさいです」
「や、実験」「座りなさい」「はい」
その後長々と説教をされるはめになった。
思い付きで危険度を考えてないだの、武器にかかわるには心構えがどうだの、まぁ確かにヒヤリとした場面がなかったわけではない。
ヒヤリも続けば事故になりかねない。
今度からもう少し安全を考えて実験することにしよう。
剣は改めて、安全機構を組み込んで作り直すことになった。
「ギャハハハハハっ、ギャーハッハッハハハハハハ!」
剣を納品されたジザベルは騎士団の訓練場で案山子を相手に試し斬りをしていた。
とてもハイテンションで。
ちなみに騎士団とはクロア領を守る騎士団である。西都クリアクロアを本拠地として、イズワルド王国南西部に位置するクロア領全体の守護者だ。町の衛兵とはまた別の組織になる。
その荒ぶりっぷりには訓練中の騎士たちですら近づけない。
なにせ振り回している刃物は刃物の性質にあらず、当たった物質を問答無用に消滅させるのだから。
剣で組み合うことすら許されない、一撃必死の試し斬りだった。
「おいおいなんだよありゃあ」
「勇者候補様が新しい武器の試し斬りだってよ。なんでも隠棲していた名うての鍛冶師に造らせたんだと」
「まじか。俺にも造ってくんねぇかな」
「全員に欲しいぞ。騎士団で購入してくんねぇかな」
「いや、性能がいかれすぎてやしないか?あんな武器を持ってたら相手と剣戟を交わすことすらできんぞ。相手が剣ごと真っ二つだ」
見学しているクロア領の騎士たちがざわざわと騒いでいる。
それもそうだろう、あんな武器が標準化されれば戦争の形が変わりかねない。
盾も、剣も、鎧もすべて役にたたなくなるのだ。
あの武器を振り回せると憧れるよりも、その武器が自分達に振るわれることに不安を覚える騎士が多いようだった。
「おい坊主」
一人の騎士がぼくに声をかけてきた。
「どこの商会の使いだ?お前のとこではあんな商品を扱っているのか」
ぼくを商会の下働きだと勘違いしているようだ。
勘違いはありがたいね。ぼくが作ったなんて知られたら注文が殺到してくること必至だろう。
「あの、特注品なのでいろいろ秘密なんです」
「ちっ、勇者候補様は特別だぁてか。うらやましいね。・・・なぁ、小遣いやるからこそっと教えちゃくれねぇか」
「あ、あはは、無理ですよ。ぼくよりもあの人に聞いた方がいいと思います」
そうジザベルに注意を向けるが「いやぁ・・・」と難しい顔をされた。まぁそうだよね、としか。あの人は狂犬みたいなものだからね。かかわると面倒でしかない。
そのジザベルが試し斬りが終わったのか、楽しげにこちらに歩いてくる。それを察した騎士の人はサッとぼくから離れて行った。
「キシシ。グーグ君、やってくれるじゃねぇか」
「・・・満足してもらえたようで良かったよ」
ふん、と鼻を鳴らされた。
「満足なんてもんじゃねぇよ。なんだこりゃ。とんでもねぇぜ!剣版の《虚無弾》じゃねぇか!」
《虚無弾》と言うのは無属性魔術だ。中級ではあるのだが、非常に扱い辛い魔術として知られている。
手のひら大の虚無の玉をまっすぐに放つ技なのだが、その弾速はとても遅く、超近距離でしか当てることはできないと言われる。当たれば当たったものを抉り取り、虚無に放り込むという絶死の魔弾なのだけれど。
虚無の弾と消滅の剣。
原理は別だけどやってることは同じようなものだ。
「あの扱いにくい《虚無弾》が使いやすくなってやがんな。直線にしか放てねえから当たらない代表格の魔術が、思い通りに振り回せるんだぞ、しかも長い持続時間込みでだ。ったく、なんてモンを渡しやがるんだ」
「たまたま出来ちゃっただけだよ。光と闇が合わさるとカッコいいかと思ったんだけどね」
「おう。そりゃわかる。光と闇ならカッケェよな」
良かった、わかってくれる人がいた!
