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瞬と七海

 ビヤーキーの襲撃でバスから転落した後、瞬が気が付いた時、彼は荒れた大きな茂みの中に倒れていた。

 辺りは深く霧が垂れこめていて、付近の状況をすぐには把握することはできない。


 瞬は、すぐに自分に何が起きたのかを思い出した。

 確かバスに乗ってクラスでキャンプに行く途中だったはずだ。そこであのビヤーキーの襲撃に遭い、外に飛ばされそうになった七海を助けようとして、そのまま七海と一緒に落下したんだ。

 比較的低い場所から落ちたとはいえ、かなりのスピードで落ちたはず。

 落ちた場所は、鳳教会の近くだったと思ったけど・・・。


 瞬は改めて体の調子を自分に問いかけた。

 不思議なことに、体に痛みはない。どこかが麻痺してるというわけでもなく、五体満足で問題なく体が動く。

 とにかく七海ちゃんを助けなければ。

 確か彼女を抱きしめたまま落ちたはずだがけど・・・・。


 

 ふと瞬の頭に、落下の際に聞こえた不思議な言葉が思い浮かんだ。

『シュン。君のことは、盟約に従い助けることができる。でもその女の子は・・・君が守ってあげて』


 あれって、確かクラウス君の声じゃなかったっけ?



 しかし、彼に落ち着いて考える時間は無かった。すぐに瞬の感覚が何かに対する警鐘を鳴らしたのである。

 瞬は、付近に彼らを狙う何者かの気配が多くあるのを感じ取っていて、それが

もちろん、あの邪悪なビヤーキーのものだと気付いていた。

 しかもそれは1匹では無く、かなりの数に感じられる。それらの数匹は瞬の存在に気付いている様子で、七海の身にも危険が迫っていることが充分に実感できた。


「ナナミちゃん!ナナミちゃん!?」


 瞬はできるだけ密やかに、それでもなんとか近くにいるはずの七海を探すために声を絞って叫んだが、その時だった。

 霧の中からビヤーキーが顔を突き出すと、その鋭い牙で瞬に噛み付こうと襲いかかってきたのだ。


「うわわ!?」

 瞬は思わずのけぞってかわしたが、そんな彼の背後から、今度は別のビヤーキーが瞬の頭に噛み付いてくる。

 彼は肩を付いて転がると、2匹のビヤーキーから距離を取った。

「危ない危ない・・・・。」


 普通の人間なら、ここで恐怖のあまりにパニックに陥るかも知れない。

 だが彼は、以前に何度かビヤーキーを相手にしたことがある。

 瞬は落ち着いて、この2匹のビヤーキーから身を守る方法を画策した。


 ふいに、彼の右足が輝いた。

 瞬が自分の右足を見ると、そこに力がみなぎってくるのが感じられる。

「オッケ、また助けてもらうよ。」


 これは、かつて瞬がある事件に巻き込まれた時、そこで出会ったウフという青年から受け継いだ特殊な能力だ。

 右足に刻まれた呪文が力を貸すことにより、彼の脚力は飛躍的に上昇するのだ。


 瞬は意識を集中した。

 呪文が効果を発揮できるのは短い時間だけ。

 彼は息を止めると、2匹のビヤーキーに向かって走り出した。


 瞬の反撃の意思に気が付いたビヤーキーは、大きく邪悪な口を開いて瞬を迎え撃つ。

「コンニャロ!!」


 瞬はビヤーキーの顎の下を潜り抜けると、そのまま真上にジャンプをした。

そしてそこでコマのように体を反転させると、そのまま右足のかかとをビヤーキーの頸に打ちつけた!

