最終話
ミューラーがその醜悪で巨大な体を地面に横たえる。
『今じゃ!』
アレイシアは教わった穢れを打ち払う魔法をミューラーに撃ち込む。
ミューラーの体から黒い霧が立ち上り空へ消えていく。
アレイシアは明けの明星と共にそれを見つめる。
二体の竜の姿は小さな光となって浮かんでいる。
『アレイシア、本郷からの伝言じゃ』
『はい』
『マーモ男爵を頼む』
『は、はあ』
『我も意味が分からぬ。では伝えたぞ、さらばじゃ』
『楽しかったわアレイシアちゃん、ありがとう』
消え去る二つの竜の魂。
本郷の気配はもう感じることは無くなった。
大悪魔騒動は今回も神殿関係者によりもみ消され街は普段の姿を取り戻す。
賑やかな街から離れ野原の中の小さなライブハウスに向かう馬車にはアレイシアとマクシミリアン。
二人は馬車から降りると小屋の中に入っていく。
アレイシアがマクシミリアンに椅子をすすめる。
「どうしたんだいアレイシア」
アレイシアはマクシミリアンの前で跪くと静かに語り始めた。
10歳からの本郷との生活。
今までこの世になかったものを本郷の助力で作ってきたこと。
なぜ、男の人との恋愛を避けてきたかということ。
マクシミリアンが好きなこと。
婚約をためらったが本郷に強く言われて許諾したこと。
だがいずれ本当の事を明かして神殿に入ろうと思っていたこと。
「マクシミリアン様、このような嘘つき女は貴方様に相応しくございません。貴方様に傷がつく前に婚約破棄をして下さいませ。如何様な処分であっても異議など申し立てません」
マクシミリアンはじっとアレイシアを見つめる。
「知っていたよ、君の中にいる人を僕はずっと知っていた」
驚くアレイシア。
「申し訳ございませんでした!」
マクシミリアンは椅子から立ち上がりアレイシアの傍によると同じように跪いた。
「僕は婚約破棄なんかしない。もし君の中に本郷さんが居たとしても婚約破棄はしないよ」
「それではマクシミリアン様が結婚できなくなってしまいます」
「ああ、そうだよ。ずっと君の婚約者でいるつもりだったんだ。僕の家には弟もいるからね」
にっこり笑ってアレイシアの手を取り立ち上がらせるマクシミリアン。
アレイシアとの初めてのキスは甘いお菓子の香りがした。
マクシミリアンとアレイシアは結婚した。
コーデル家の中に構えるマーベリック興行社は多くの社員でごった返していた。
「アレイシア!今いいかな」
「何でございましょう」
マクシミリアンに呼ばれソファーに座るアレイシア。
「君がいないときにね、これをマーモ男爵から渡されてね。どうしても君に協力をお願いしたいと頼まれたんだ」
アレイシアの前に厳重にひもで縛られた一冊の本が出される。
「まず、君に読んで欲しいと言われたんだ」
そう言いながらマクシミリアンはナイフで紐を切っていく。
紐から解き放たれた本を手にし読み始めるアレイシア。
そこには本郷が心血を注いだであろうメイド喫茶のノウハウがびっしりと書かれていた。
「・・・しかたございませんね」
アレイシアは本を抱きしめて窓から空を眺めて笑った。
おわり