反撃!
森を抜けた詩織と真夢。そしてヒカルとティム。しかし上空を見上げた時、そこには無数のビヤーキーが飛び交い、そのどれもが詩織たちを狙っていることに彼らは気付いた。
数にして20以上だろうか?
まるで絡み合うように飛ぶ怪奇な獣たちは、さらにその数を増し、詩織たちを餌食にしようと次々と急降下してきたのだ。
「走れ!」
ヒカルが詩織たちに叫んだ。
彼はビヤーキーたちを迎え撃とうと銃を構えたが、とてもではないがショットガン1つでどうにかできる数ではない。
ヒカルはショットガンを肩に掛けなおすと、急いで彼のバッグからもう1つの銃を取り出し、それを構えた。
サブマシンガン・スコーピオン。
ヒカルが地下施設を出る時に、ダイゴに受け取ったあの銃だ。
短時間で無数の弾を放つこの銃は、不特定多数の敵を迎え撃つには最適な武器だと思われた。
ヒカルはマシンガンの威力に振り回されないように、しっかりとストックを脇にはさむと、トリガーを引いた。
銃身を細かく強く震わせ、無数の弾の嵐がビヤーキーの群れに浴びせられる。
しかし、ここですぐにヒカルには気付いたことがあった。
このスコーピオンに使われた弾は32ACP弾。一般に手頃ではあるが、殺傷能力が低い部類に入る弾丸である。
あっという間に全ての弾丸を撃ちつくしたヒカルだったが、ビヤーキーの1匹でさえ倒せていないことが判り、彼はスコーピオンをその場に投げ捨てると、すぐに逃走を始めた。
「うわぁぁ!!ダイゴの役立たず!!」
ヒカルは全力疾走すると、すぐに前を走る詩織たちに追いついたが、滑空してくるビヤーキーたちのスピードは速い。
このままではすぐに追いつかれてしまうだろう。
「どうするのだ!?ヒカル!」
「どうしろって言われたって・・・!」
その時だった。逃げるヒカルたちの目に、ある物が見えた。
「あれだ!あれ使おう!!」
次の瞬間。道端の1軒の廃屋の中から、1台のバイクが飛び出した!
ヒカルが運転をし、その後ろに真夢がつかまり、そのさらに後ろに詩織が乗っている。
(ちなみにその詩織の背負っているリュックの中にティムがいる。)
ヒカルたちの目に入ったもの。それは、廃屋の中の隅に置かれていた1台のバイクだったのである。
きちんと整備された後、そのまま放置されていたのであろう。
長い時間を経ているにも関わらず、それは確かな性能が健在で、ヒカルたち3人(と1匹)を乗せてもなお、彼らに素晴らしいスピードを見せ付けていた。
「しっかりつかまってろよ!振り落とされても助けないからな!!」
「わかったのだ!!」
「OKです!!」
ヒカルのバイクがぐんぐんと速度を上げる。
荒廃した悪路とは言え、追い詰められた人間の底力は強い。
しかし、ビヤーキーたちの飛行するスピードも負けてはおらず、その中の数匹は、詩織たちのすぐ真後ろまで迫ってきていて、ティムがリュックから顔を出すと、その中に入っていたビー玉やら絵本やらをビヤーキーに投げつけていた。
「マムちゃん!ボクのバッグから通信機を出して!」
ヒカルが真夢に叫んだ。
「出したよ!どうするの!?」
「スイッチ入れて助けを呼んで!!」
真夢は振り落されないように、左腕をしっかりとヒカルに巻きつけ、右手でスイッチを入れた。
バイクの強い振動が、真夢の体制を不安定に揺らす。
「もしもし!もしもし!」
しかし、通信機から返事らしき声は聞こえてこない。
「誰も返事してくれないよ!」
「あきらめるな!続けろ!!」
そうしている間にも、無数のビヤーキーは詩織たちに食いつこうと何度も襲いかかってきた。
凶悪な顎を開き、今にも後ろの詩織の頭に噛み付こうとするビヤーキーたち。
しかし、そのたびにヒカルは巧みな運転技術で、わずかな差でビヤーキーたちの攻撃をかわしていた。
そして、何度目かのビヤーキーの攻撃をかわした時だった。
『聞こえたぞ。こちら巡回機だ。何かあったのか?』
ついに通信機に、誰かの応答があったのだ。
「あの、こちらマムです!あの、あの・・・」
