クリスマス
気がつけば、リリーがここに来てから二年が経とうとしていた。アルバムもそろそろ二冊目にいきそうだ。エレンに会ってすぐの頃の写真は、なんだかずっと昔のものように感じる。両親が死んで十二年。色々あったけれど、あの日にエレンに出会って本当に良かった。一人でも生きていたかもしれないけれど。そうまでして生きたいと、思えていたか分からない。
「レイン。お掃除は終わったかしら?」
自分の担当場所を終えたリリーが、様子を見に来てくれた。大掃除の途中に、アルバムを見つけて。思わず見返してしまったため、それなりに時間が経っていたようだ。
「あともうちょっとかな。ごめんね、つい懐かしくなっちゃって」
「あら、アルバムを見ていたのね。ふふ、レインもエレンも、こんなに小さかったのね。私と同じくらいかしら?」
「僕は、リリーよりも小さかったかも。エレンは、出会った頃から背が高かったから。リリーより大きかったんじゃないかなぁ」
正確に測ったことはないけれど、エレンは僕よりずっと大きい。僕の身長も、それなりに伸びたはずなのだけれど。視線も、手の大きさもずっと大きいままだ。
店の入口のベルがカランと音を立てた。今日は店をお休みにしている。ということは。
「ただいま。おや、掃除中?」
帰ってきたのは、エレンだった。大きなトランクは随分重そうだ。数年前からローシュの部下としてあちこち飛び回っていて、今回は二週間ほど別の国に行っていたらしい。クリスマスも近いから、今日からしばらく大きな仕事はお休みだ。
「おかえりなさい、エレン。ふふ、懐かしいものが出てきたの。見る?」
「ん?ああ、写真か。随分古いものもあるね。これなんて、私がここにきてそう経ってない頃のものだ」
「僕もエレンも小さいよね。ローシュも若いし」
一緒に写っているローシュの髪は、まだ黒の方が多く、杖も持っていない。時の流れを感じながら、アルバムを閉じる。
「エレンも帰ってきたし、今日はこのくらいにしましょう?ご飯、用意するわね。二人はお風呂にいってらっしゃい」
「うん、そうする。エレンも、一緒に行こ」
「荷物を置いたらすぐ行くよ。先に行ってて」
「分かった。またあとでね」
今日のご飯、なんだろう。そんなことを考えながら、部屋を後にした。
「レイン、エレン。今年のクリスマスは、どうするのかしら?何か予定はある?」
シチューの用意をしながら、リリーがそう尋ねた。
「あ。何もしてない」
今年はギリギリまで仕事が詰まっていて、すっかり忘れていた。クリスマスのこの時期は、花を求める人も多いから。そういえば、シュトーレンも買っていない。まだ間に合うだろうか。去年は近くのパン屋さんで買ったけど、今年は店主が腰を悪くして作れないと言っていた。
「あら、やっぱり忘れていたのね。ふふ、そうかなと思って、今年は私が作ったの。ハルカおにーさんが先週来てくれたでしょう?その時にレシピを教わったの。そろそろ食べ頃よ」
ハルカの得意気な顔が脳裏に浮かぶ。遠い異国の地の料理すらも再現する彼のレシピだ、きっと美味しいに違いない。
「はい、どうぞ。おかわりもあるから、遠慮なく言ってちょうだい」
「ありがとう」
リリーの作るシチューは、丁寧に煮込んだ牛肉が、ゴロッと入った贅沢な一品だ。ハルカのレシピを元に、最近は僕やエレンが好きな味に調整しているのだという。味見ができないはずなのに、一体どうなっているのだろう?リリーにはまだまだ謎が多い。
「ふう。リリーの料理を食べると、なんだか帰ってきたなって感じるよ」
「今回も大変だった?」
「とても。全く、命がいくつあっても足りないよ」
ローシュには、味方も多いけれど敵も多い。そういう人から彼を守ることも、エレンの仕事だ。
「話は戻っちゃうけど。今年はどうしよう?何か食べたいものとか、ある?」
