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第5章:心理の残響とボラティリティの臨床――2000-2019【結】


窓の外では、降り続いていた雨が小止みになり、濡れたアスファルトが書斎の明かりを反射して鈍く光っていた。


ボクは、叔父が閉じた古いバインダーの厚みを、生物学の地層学者が化石の重みを確認するように、そっと手のひらで感じてみた。


「……つまり、おじさん。経済の歴史っていうのは、人間という種が危機に直面した時にどう振る舞うかという、**『心理のゲノム(全遺伝情報)』**の記録なんだね」


 ボクの言葉に、叔父は今日一番の深い満足げな笑みを浮かべた。


「その通りだ。生物が進化の過程で獲得した生存本能……例えば、得体の知れない影に怯えて逃げ出すような反射が、現代ではVIX指数のスパイクという形で現れている。ボラティリティ・リスク・プレミアムが常にプラスであることは、ボクたちのDNAに『最悪を想定せよ』というプログラムが刻まれている証拠なんだよ」


ボクは自分のノートの隅に、DNAの二重らせんの図を描き、その塩基配列の代わりに「2000 ITバブル」「2008 リーマン」「2018 ボルマゲドン」と書き込んだ 。


「ゲノムを知れば、その生物がどんな刺激に弱く、どんなアレルギーを起こしやすいか予測できる。でも、環境が変われば、新しい『変異株』のパニックが生まれることもある。

2017年の無菌状態が、2018年のアレルギー(ボルマゲドン)を産んだようにね」


「いい整理だ、ボク」

 叔父は立ち上がり、デスクのモニターの一枚を、2024年のカレンダーへと切り替えた。


「でもね、臨床データだけでは解けない謎が、現代の市場には存在するんだ。例えば、2024年8月の暴落。あの時、VIX指数は歴史的な跳ね上がりを見せたけれど、実はそれは純粋な『恐怖』だけが原因ではなかった」


「恐怖じゃないなら、何が数字を動かしたの?」


「**『計測器のバグ』**だよ。ボクたちが信じていた温度計そのものが、算出式の裏側で悲鳴を上げていたんだ」


叔父の視線は、既に「過去の臨床」を越え、ボクたちが今まさに直面している「現代の歪み」へと向かっていた。

 夜の静寂しじまの中、次なる講義のテーマ――2024年8月5日に起きた『計算のマジック』の不気味な予感が、ボクの好奇心をさらに強く刺激した。




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