六十五話・アテン幻想
一行はハブ空間・アテンの園に入った。
広大な空間、外界へ無数にぶち抜かれた天井からの光、屹立する巨大紫水晶柱、溢れる緑と花々、湿り気を帯びた微風、懇々と温泉水が音を立てて流れ行く。
ガイアのアーデンの園に対比する小世界だ。
「此処はヨッシ総督と妖精使いで名高いヱローミュ夫人を中心に、医師や科学者を含む一族郎党、そして、大よそ五百匹(人?)の分業別モグッパが常駐している」
ヘゴ羊歯林の陰から黄色の薄布を纏った長身の竜人が武装モグッパを引き連れて現れた。
群れ囲むようについてきた好奇心の強いヨチヨチ歩きのドードー鳥が歓迎のファンファーレのように一斉に鳴き喚いた。
竜人は賑やかな鳥鳴をバックに、優雅に軽く膝を折った。
「ようこそ、アテンに!総督のヨッシです」
霧に煙る総督邸は蓮花と睡蓮に彩られた大泉に瀟洒な佇まいを見せていた。
邸宅に渡る浮き橋を歩む時、蔦植物が垂れ下がる天井からの木漏れ日は、微風に揺らめいている。
「幽玄の極みや」
「魔女でも現れたら、ピッタリっすね」
玲の声が水面に流れる。
ヨッシが、出迎える総督夫人のエローミュと家族、モグッパの侍従長と守備隊長等、そして、友人であるシャールマニ(総合医療師)の長であるゲオルクと彼の息子なる三人の若者(何れもシャールマニ)を紹介した。
「シャールマニ言うのは?」
「シャールマニとは内科外科はもとより、精神科を含む一般医療、薬剤師、心理学者、アロマセラピスト、ホメオパシスト、整体師、鍼灸師、ハアニスト、歯科医師、そして、心霊師までも兼ねる総合医療師です」
歓迎パーティは優雅で和気藹々としたものだった。
美しく着飾った女性群の華やかさ。
「何れも菖蒲かきつばた!とりわけ、総督夫人は生唾ものっすね」と、牧野を冗談めく牽制した。
「玲君!何時までもボケ漕いてはおれんで。アユミちゃんも居るんやから、矢鱈に邪な考えを抱いちゃ遺憾」
「親爺さんこそ、カーニャさんがおりますのでドジを踏まれねえように」
「これから、君と軽口が叩けなくなるのは実に残念や」
… … … …
日を置かずして、パトリースと玲は古代琉球へ、カドモスと従者は古代のバクトリアへ旅立つことに。
テラには情報収集と先払いのためにバキとトミスとカーニャが先発し、牧野、一平、ヒロコそしてモルモネユニットはこの地で、状況待ちと言うことになった。
牧野がヨッシに感謝の意を述べた。
総督は首を振る。「アムーティラ女王陛下の臣としては当然のことです。
ただ、我個人の意見としては、ライオン殿のテラ救援の試みは水泡に帰するであろうし、我らサーデモの企画する猿人類(人間)一掃及び竜人ミックスヒュウマノイド入れ替えの流れに掉さすことは出来ないでしょう」
「我等が努力は無駄足やと?」
「所詮、人間は人間。無為な努力なんか止めて、猿人特有の利己的かつ狡猾で欺瞞に満ちた邪悪な欲望を速やかに開放させ、神人をして人間を見限るようになれば、全てが解決します。
前回の洪水の時には代えが同種の人間しか無かったのですが、今度は起死回生のスーパー竜人ミックスが控えて居ますので」
「人類の端くれとしては辛い話や」
「ただ、現時点での入れ替え作戦には多少なりとも問題点が無い事も無い。竜人ほどではないのですが、ミックスヒュウマノイドの生殖適応能力が今一つなので…」
「その研究が完成するまでに、目覚めねばな」牧野は平行線の話を締め括った。
別れの朝、ヒロコは滂沱の涙が止まらない。
パトリースと牧野、玲と一平は抱擁を交わした。
「我等は魂の練成を通して永遠の道を歩む」
カドモスが剣を抜き、「手向けに一舞!」と、詠い、雄叫びを上げながら風を切る。殺気の舞に震撼とする中、最後にピタリと一平の頭上に剣を止めた。