八十九話・砂漠を越えて
砂漠前のオアシスにキャンプを張って一昼夜、明けの空に銀色の一点を認めた。
「飛行船、接近!」
「びっくり!まるっきりツェッペリンだわ」ヒロコはガイアとテラの収斂的相似に唖然とする。
ツェッぺリン型飛行船は地上すれすれまで降下して百メートルあまりの船体を眼前に晒した。
船室からバギー車を傍らに軍服姿の男が現れ、「同盟軍の空軍隊長トンマヌです。案内を務めさしていただきますので、出発の準備を」と、口上する。
… … … …
陽炎立ち昇る砂漠を進行すること十昼夜、地平線の彼方にパイランバートルの尖塔が蜃気楼のように姿を現した時、先導するトンマヌが行進の停止を叫んだ。
指差す方向に、砂塵を吹き上げ巨大なモグラ途のように砂面が盛り上がりながら急速に接近して来るのが見える。
「砂竜虫、接近!」
巨大な砂面の盛り上がりは百メートルほど前で停止した。
やがて、轟音と共に地面を割って直径二十メートルはあろうか、節状の巨体が半身を尖塔のように空に向かって直立させる。
一行はその見上げる大きさと、形容しがたい異様な肉隗に息を呑んだ。
「戦闘態勢!」
マギャポが万が一に備えるよう命じた。
聳え立つ巨大な有機物の柱は無音のままその動きを停止し、微動だにしない。
時折、体面から落ちる砂が風に舞う。
「全く読めない!」
アザエール始め、イムヨウ、ジャムン・ハーまでもが、為す術なしと言った状態だ。
炎天下に静寂は永遠のように時を止めていた。
飛行船が接近し、直立する肉塔の反応を確かめるように周回を始める。
更に一時、その巨塔が砂中から先ほどに屹立したのが、夢の中の出来事のように、恰も古代から風雪を刻む彫像のごとく思えて来るのだった。
突然、巨大蚯蚓が動く!
頭頂部が開き、接近飛行船の船室部を一気に銜え込む!
あっと言う間もなく、ツエッペリンは強烈な振込みにバラバラに分解され、船室は乗務員ごと飲み込まれた。
蚯蚓はコマ送りのような素早い動きで二重折に折れ曲がり、砂面を這い獲物を狙うかに突進する。
「後退!」
叫びも、もののかわに、先導のトンマヌがサイドカーごと飲み込まれた。
「撃て!撃て!」
雨霰のごとき凄まじい弾幕が張られたが、弾丸ミサイルの尽くが肉の中に吸い込まれ、爆発は内部に抑え込まれる。
巨大節足生物の恐るべき呑食の前進は止まることなく、巡礼団一行は壊乱状態に逃げ惑った。
一平が護衛を振り払って、単身、憑かれたように巨獣の前に躍り出た。
手には限界長に伸ばされた光刃のムラクムが、舞い上がる砂塵を眩くスパークさせている。
巨大蚯蚓は、眼前に立ちはだかる小粒な人間に、前進を止めて頭部を傾けた。
それは、知性あるものが理解しがたいものに行き当たったようにも見えた。
八双にヴァジュラを構えた一平と、巨大節足動物は相対したまま束の間を分け合っている。
一平が大音声の気合を発して間を詰めるや、巨獣は目にも留まらぬスピードで、一気にがぶりと一平を飲み込んだ。
砂竜虫は大音声の喇叭音を発する。
それは勝ち誇った雄叫びのようだった。
だが、束の間、大蚯蚓がゆっくりと地面に倒れこみ、頭部の上半分が切断されて滑り落ち、ヴァジュラを翳した一平が砂竜虫の中から降り立った。
生還のゴンガは止めを刺すかに気合一閃、頭部を縦割りし、輪切りに落とす。
断末魔に痙攣する巨獣によじ登った一平は、ヴァジュラを翳して高らかに宣言した。
「魔は屈し、道は開かれた!」
一行は、目に染む青タイルの敷石を踏んで、白亜の南大門に辿り着いた。
空は迎える飛行船と色取り取りの熱気球に満たされ、満開の花園だ。
ホルンが鳴り響き、間断なく祝砲がうちあげられ、極彩色の民族衣装に着飾った人々が鼓を叩きながら出迎えた。