九十話・蟠りを捨てて
溢れんばかりのカラフルな歓迎の群れ。
鮮やかな民族衣と細絹の黒髪を風に靡かせて長身の中年美女が歩み寄る。
「ようこそ、パイランバートルに!北部アルタイ同盟議長のマチンカ、同盟を代表してゴンガ・ラーマ・ラモン・イッペイ師と巡礼団を歓迎いたします。これから宿泊場に御案内しましょう」
そして、「師にはお疲れのところ申し訳ないのですが、このまま放送局にて各首長と共に全土放送の生番組出演を受けて頂きたいのです」と、要請した。
「マダム・ケイコっぽくない?顔にかかるケロイドを差し引いても、魅力的過ぎるわ」
ヒロコはマチンカに見とれている一平を小突いた。
白葡萄がたわわに垂れ下がる棚の下、マチンカは一風変わった屋外の放送会場に一平たちを案内し、各首長を紹介した。
純白の敷き砂、心地よい微風が吹きぬける。
放映は中央の椅子に座った一平にマチンカと各首長が左右に座する講義スタイルだ。
マチンカが立ち上がって、冒頭の言葉を述べる。
「この度、世界中で最も関心を持たれ、あるいは切望されている、ゴンガ・ラーマ・ラモン・イッペイ師をこの地に迎えたことに感謝と喜びに堪えません。また、この機に師の来訪の意義と我等が関心をお聞きしたいと思います」
アルタイの首長が慇懃に礼を取ってから一平に尋ねた。
「師は宗教家なのか?それとも、預言者なのか?」
「私は宗教家でも預言者でもない。強いて言えば、真実を提示する伝道師です。因みに、弥勒の教えは宗教ではなく、全ての融合を模索する道なのです」
「仰る真実とは?」
「間近に迫る人類存続の危機。世界中の悲惨な現況はその序章に過ぎない。そして、悔い改めなければ、ウシュマピテムやノアの洪水のような恐るべき結果となるでしょう」
ヴィグルの首長が緊張に声を震わす。
「その試練を与えるのは神なのですか?悪魔なのですか?それとも、人間ですか?」
「我々とは異種のヒュウマノイド、神人と呼ばれる人類の創造主です」
「異種のヒュウマノイドとは、宇宙人と言う意味ですか?」
「その通り。因みに、貴方がたと同種ですが、私も異星人です」
その答えに局中がどよめいた。
「生きとし生けるもの全てが創造物であり、神の息吹なのです。それ故、我等は互いに慈しみ愛し合わねばならない。自らを生かすために他を犠牲にする時も自らの犯す罪を認識し、生かされる感謝を持たねばならない。人類が滅亡の危機に立っているのも、愛とそれに伴う許しを忘れているからです」
そして一平は「勿論、愛の心は貴方がたの宿敵と言われているヤン民族にも等しく与えねばならない」と、付け加えた。
「ヤン族!師は奴等がヤンゴルモア支配者として我等に行ってきた残虐な悪行を御存知か?我等には報復する権利がある!」
一平は諭す。
「報復すれば、幸せになれるのか?否、決して成れはしない。何故なら憎しみを得ることはあっても、愛は得ないからです。私は此処で断言するが、愛を得なくば決して癒されることは無いし、感謝なくば、幸せを得ることはない。だからこそ許しが必要なのです」
そして、一息置いてから「報いは自ら背負うのであり、報復と言う憎しみでは解決はしないのです。貴方がたに告げよう。幸せは自ら掴まずには得ることは無いのです」と、付け加えた。
「愛さねば、愛は得られないのでしょうか?」
マチンカが尋ねた。
「愛するからこそ、愛される。憎しみが憎しみとなって返るように、怒りが怒りとなるように、愛は愛を生むのです」
キョウドフンの代表が声を上げた。
「御言葉を返すが、愛憎は簡単に受け売り出来るものではないし、湧き上がる感情を制御はできない。そこには余人には知れない諸々の経過がある」
一平は代表を見据える。
「人生は儚く、回り道するほど暇じゃない。果実を得るか得ないかは幸せになろうとする強い意志力です。もし、為す自信がないならば、委ねるがよい。ダルマラーマに代わって私が受け止めましょう」
「師が受け止めるって?」
「その為に私はここに在る」
「弥勒のように我等の罪を背負うと?」
「先ず、自らを愛し、自らを許し、自らに感謝せねばなりません。ダルマラーマを通し、神人が救いの手を差し伸べているのです」
「その手を振り払って、独自の道を選択すれば?」
「貴方がたを含めた全人類が苦しみの中に伸吟し、滅亡するでしょう」
一平は人類の危機迫る現況を噛んで含めるように説明する。
スキタイの首長が感動も露に声を上げた。
「師を崇なるものとして、我が身を委ねる。お導きを!」
そして一平の足下に跪いた。
「私も帰依します」
マチンカも一平の前に膝を折った。
首長たちは堰を切ったように次々と足下に跪くのだった。
一平は立ち上がって掌を向けて告げた。
「許し、悔い改め、感謝し、愛を求める者は、ダルマラーマの名において癒されよ!」
「ケロイドが消えてる!」
局の一人が感動の声を上げると、我も我もと身に起こった癒しに驚きの声を上げた。
「ダールラハアマ・ムング、ダールラハアマ・ムング」
… … … …
夜半、満月は真昼のように煌々とハウルの丘を埋め尽くした人々を照らし出していた。
咳一つなく、民衆は息を潜めて奇跡の御業を待ち望んでいる。
一平が丘に立つと、人々は一斉に立ち上がってあらん限りの歓声を上げた。
ゴンガ・ラーマは語りかける。
「一切のわだかまりを捨て、心を無にし、全てを素直に受け止めよ!
偉大なる意志は愛によって宇宙を創造された。しかるに、今や人類は滅亡の際に呻吟している。斯かる状況を招いたのはひとえに各々が宿す恐れである。恐れは憎悪を生み、恐るべき惨禍を招いた。
今この場に不倶戴天の敵と称されるヤン族とアルタイ・ヴィグル・スキタイ等の民が集っている。
これこそが憎悪を捨てる絶好の機会です。捨て去るものは癒され、執着する者は破滅への道を歩む」
一平は両手を翳すように広げ、「悔い改め、感謝せよ!許す者は許され、愛する者は愛を得て、罪咎が祓われよ!」と、大音声で癒しの御業を行った。