応答になんと応えていいか判らなくなった真夢は、通信機をヒカルの耳に押し当てた。
「MayDay MayDay!ものすごい数のビヤーキーに追われている!なんとか援護できないか!?」
ヒカルが通信機に向かって叫ぶ。
『場所はどこだ?』
「鳳町と三世鶏町の間辺りだ!GPSを持っている!場所はそっちで特定してくれ!!」
『Roger(了解)』
そして、そのすぐ後だった。
詩織たちの耳に、何かが近づいてくる爆音が聞こえた。
ヒカルが空を見上げると、ビヤーキーたちのさらに上空に、一機の戦闘機の機影が見えたのだ。
おそらく通信機に応答してくれた声の主だろう。
「ラプターだ!」
ヒカルが安堵の叫び声を上げた。
この時代では通常機となっている自衛隊の戦闘機・ステルスF22ラプター。
この荒廃した世界において、日本国家の機能が完全に失われているかと思われがちだが、実はそういうわけでもない。
ビヤーキーの襲撃で失われたものは多いが、それでも各国の中枢部は反撃の機会をうかがい、なんとか人命を救うための活動を繰り返している。
自衛隊の戦闘機が各地を巡回しているのもそのためで、ヒカルもそのことをよく知っていたのだ。
ラプターの登場に気付いたビヤーキーの数匹が、上空に舞い上がった。もちろん戦闘機に襲いかかるためだ。
しかし、ラプターのパイロットはそれを予想していたのだろう。高速でその場を離れると、上空を大きく旋回。
ビヤーキーの後ろにつくと、その数匹の群れに機銃の雨を浴びせた。
何匹かのビヤーキーが、断末魔を上げる間もなく砕け散った。
「やった!いい気味!!」
しかし、ビヤーキーの一番大きな群れは、ヒカルたちが乗るバイクの後方にいるて、彼らはまだ危機を逃れたわけではない。
もしその群れに機銃を浴びせれば、ヒカルたちも流れ弾を受ける可能性がある。
再び通信機に声が聞こえた。
『数が多すぎる。キリがないな。』
「見捨てるなよ!どうにかしてくれ!」
『少し手荒にいくぞ。』
「どうする気だ!?」
『マーベリックを使う。』
その通信を聞いていた真夢が、ヒカルに聞いた。
「ねえ、ヒカルさん。マーベリックって・・・何?」
真夢がヒカルの顔をのぞきこむと、彼の顔が真っ青になっていることに気付いた。
「待て待て!・・・・・ムチャクチャ言うなよ!ミサイル使う気か!?」
『12秒で安全圏まで離れろ。』
ヒカルは、バイクのスピードを最高にまで上げた。
「そんなことできるもんか!!」
上空のラプターが縦に旋回する。
マーベリックの発射体制に移った様子だ。
ヒカルはバイクでビヤーキーから逃れようと必死に走ったが、その途中で道端に大きな窪みを見つけた。
なにかの理由で道路が陥没して穴ができたのだろう。
その横を高速で通り過ぎた彼らだったが、ヒカルは急ブレーキをかけるとバイクを反転させ、後ろから迫ってくるビヤーキーの群れの中に突っ込んだ!
もちろん群れをやり過ごして、窪みに身を隠すためだ。
「シオマム!顔を上げるなよ!」
必死の想いでビヤーキーの群れの中を通り過ぎる詩織たち。
そして、ヒカルがバイクを乗り捨て詩織と真夢を抱き抱えると、窪みの穴の中に飛び込んでいった・・・・。
「耳ふさげ!!!」
ほどなく、辺りに大きな爆発音が響いた。
激しい振動が辺りを揺らし、詩織たちが隠れた穴の中に、灰のような真っ白な塵がばらばらと降り注ぐ。
その灰ですっかり真っ白になってしまったヒカルが穴から顔を出すと、数十メートル先。道路の真ん中に大きな穴が開いていて、その周辺に、砕けて黒コゲになったいくつものビヤーキーの死体が転がっていた。
ミサイルがビヤーキーの群れに命中したのである。
詩織と真夢とヒカルは、しばらくの間、放心状態でお互いの顔をボーッと見ていた・・・・。
『あらかた全滅したみたいだな。感謝しろよ』
通信機から声がした。
ヒカルは通信機を手に取って応答しようとしたが、詩織が横からそれを奪い取ると、ヒカルに向かってこう応えた。
「これ、ずいぶん危ないスマホだなぁ!もう!!」




