6-23 エピローグ
◆6-23 エピローグ
分裂騒動から一週間。ドルクネス領に戻り落ち着いてきた頃だ。
勇者と魔王は成仏……? という言い方で合っているのかは不明だが消えてしまい、私は左右の体を取り戻した。
生き返るって問題かなと死んだ方の私は考えていたが、死んでるのが半分だけって知らない状態での結論だったし、なんか暴走のあれこれでうやむやになっていた。
結婚式なる、これまた一騒動起きそうな予感しかないイベントが控えているので、この騒動が一日で落ち着いて本当に良かった。
とはいえ、左右超大戦は私の両側にとってだいぶ負担だったようだ。その左右の疲れを同時に受け取ることになって、この三日間はあまり活動できなかった。
だいぶ回復してきたので明日からは通常通り仕事に戻ろうと、たった今パトリックと相談をしている。
「もう元気だよ。体よりも頭の負担が大きくて……二人分の記憶が一気に来たから」
「左側は、早々に勇者と魔王に会っていてんだろう?」
「んー、その前に他の人にも会ったりしてたよ。私を怖がらない三毛猫とか」
「それ本当に猫か?」
パトさん鋭い。その三毛猫はおじさんです。
猫兄弟の話はもう少し落ち着いてから話そうかな。あのショッキングな猫耳おじさんたちを思い出す負荷、信じてもらえるかも含めてだいぶ疲れそうだ。
あの兄弟は薄明の国で再会できて、弟さんの嘘旅行記についても打ち明けられて、良い結末だったのだと思う。
勇者と魔王に関しては……。
「パトリックは二人が死後に再会できて良かったと思う?」
「生前の後悔が無くなったんだから、良かったんじゃないのか?」
「そう……だよね」
太陽と共に消えてしまった勇者と魔王は、かつて憎み合った仲にはとても見えなかった。
勇者は何百年も薄明の国に、魔王は何百年も封印され、相当な時間がかかったが最期には仲良し……かはともかく、元の関係に戻ったように見えた。
ついぞ見られなれなかった蛮族フォルムに戻った勇者の顔を想像していると、パトリックが感慨深げに呟く。
「まさか死後の世界があったなんてな」
「レムンに説明された通り、何の意味があるのか良く分からない所だけどね」
薄明の国の存在理由は不明だ。
私のような例外が無ければ生き返れるでもなし、生前の後悔を一人でひたすら抱え続けるのは人によっては地獄かもしれない。
それでも、薄明の国があったから救われたように見えた人々を見てきたからこそ、存在理由に疑問を持てど、薄明の国を否定する気にはなれなかった。
「何があったのか、そのうち聞かせてくれ」
「うん……元気があるときに猫耳のおじさんの話をするね」
「元気が無くなりそうな話だな」
「落ち込んでいるときだと耐えられないと思う」
聞くと言った手前、断れないパトリックが渋い顔をする。
今からでもしようか? 猫になりたがった兄弟おじさんの話もあるし、現実と絵画を入れ替えて写実的な印象派になったお姉さんの話もあるぞ。全部、正気度が削られるぞ。
嫌な気配を察知したパトリックは話題を変えてきた。
「ユミエラは色々と騒動を引き起こすが、まさか左右に分かれるとはな」
「左右が予想外なら、上下は想定内だった?」
「じょうげ……?」
次は上下で分裂できないか試そうかな。今度は片方が死なないようにできそうな気がする。
やるって言ったら止められそうなので、パトリックには言わないでおこう。
そう言えば、猫耳おじさん……またの名を不遇の調香師ヨンラム氏についてエレノーラにまだ話していなかったことに気がついた。
私はパトリックに一声かけて、エレノーラの元へと行ってみる。
「エレノーラさまー!」
屋敷の自室にエレノーラはいた。
彼女は私を見るやいなや、見覚えのない物体を私の顔の前に差し出してくる。
これ……何だろう……? 紐の先端に金属製の重めのボタンが付けられている。彼女はそれを摘んで、ゆらゆらと振り子のように揺らし始めた。
「ユミエラさん、あなたは、だんだん、眠くなある」
「ならないです」
催眠術だった。金属ボタンは5円玉の代用だった。この国は穴あき硬化が無いからそうなってるんだ。
私も知らなかった、前の世界と同じタイプの催眠術。エレノーラはどこで情報を仕入れてくるのだろうか。
しっかし……こんなので催眠に掛かるわけないじゃん。催眠ってのは耳元でカウントダウンされてかかるもんだぞ。
でもエレノーラに囁かれると不意のタイミングで鼓膜を破壊されそうで怖いなぁ……。
私がくらだないことを考えている間も、エレノーラのくだらない催眠術は続く。
「眠く眠く眠くなーる」
「ならないですって」
「ユミエラさんは効きづらいタイプかもしれませんわね。他の方に試してみますわ」
こういうのに引っかかるのは単純で素直で頭がちょっと悪い人だけだよ?
