六十四話
夜光虫と蛍石の敷石、巨大発光茸に埋められた広い鍾乳洞に辿り着いた。
地底都市デーモーの入り口・グルンデグラムとある。
デーモーは地底世界に蟻の巣状に広がっており、地底人デーロンが管理していた。
雄デーロンが一行を出迎え、歓迎の意を述べて休息所に誘った。
どんよりした瞳、ヌメヌメした白い肌、髪の無い頭部、吸盤のついた指、そして、取り分け股間部の膨らみ強調した褌で身をくねらして歩む姿は異様だった。
ヒロコが側のパトリースに尋ねた。
「堪らない臭い。ヒュウマノイドみたいだけど?」
「元来は逃亡地球人なんだが、三千年の地下生活間に強い性的欲望が肉体を変異させた。奴らは正常なヒュウマノイドの女性を渇望している」
ヒロコは身震いした。
「ぞっとするわ!」
「此処は変異磁場が強烈なんでね。地球で最も強いガラパゴスの百倍はあるネ」
「雌は如何なの?」
「色気過剰でグロテスク、性状も雄以上の色情狂ときている。因みに、儒教顔負けの極端な男尊女卑の習慣で、雌は社会的には獣もしくは物扱いなノ」
「襲って来ない?」
「非力で軟弱だから、恐れるほどではない。唯、卑怯で悪賢いので、親密に付き合うのは避けたほうが無難かも。数年前、テラからの逃亡人類グループ全員が痺れ薬にやられて慰み者に陥った。今だ都市部には多数の地球人男女が監禁されているって」
グルンデグラムの関を後にして暫く、分かれ道のある比較的広めの鍾乳洞に休みをとることとなった。
パトリースが片方の分かれ道を指差す。
「あそこから、二百名ばかりのナチスのヒットラー・ユーゲントが現れたのよ。金髪碧眼の少年ばっかりだったが、忽ちサーデモにサンプルとして捕獲されたネ。少年達はミックスヒュウマノイド繁殖実験を過ごし、今はラストバタリオンに期して、テラのザック・ゲルマニアとコロニーをエスタンジアに作って居る」
「ラストバタリオン?」
「地球最終戦後に世界を支配するって御伽噺」
「ニック(テスラ)の磁場理論を引き継いだアメリカ人も来たはずやが……?」
「空間にトンネルを形成した二人組みネ。火星基地からゴールドを盗んだ」
「火星って、あの火星ですか?」
「ここ一万年、結構行き来している」
「一万年!パトは一体何歳なんや?」
「女王アムーティラが、私を時空干渉の犯罪者呼ばわりしたのを憶えている?」
「他人の悪口は忘れないほうなんでな」
「女王の言う通り、歴史を跳び跳びに干渉したのは事実なのヨ。私の年齢に関してだが、純粋に肉体年齢で言えば、私は地球人の百倍以上生きているネ」
ヒロコがピノマントの頭に鎮座するモルモネに尋ねる。
「貴方は一体何歳なの?」
ヤハタは胸を張り「肉体に関して言えば、八十歳と言ったところだが、我等には意味を持たないのだ」と、答えた。
「つまり、この肉体の限界は二百歳位なのだが、百五十位に成った時、受精卵に魂を転移させ、未来永劫に記憶を継続させる」
「記憶を移すってこと?」
「魂を移すんよ。我等とコンタクトするピノマントは寿命が二十年ぐらいで、二歳ぐらいから意識連結をする」
「意識連結?」
「ピノマントの原型DNAは工場生産のモグッパで、生後三ヶ月の儀式によりコンピューター加工と名前が与えられるのだが、ネックレスを通じて飼い主との感覚を一体化する」
モルモネはネックレスを誇示した。
「一体化する?」
「一体化したい時に一体化し、したくない時にはフリーになる」
「一方的に?」
「勿論のロンよ。ピノマントはアンドロイドで我等に隷属する。我等ヤハタは通常三体ぐらいピノマントをストックしており、複数の人(鳥?)生を楽しめるのヨ」
「年老いてジャンクに成ったピノマントは如何なるのかしら?」
「連結を離れ、ピノマントの介護コロニーで余生を送ることになる。安易に処分したりはしないネ」
ヒロコは更なる疑問をぶつける。