 まるで鋭い刃で切られたように、1匹のビヤーキーの頭がゆっくりと地面に落ちる。


 瞬は続いて、そのまま左足で首の無いビヤーキーの体を踏み台にすると、もう1匹のビヤーキーの左の頬に再び強烈な右足の蹴りを打ち付け、こちらの頸も切り落とす。

 不快な響きの断末魔を上げ、もう1匹のビヤーキーも、そのままそこに倒れて動かなくなった。


 しかし、瞬が感じているビヤーキーの気配や鳴き声はこの2匹だけのものではない。霧のせいではっきりと姿が見えるわけではないが、まだ多くのビヤーキーが周辺にいる様子である。

 瞬は、とにかくここから早く安全な場所に離れなければと思い、大急ぎで七海を探した。

 

 ここが鳳教会にある庭園だとすると・・・。


 瞬は庭園のすぐ側の墓地のある方向を見回した。

 庭園と墓地は隣り合わせで、そこからすぐのところに教会の建物があるはず。そう考えた瞬は、ほどなく墓地のすぐ手前に、1人の人影が薄っすら見えることに気付くことができた。

 霧が少しずつ晴れかかってきていて、次第にその人影の正体もはっきりしてくる。


 それは、やはり七海だった。

 彼女は荒れた墓地の芝生の上にあおむけに倒れていて、起き上がる様子はない。


「ナナミちゃん!」

「・・・シュン・・・君?・・・」


 七海は意識こそはっきりとしてはいたが、体のキズはかなり深刻な状況のようで、落下した際に強く体を打ったのだろう。衣服の間から見える肌の所々が紫がかっていて、痛みに苦悶の表情を浮かべている。

 左手で右腕を強く抑えていることから、右側面から地面に落ちたのだろう。

 顔色もかなり悪く、鈍い瞬にでさえ一刻もならない状況だということが判る。


「ナナミちゃん、しっかりして!!」

「・・・あんまり大丈夫じゃないみたい・・・。右腕折れてるみたいだし・・・」

「待って!今すぐ教会まで運ぶから!!」


 瞬はなんとか七海を背中におんぶすると、強く揺さぶらないように慎重に立ち上がった。

本当はこの場所で応急処置をほどこしたほうがいいのだろうが、ビヤーキーの襲撃の可能性があったので、とにかく教会の中に運ぼうと考えたのである。


 そして七海をおんぶした瞬が、そこから歩き出そうとした時、彼はそこで奇妙な物を目にした。

 それは、瞬にとっては少々衝撃的な光景で、彼はその真意を確かめようとしたのだが、そこで急に背中の七海がひどくせきこんでしまった。

 そのせきの中に血が混じっていることに気付いた瞬は、大慌てで教会のほうへ走っていった。


 瞬がそこで見た物。それは、きれいに並んだ2つの銀色のプレート状のお墓デ、そこにはこんな名前が刻まれていたのだ。


『Syun Mizukami』『Nanami Sina』


 Syunミズカミ MizukamiシュンNanamiシイナ Sinaナナミか。

 同姓同名っているんだな・・・。

 でも、こんな状況で2人の墓が並んでいるなんて、あんまり気持ちいいもんじゃないなぁ。


                      ★



 少しずつ晴れてきた薄い霧の中、教会の方へ検討をつけて歩いた瞬は、すぐに霧の中に教会の影が浮かび上がってきたのを見つけた。

「ナナミちゃんしっかり。もうすぐロバート神父に会えるから・・・」


 尖がった屋根に、鳳教会の象徴の鐘を頂く独特のシルエット。豪華とは言えないが、それでも堅実な造りの教会を意識していた瞬は、背中の七海に気を遣いながら建物へと足を速めた。


 急に太陽の強い光が射した。

 天候が変化し、霧が晴れたのだ。


 さっきまでぼやけていた風景が、急にはっきりと瞬の目に映し出される。

 しかしその中で、瞬は信じられない光景を目にした。


 瞬の目の前にあったもの。それは確かに鳳教会だったが、その雰囲気は彼が知っているそれとは全く別のものだったのだ。

 崩れた外壁。割れたステンドガラス。いくつもの絡みついたツタ。

 その回りには、無数のビヤーキーがいる。

 壁に貼りつくもの、羽根を休めるもの、付近を飛び回るもの。


 そこには、まるで人に長い間見捨てられたように崩れた鳳教会が、黙と共に存在していたのだった。

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