でも、単純で素直で頭がちょっと悪い人って、身近にそんなにいないからなあ。
さて本題に入ろう。エレノーラも別に本気で催眠術を習得したいわけではない。ただ暇なのだ。
「エレノーラ様が禁書庫で見つけた黒い手帳、憶えていますか?」
「もちろんですわ! あれは絶対にヨンラム氏が調香したものに違いありません! 夕暮れの寂しい砂漠の中、穏やかに過ごす住民……優しい死後の世界のような香りがいたしました」
こっわ。エレノーラちゃんって薄明の国の光景を知らないし、猫耳おじさんの香水解説も聞いてないんだよ? 香りオンリーでその精度で言い当てられるって……やっぱすごい人だ。アホみたいな催眠術をやり始めるけど。
エレノーラってヨンラム氏の大ファンだから……直接会ったってなんか言いづらいかも。しかも憧れの調香師は猫耳生やしたおじさんなわけだし。
私がエレノーラに何を伝えるか決めあぐねていると、彼女は続けて語り続ける。
「それに、あれは本物の香りでしたわ。夕暮れの砂漠にヨンラム様がいらっしゃって……たぶん本人が気づいてないだけで、近くに弟さんもいらっしゃって……最後は二人で世界を旅できるといいですわね」
「…………こわっ」
心中だけの呟きのつもりが、思わず小さく声に出してしまう。
なんで? どうして弟の三毛猫まで分かるの? 催眠術で私の記憶が覗かれてた?
最終的に勇者を説得できたのはエレノーラのエドウィン大好き成分だし、現世と薄明の国で連絡が取れたのもエレノーラが香水のついた魔王の手帳を発見したからだ。
この一件、MVPは彼女だったのかもしれない。
左右の記憶を合わせて新たに判明したことも色々ある。王城地下に眠る人魚のミイラの制作者は初代国王であることもそうだ。
しかし一番の発見は魔王の手帳だ。装備品扱いで死後の魔王と共に薄明の国に持ち込まれた手帳と、魔王封印後に禁書庫で長らく保存された手帳が同期していた。その発端はおそらく、魔王が自分の手帳に香りを付けたことなのだ。
現世と薄明の国で、同じ物が二つ存在する手帳を結んだのは、ヨンラム氏の香水だった。
確かレムンも、現世と薄明の国を行き来できるのは匂いだけだと言っていた気がする。
「エレノーラ様は分かりますか? 薄明の国に行き来できるのが香りだけの理由」
「そんなの簡単ですわ」
え? 科学では説明できない、少し不思議なコトだと思っていたのでエレノーラの即答は意外だった。
しかし、香水が関わるときのエレノーラならスーパー理解からのハイパー考察も可能かもしれない。香りだけが特別な論理的な理由はすごい興味がある!
続く彼女の言葉を、私は息を飲んで聞き入った。
「それは……香りが一番、人の心に残るからですわ」
「そっすか」
お洒落なフワフワ回答だった。
じゃあエレノーラにはお礼にこれをあげよう。
「どうぞ、お土産です」
「これは……?」
エレノーラに香水の瓶を渡す。
暴走した左ユミエラが持っていた例の香水は、両側合わさった私のポケットに入っていたのだ。薄明の国から持って返ってこれた唯一のお土産だった。
私はすぐにエレノーラの部屋を後にする。
死の断末魔と聞き分けが出来ないエレノーラのはしゃぎぶりを背に受けながら、この音の方が心に残る気がすると私は思った。
手持ち無沙汰になったので、私はずっと考えていたことを実行に移す。
私は今回、左右に分裂してしまった……のではなく、分裂することが出来たのではなかろうか。死んで分裂したのではなく、分裂して戦った結果として左側が薄明の国に行ったのだ。
だから私は頑張れば、分裂や分身ができるはずだ。
しかし分裂も分身も、ちょっとイメージが難しい。分裂したときの感覚を憶えていないので取っ掛かりすら掴めない状況だ。
どなたか左右に分裂する方法に精通している方がいたらお便りください。
じゃあ羽の方を試してみよう。あの感覚はちょっと憶えている。
背中からぐにょにょーって感じだったはずだ。
あのときを思い出しながら試行錯誤を繰り返していると、パトリックに声をかけられる。
「今度は何を?」
「分裂とか分身を意識してやるのは無理そうだったよ」
「そうか。残念だな」
ほんとに思ってる?
でも大丈夫。残念がっているパトリックに、嬉しいお知らせです。
「羽の方はもう少しでいけそうなんだよね。背中がちょっとムズムズする感じがするの」
「…………背中が痒いだけだろ?」
「いや、もっと独特な感じだから!」
パトリックはおもむろに私の背中をかきはじめた。
いやいや違うから。もうそろそろでイケそうなんだ羽。
それを邪魔するように、パトリックは私の背中をかき続けた。そして耳元で囁かれる。
「痒いだけ痒いだけ、ユミエラは背中が痒いだけ」
「だから――」
「背中が痒い、背中が痒い、ユミエラは背中がかゆい」
「……痒いだけな気がしてきた!」
私は背中がかゆいだけだったんだ!
確かにすごいムズムズする。
羽は気のせいだったし、パトリックから単純で素直で頭がちょっと悪いヤツだなぁという視線を向けられているのも気のせいだ。
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