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ハーバリウムの棺桶  作者: 雨上鴉
追記
22/22

永遠の夢を見ること

ローシュにエレンを任せる、と伝えてからはや一年。しとしとと降る雨が、窓を濡らしていた。

「レイン、準備はいいかね?」

「あ、ローシュ。朝早くにきてくれてありがとう。僕の準備はできているよ」

 今日は、展示の最終搬入の日だ。エレンの展示に使う花は、生物なので直前に搬入する約束にしていた。選んだのは、紫陽花。すごく迷ったけれど、リリーに後押しされて三色用意した。エレンに似合う花は、たくさんあるけれど。この花なら、僕も一緒にいられるような気がしたから。

 ローシュは用意した花を見ると、満足げにうなづいた。

「リリー君が、先に到着しているよ。我々も、すぐに向かうとしよう」

 馬車に花を積んで、ペルセポネのゆりかごに向かう。たった三日間だけの展示だけれど、たくさん準備したから、素敵なものになるといいな。

 馬車に揺られること数十分。美術館の搬入口に到着し、中に入る。

「レイン様。お待ちしておりました。搬入の方は済んでおります。どうぞ、ご確認を」

 展示室には、すでにリリーがエレンを運び入れていた。今回は五人全員に来てもらったのもあって、順調に進んだようだ。

「これ、ローシュが?」

 展示室には、エレンの他にたくさんの蝶の標本が飾られていた。持ってきた花と合わせると、エレンがまるで花畑の中で眠っているような。そんな光景が目に浮かんだ。

「随分昔に、レインとエレンをここに連れてきたことがあっただろう?その時を思い出してね。レインが気に入った蝶も、飾っているよ」

 翠の翅に、赤い襟のついた異国の蝶。僕がエレンの色だからと、買ってもらったものだ。

「ふふ、懐かしいね。覚えていてくれたんだ」

「キミがねだるものは、そう多くはなかったからね。ワタシとしては、もっと甘えてくれてもよかったのだがね?」

「今でも充分だよ。ありがとう、ローシュ」

 両親を一度に亡くし、天涯孤独の身だった僕が、孤児院に入らなくて済んだのも。エレンと一緒にいたいというわがままを聞いてくれたのも。全て、ローシュが理解ある大人だったからだ。感謝しても仕切れない。

「展示は、そろそろ始まるの?」

「うむ、もうそろそろだね。今回は完全に予約制にしたから、混雑はしないだろう。展示の噂を聞いた、キミのファンが殺到したからね」

「そうなんだ。なんだか不思議な感じ」

「キミの作品もそうだけれど。キミという作り手がどんな人物なのか、気になっている人も多いからね」

 今回は、エレンが展示に出るので僕が在廊している。ああは言ったけれど、やっぱりエレンが近くにいないのは、落ち着かないから。僕の方から一緒にいたらいいと思ったんだ。

「レイン様、ローシュ様。開場のお時間です。扉を開けてよろしいでしょうか?」

 扉の前に待機していたリリーが、確認をとってくれた。それにうなづく。

 扉が開くと、ゆっくりと人が入ってきた。どの人も、エレンを見て感嘆のため息をもらす。時々話しかけてくる人に対応しつつ、その様子を見守る。

 何人か去った頃、見知った顔が現れた。

「やぁやぁ、ご機嫌いかがかな!今日という日を待ち望んでいたよ、レイン」

 ご機嫌な様子で、ハルカがやってきた。後ろには、スミレも一緒だ。

「ふふ、僕も会えて嬉しい。来てくれてありがとう」

「こんな日が来ると思っていなかったからね。そりゃあもちろん、来るに決まっているとも。いやー、流石ローシュの考えた展示だね。エレンという芸術を、どう魅せるかよく知っている」

「実は、ちょっと心配していたのだけれど。貴方が元気そうでよかったわ、レイン」

 僕が今まで、エレンをどこにも任せなかったことは、みんなが知っていることだ。流石のスミレも、驚いたに違いない。

「ふふ、気遣ってくれてありがとう、スミレ。僕は大丈夫。もう、大丈夫なの」

「そう。それなら、よかった。本当に、よかったわ」

 気がつかないうちに、いろんな人を心配させていたのかもしれない。ずっと、ずっと。一緒にいると約束した、あの日から。

 二人が帰るのと入れ替わりで、もう一人見知った顔が現れた。亜麻色の髪を丁寧にまとめた淑女。マリアンヌだ。

「ご機嫌よう、レイン様。今日は、お招きいただきありがとう」

「こちらこそ、来てくれてありがとうございます。久しぶりにお会いしますが、お元気でしたか?」

「ええ、順調よ。オラトリオが亡くなってから、連絡もせず申し訳なかったわ。ずっと貴方と、また話したいと思っていたのだけれど、家業が忙しくて」

 特に用事もなければ、疎遠になっていくのは仕方のないことだ。けれど、ずっと話がしたかったとはどういうことだろう?

 マリアンヌは、エレンをじっと見つめる。その目は、どこか遠い記憶を辿っているように見えた。

「似ているのね、あの子に。貴方の宝物は」

「ミス・マリアンヌ。貴方もそう思う?」

「ええ。けれど、別人ね。あの子は、こんな顔はしなかったから。──大切にされていたのね、貴方。そうでなければ、こんなに幸福に満ちた表情にはならないわ」

 マリアンヌの言葉は、僕に投げかけられたものなのか、それとも。

「ふふ、ありがとうございます。貴方にそう言っていただけるなら、僕も嬉しい。ずっと、ずっと僕のたった一つの宝物だから」

 たとえ、この世界で貴方はもう息をしていなくても。僕のそばにいてくれる。ずっと一緒にいると、約束したから。

「エレン。どうか、僕の宝物が、誰かにとっての希望でありますように」

 

 おしまい


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