ほら~。やっぱりカッコいいんだよ。
「いいぜ。満足だ。鞘の方もいい性能してやがるしな。追加で報酬を払ってやんよ」
それはありがたい。鞘も外部に委託して縫製してもらい、満足のいくものができていた。
消滅の剣と再生の鞘。
これだけの物があればジザベルが他の勇者候補に後れを取ることはまずないだろう。
貴族家から除籍されることも・・・。
「感謝すんぜ。・・・つか、それで一つ聞きたいんだが」
「うん?」
「この武器さ。グーグ君特有の『付与』が付いてねぇよな。まさかこれで完成かい?」
あー・・・、そっか。ジザベルは同じ学園に通っているからぼくの『付与』も知っているのか。
少し考えをまとめてから答えた。
「その武器、まだ鍛冶での普通の属性付与とぼくの『属性付与』ができるんだよ」
「おう」
「ただ、付与した時に何が起きるかわからない。闇属性と『光属性』を付与したとして、同じ強度を得られるかわからないし、もしバランスが崩れるようなら武器として今の性能を発揮出来なくなるかもしれない。なら、何もいじらないままのほうが良いんじゃないかと思ったんだ」
「なるほどな。なら良いけどよ、ならまったく別の付与ならできんだよな」
「たぶんね。望むなら付与するけど、でももしかすると将来光と闇が付与出来るようになんかもしれないよ?」
「へえ?」
今は属性のことがわからないので手を出していないが、実験できるならその限りではない。
資金と素材が潤沢であれば「属性付与」と『属性付与』の両付与は可能なのだ。いくらでも実験していい環境があればね。ぼく自身も今回の消滅効果は気になるので実験を続けたいし。
懐事情の良さげなパトロンがいればなぁ、というお話である。
「チッ、それをあたしに求められてもなぁ。平民に比べりゃ金持ちだけどよ」
ジザベルも貴族の子女の一人、依頼人としては良い取り引き相手でも継続的に大金が出せるかは別である。
まぁ、難しい話しだったかな。
「金を稼げる話とかねぇのか。それこそダンジョンに行くしかねぇかな」
「うん、ダンジョンじゃないかなぁ。あ、そういや学園長がダンジョンクリアに懸賞金を出すって言ってたよ」
「へぇ?」
ぼくはそのことを詳しく説明する。ライバルが増えるのに良いのかとも思うけど、現状のぼくらは低階層でまごまごしてるだけなので懸賞金がもらえる見込みがない。懸賞金争いからすでにドロップアウトしている状態だった。
クラスメイトには悪いけれど、ジザベルの注目をぼくからそらす役にたってもらおう。
「半減のある、北のダンジョンか・・・攻略報酬がグーグ君のクラスメイトのうち、参加した全員にそれぞれ500万G」
平民からすれば大金である。
「悪かねぇな。一枚かませてもらうか」
よしっ。
「そっかー、ぼくもダンジョン攻略目指せれば一緒に行けたんだけどなぁ。ぼくのパーティーは弱いから攻略目指してないゆだよね、だから応援しかできないよ。頑張ってねジザベルさん」
「あぁ?グーグ君はダンジョン行かねぇのかよ」
「行くよ。授業の課題で潜るからね。でも懸賞金は狙ってないよ」
貰えるなら欲しいけど危険を犯してまでではない。命大事に。それが今のぼくの生き方だ。
「チッ、パーティー組めっかと思ったのによ」
「そうだね、ままならないね。ぼくも残念だなぁ。ダンジョン攻略を目指すならジザベルさんの武器はすごく頼りになったのに」
ならパーティー組めよ、という視線を感じる。が、お断りだ。
威圧的(最近はそれほどでもないが)であり、魔王の敵である勇者候補となんか仲良くなりたくない。
理由をつけて断るのである。
「まぁ、いつかダンジョンを攻略したくなったらパーティー組もうよ。今回ではなくてもさ」
そのころにはもう少し性格が丸くなっていることを祈ろう。
「しゃーね。絶対誘うからな、覚えとけよ」
「うん」
それがぼくと彼女の別れの言葉だった。
いや別れの言葉になるはずだだたモノだ。
これを機にぼくはダンジョン攻略を目指さず、彼女はダンジョンを攻略しにかかる、そういう話しになるはずだったのだ。
あいつがダンジョンを知るまでは。
あいつは───龍は、世界のルールを正さなくてはいけない。
神の下部として。