目の前のエレンは、困った顔で笑った。なんだか去年も、同じことで頭を抱えていた気がする。と、いうのも。リリーが来るまでは、ろくにクリスマスのお祝いをしていなかったからだ。ローシュはローシュで自分の家族があるし(養子ではあるから、家族ではあるけれどやはり別物な気がする)僕たち二人で何かやろう!とはならなかったのだ。それを聞いたリリーが、それではあまりにも寂しいとクリスマスの過ごし方を色々調べてくれたのだ。
「なら、今年はこういうのはどうかしら?」
そういってリリーが持ってきたのは、一枚のチラシだ。タイトルは『クリスマスマーケット開催のお知らせ』。
「これは?」
「広場で毎年開催しているものよ。お菓子や、ツリーのオーナメントがたくさん並ぶの。素敵でしょう?」
「ああ、前にローシュが言っていた気がする。アルデバラン社も協賛しているからね。そっちの仕事は担当じゃないから、すっかり忘れていたよ」
「ツリーはあるけれど、オーナメントは古くて壊れているものもあるから。この機会に、入れ替えるのはどうかと思って」
僕が子供の頃にやってきた、小さなツリーを思い出す。あの頃は自分より大きかったけど、いつの間にか僕の方が大きくなっていた。
「うん、今年はそこに行ってみよう。エレンも、それでいい?」
「構わないよ」
「なら、決まりね!ふふ、楽しみだわ」
花のように笑うリリーに、僕もエレンも思わず笑みがこぼれる。最近は忙しくて、ろくに出掛けられていなかったし。ちょうどいいかも。
「ご馳走様でした。今日も美味しかった、ありがとうリリー」
僕とエレンの分の食器を下げて、お皿を洗う。置いといていいよ、とリリーは言うけれど。流石に申し訳ないし、このくらいはやらせてと、僕がお願いしている。
「当日は何を着て行こうかしら。今から楽しみだわ」
「ふふ、そうだね。僕も、リリーをちゃんとエスコート出来るように頑張るよ」
すっかり綺麗になったお皿を拭いて、棚に戻す。
「それじゃあ、僕は部屋に戻るね。エレンはどうする?」
「私も戻ろうかな。まだ旅の荷物を片付けていないしね」
「今日もお疲れ様でした。まだしばらくは起きているから、何かあったらわたしでも「わたし」でも、声をかけてちょうだい」
「うん、ありがとう。おやすみなさい」
十二月のある日。リリーと約束した通り、広場で開催しているクリスマスマーケットにやって来た。リリーはもちろん、僕もエレンも来たことがなく新鮮な気持ちになる。
冬の夜は長い。日中もさほど晴れておらず、雪が降る日も多い。だからなのか、この時期の夜はどこの家もめいいっぱい灯りをつけて夜を過ごす。長い夜を越えるためのランプや蝋燭が、店先にたくさん並んでいる。
「ふふ、どこも賑やかね。みんな楽しそう」
道ゆく人の顔を見て、リリーはとても嬉しそうに笑う。
「迷子にならないように気をつけて。予想していたけど、人がとても多いから」
できるだけ空いていそうな曜日を選んだけれど、いつもより人が多い。
「なら、こうしましょう?」
リリーはそういうと、僕の右手をぎゅっと握った。反対はエレンの左手だ。
「ほら、これで迷子にならないわ」
「おや、これはこれは。お姫様の護衛だなんて、随分大役だね」
「ふふ、そうだね。こういうの、とてもいいね」
エレンは冗談めかして、恭しくお辞儀をする。エレンも楽しんでいるみたいでよかった。
「『リリー』は、本当にお留守番で良かったの?全員は無理だけど、一人くらいなら一緒に来てよかったのに」
流石に同じ顔が六人も並ぶと、不審に思われるので。二人なら、双子と言っても通じるし、たまには他のリリーも一緒にと思っていたのだけれど。
「気遣ってくれてありがとう、レイン。『わたし』は大丈夫よ。わたしと違って、人が多いところはあまり得意ではないもの。けれど、そうね。なにかお土産を買って帰ってもいいかしら?『わたし』の思い出に残るような、素敵なものが見つかると思うの」