「ヤハタの知能がヒュウマノイドを超えていると言うなら、何故にヒュウマノイドのピノマントに拘るのかしら?それと、ユーテンジュの庇護下に甘んじているのが、今一つ解らないの」
「我々の文化はユーテンジュの文化を基礎に置いて進化したので、枠から外れての我々は有りえないと自戒しているんだわさ。それに、工夫の才が行き過ぎて、知的自動繁殖ロボットの恐るべき暴走を招いてしまって、神人の懲罰を受けた過去があるんでね」
「自動繁殖の知的ロボット?」
「我々が創った自我を持った知的コンピューター・オロチの暴走が、ヤハタの手に負えなくなり、神人の助けで沈静させる破目になった」
「で?」ヒロコは今一、見えない話を促した。
モルモネは大きく羽ばたいて胸を張った。
「とどの詰まり、絶滅の代わりに神人への絶対服従遺伝子を自らに植え込むことで存続しているノ」
「モルモネは何人の人生を今エンジョイしているの?」
「先ずはエコロジー専攻の科学者とチャピオ首長の後継者と言うヤハタ自身の鳥生。それから、ピノマントとして、精力家で女たらしのプレイボーイ、そして、此処にいる冒険家で格闘家のユリ」
玲が話に割って入った。
「このピノマント君はユリっちゅうんか?格闘ってのは?」
「ユーテンジュの素手の格闘技全てに習熟している。時にはピノマントの正体を隠してリングに上がったりもするんだゼ」
「何か釈然としねえな。第一、あんた等は闘争を好まねえんじゃなかったっけ?」
「ピノマントを通せばヒュウマノイドの感覚になれるのよ。ヤハタは完全菜食だが、ピノマントを通して肉食も味わうこともできるし、人間のハードなセックスだって同感覚で楽しめるんだ」
「鳥生や人生を自在にエンジョイ出来るなんて、羨ましいわ」
「其れが故、我等は神人やユーテンジュの庇護下に甘んじるんだわさ」と、モルモネが自嘲した。
… … … …
無数の分かれ道、髑髏は光を帯び、行く先を指針する。
カドモスはヒロコと目が合うと、にっこり微笑んだ。
「デーモーの王子の方は如何なりました?」
「デーモーって、デーロンの?」
「結婚を申し込んだ件」
「如何言うことかしら?全然話が伝わっていませんわ」強い語調に周囲の視線が集まる。
「失礼。言うべきではありませんでした」
カドモスは慌てたように口を閉じた。
ヒロコはカドモスと、伺い見る皆を見回した。
「如何やら、ボクだけが聾唖座敷にいるみたいね。カドモス卿、漏らしてしまった以上、ボクに拘る心地良く無さそうな秘密を忌憚なく教えていただきたいわ」
カドモスは不承不承に口を開いた。
「ゾビゾヒ王子がヒロコに一目惚れしたらしく、結婚の許可を申し込んできたんです。ライオンが拒否すると、トンでもない提案を……」
続く言葉に躊躇するカドモス。
「さぞや、素敵な提案なんでしょうね?」
「結婚さしてくれれば、全員一人当たりに各々の体重分のゴールドを献上すると言うトンでもな話。そして、不許可だったら、地下旅行に不祥事があっても責任を取りかねると脅してきた」
「で、その有り難い提案を如何したのかしら?」
牧野が話しに割り込んだ。
「それが、そのニ十倍ならと、私が吹っかけたんや。そしたら驚くなかれ、即座に承知しよった」
「クールだわ。孫娘を売り飛ばすなんて!」
「勿論、冗談って、お引取りを願ったのやが……」
「でも、交渉の余地ありと、誤解を与えたわけね」
「しかも、かなりユニークな提案やったな。一回こっきりの子供を作るチャンスを与えてくれるだけでも良いと妥協してきたのや。一発でヒロコに妊娠させる自信があるらしい。中々紳士的とは思わんかね」
ヒロコは牧野の下品で、けろりとした言い回しに噴き出した。
「種付けセックスが紳士的ですって!それに、それを結婚なんて言わないわよ」
「ま、嫌われるよりは望まれるほうが宜しいわな」
「ことによりけりですわ」ヒロコの機嫌はすっかり元に戻ったようだ。




