第一話 星が墜ちた夜
その夜の星空は、どこかおかしかった。
リアン・セレスティアは自宅の屋根裏部屋にある小さな天文台で、いつものように夜空を観測していた。
セレスティア王国北西部。
辺境の村アストル。
王都から遠く離れたこの村では、夜になれば灯りも少なく、満天の星が空を埋め尽くす。
それがリアンのお気に入りの時間だった。
「今日は流星群の時期じゃないはずなんだけどな……」
リアンは大きな望遠鏡から顔を離し、首を傾げた。
十七歳。
明るい銀色の長い髪。
夜空を思わせる蒼い瞳。
村人たちからは『星詠みの娘』と呼ばれている。
幼い頃から星の動きを観察し続けてきた彼女は、少しの異変にも敏感だった。
今夜の星々は不自然なほど騒がしい。
そんな感覚があった。
「気のせいかな」
そう呟いた瞬間だった。
夜空の一角が突然白く輝いた。
「えっ……?」
光は一瞬で巨大な線となって空を裂いた。
流星。
だが普通の流星ではない。
蒼白く輝く巨大な光だった。
まるで星そのものが落下しているような。
光は尾を引きながら山脈の向こうへ落ちていく。
轟音すら聞こえない。
ただ圧倒的な存在感だけが空を支配していた。
「うそ……」
リアンは息を呑んだ。
そして次の瞬間には階段を駆け下りていた。
「母さん! ちょっと出てくる!」
「もう夜中よ!」
「すぐ戻るから!」
止める声を背中で聞きながら家を飛び出す。
冷たい夜風が頬を叩いた。
彼女は迷うことなく森へ向かって走った。
光が落ちた方角が分かっていたからだ。
森の中は真っ暗だった。
だが不思議と恐怖はない。
なぜだろう。
誰かに呼ばれている気がした。
心の奥で鐘が鳴り続けているようだった。
「待って……」
何を待ってなのか、自分でも分からない。
ただ足が止まらなかった。
やがて森の奥に差し掛かった頃。
木々の間から蒼い光が見えた。
ほのかに脈動する光。
まるで心臓の鼓動のように明滅している。
「こんなところに……」
リアンは慎重に近付いた。
そこは小さな空き地だった。
地面が円形に抉れている。
中心には拳ほどの大きさの結晶が落ちていた。
青く透き通った宝石。
だがその輝きはこの世のものではなかった。
美しい。
あまりにも美しすぎる。
リアンは無意識に手を伸ばした。
そして結晶に触れた。
瞬間。
世界が消えた。
「――ッ!?」
視界が白く染まる。
身体の感覚がなくなる。
足元も、大地も、空もない。
広大な宇宙だけが存在していた。
無数の星々が輝いている。
銀河が流れている。
その中心に巨大な人影が立っていた。
『ついに現れたか』
低く静かな声。
男とも女とも分からない。
だが不思議と恐ろしくはなかった。
「あなたは……誰?」
『我は最後の守護者』
人影がゆっくり手を伸ばす。
『世界は再び終焉へ向かう』
星々が揺れた。
次々と砕け始める。
銀河が崩壊していく。
闇が広がっていく。
リアンは息を呑んだ。
『七つの星核が失われた時、世界は滅ぶ』
「星核……?」
『集めよ』
闇の中で青い光が灯った。
七つ。
七つの光球が並んでいる。
『集めよ、継承者よ』
「継承者?」
『蒼き星の後継者』
声が大きく響く。
世界そのものが震えた。
『リアン・セレスティア』
なぜ名前を知っているのか。
問い掛けようとした瞬間、
視界が再び白く染まった。
気付くと森の空き地に戻っていた。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。
身体中が汗で濡れている。
だが手の中には確かに結晶があった。
先ほどと変わらず蒼く輝いている。
「夢……じゃない」
その時だった。
結晶の表面に文字が浮かび上がる。
古代文字だった。
だがリアンにはなぜか読めた。
『第一の星核』
結晶が淡く光る。
そして光は腕へ吸い込まれていった。
「え?」
慌てて腕を見る。
左手の甲に小さな星の紋章が刻まれていた。
消えない。
何度擦っても消えない。
「何なの……これ……」
理解が追い付かなかった。
だが一つだけ分かる。
今夜、自分の人生は変わった。
もう元の生活には戻れない。
そんな予感があった。
空を見上げる。
先ほどまで静かだった星々が、まるで祝福するように輝いていた。
知らず知らずのうちに、リアンは拳を握りしめる。
「星核……」
胸の奥で不思議な熱が燃え始めていた。
世界の危機など信じられない。
継承者と言われても実感はない。
それでも。
もし本当に誰かが助けを求めているのなら。
自分にできることがあるのなら。
確かめたい。
真実を知りたい。
リアンは夜空を見上げながら静かに誓った。
「必ず見つける」
その言葉に応えるように、一筋の流星が空を横切った。
第一話了