リリーの提案に、深くうなづく。
「もちろん。いつも頑張ってくれているしね。好きなものを買っていいよ」
クリスマスは、子供がプレゼントをもらう日。リリーは子供ではないけれど、日頃手伝ってくれる彼女たちに、感謝を伝えたい。
「まぁ、レイン。これは何かしら?」
しばらく歩いていると、リリーがある商品を指差した。
「なんだろ、これ?」
数字が幾つか並んだ、薄い箱のようなものだ。カレンダーにしては、数字が足りない。
「いらっしゃい!って、あれ?レインじゃないか」
「え、その声は」
店主の方を見ると、見知った顔がそこにあった。ハルカだ。
「なんでここに?」
「ここがボクのお店だからさ。どうだい、素敵だろう?」
小さな屋台には、たくさんのおもちゃが並んでいる。木でできたものから、陶器、ブリキまで。素材も形もバラバラだが、どれも手のひらに収まる程度の大きさだ。
「これ、全部ハルカが作ったの?」
「もちろん。本業の合間に、ちょこちょこっとね。普段は精巧な物を作っているけど、こういう単純で可愛らしい物を作るのは、気晴らしになるんだ。材料も普段使っている物の余りだよ」
並んでいるものは、とても片手間に作ったようには見えない。小さくても、ハルカの作品の一つなのだ。そこには職人の技術が詰まっている。
「毎年出店してるんだけど、さては一度もクリスマスマーケットに来たことがないな?リリーに提案されてやって来たとみた」
「ふふ、実はそうなんだ。今は『リリー』へのプレゼントを探しているところ」
「ふむ、だとすると。さっき気になっていたもの、いいお土産になるかもだ」
ハルカはそういうと、壁にかかっていた商品を一つ手に取った。近くで見ると、数字の一つ一つが更に小さい箱状になっている。
「これはアドベントカレンダーっていうんだ。数字が書いてあるだろう?これはクリスマスまでのカウントダウンなんだ。一日一個ずつ開けていくと、小さいおもちゃが出てくるよ」
中身の例はこんな感じ、といくつか見せてくれた。店頭に並んでいるよりも更に小さい人形達が、手を振ったりお辞儀をしたりしている。
「種類によって中身は色々あるんだけど。そうだな、リリーならこれがいいかも」
ハルカが選んだのは、花の描かれたアドベントカレンダーだ。繊細なイラストが描かれたそれは、とても可愛らしい色をしている。
「これは何が出てくるの?」
「アクセサリーだよ。髪飾りとか、ネックレスとかね。ボクが気まぐれで作ってるから同じものはないけど、こんなのが出てくるよ」
ハルカが見せたのは、小さなガーベラのついたヘアピンだ。確かに、これならどのリリーでも似合いそうだ。
「まぁ、素敵ね!レイン、お土産はこれがいいわ」
「うん、分かった。ハルカ、それを一つ買わせて」
「よしきた、ばっちりラッピングしてあげるからね!」
ハルカはそういうと、手早くラッピングをしてくれた。一緒につけてくれたクリスマスカードも、トナカイが手を振っている可愛らしいものだ。
「ふふ、毎日開けるのが楽しみだわ。ありがとう、レイン」
リリーは大事にプレゼントを抱える。喜んでもらえてよかった。
ハルカのところにはオーナメントも売っていたので、ついでにいくつか購入した。他にも出店を回っていると、いつの間にか手にはたくさん荷物が。
「レイン、荷物重くないかい?そっちは私が持つよ」
「うん、お願いしようかな。ありがとうエレン」
一つ一つはそんなに重くないんだけど、かさばるとそれなりに重い。左手に持っていた荷物を預け、空いた手でリリーの右手と手を繋ぐ。
「そろそろ、ご飯の時間ね。みたいところは見れたかしら?」
「私は充分かな。掘り出し物もあったしね」
「僕もいいかな。それじゃあ、帰ろうか」
クリスマスの賑やかな雰囲気に包まれながら、マーケットをあとにした。




