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ハーバリウムの棺桶  作者: 雨上鴉
エレン編
19/22

出自

 夏の暑い日。普段と変わらず、花屋アウターは営業している。外はとても暑く、日が頂点に昇ったこの時間に、訪ねてくる人も少ない。レインとエレンは、萎れないように花の世話をしていた。

「ご機嫌いかがかな、二人とも」

 夏の装いを身にまとったローシュが現れた。茶色のカンカン帽を被った彼の顔は涼しげだ。

「暑いのに来てくれたの?」

「何、エレンに用があってね」

「俺に?」

 指名されると思っていなかったエレンは、思わずローシュの顔をまじまじとみる。残念ながら、そこに彼の欲しい答えは書いていない。

「難しい話ではないが、少し長くなりそうでね。レイン、エレンを少し貸してくれないかい」

「手が空いてるから大丈夫。けれど、夕方までには戻ってきて欲しいかも。暑いからこの時間じゃなくて、みんな閉店前に来るから」

「約束するとしよう。ではエレン、ついてきたまえ」

 ローシュが向かった先は喫茶店だ。店員は彼の顔を見ると、何も言わず二階へ案内する。他の客はおらず、遠くから人々の賑わう音が上がってくる以外の音はない。

「ワタシにはコーヒーを。彼には、そうだね。オレンジジュースで良いかね?」

 エレンは黙ってうなづいた。店員が飲み物を持ってくるまで、終始無言の時間が続いた。

「さて、話すとするかね。何、難しい話ではないとも」

「けれど、レインには聞かせられないことなんだろう?」

「よく分かっているじゃないか」

「薄々、こういう日が来るんじゃないかと思っていたからね」

 オレンジジュースを飲みながら、エレンはつまらなさそうに答えた。その目は既に退屈そうだ。

「ふむ、では手短に。キミの出自についてだ。色々調べさせてもらったよ」

 ローシュはカバンから、一枚の写真を取り出した。写真には燃えた跡があり、本来あったはずの右半分がなかった。そこには一人の男が写っている。

「これは?」

「キミの父親だ。もっとも、もう死んでいるがね。残念ながら、母親の写真は見つからなかった。こちらも既に亡くなっている」

 写っている男の顔は、あまりエレンには似ていなかった。髪色だけが、白黒の写真上でも同じ色に見える。

「とある領地を収める貴族だったそうだ。もっとも、評判は良くなかったようだがね」

 燃えた写真が、領民の怒りを表している。男が行ってきたことは、そのまま男自身に降りかかったのだ。

「母親は、この男が雇っていたメイドの一人だ。キミを身籠った後、この家を追い出され娼婦に転落した。その後のことは調べられなかったが、キミが生きてきた時間が答えだろう」

 ローシュはエレンに写真を差し出す。エレンはそれを受け取らず、ただ冷ややかに写真の男を見つめている。

「貴方が俺のことを調べるのは当然だ。どこの馬の骨ともわからない相手。それを身内のの、しかもまだ幼いレインのところに置けるわけがない。それで?貴方は何を言いたいの」

 実につまらなさそうな表情で、エレンはローシュを見つめる。冷たい翠色に、ローシュは笑いかける。

「なに、難しい話ではない。エレン、ワタシの養子にならないか」

「──は?」

 ローシュの発言は、エレンにとって意外なものだった。てっきり追い出されると思っていたからだ。もっとも、そうだったとしてエレンが素直に出ていくとは限らないが。

「実は、ちょうど助手を探していてね。キミなら適任だと思ってね。悪い話ではないだろう?」

「文字も読めないやつを、助手に?」

「そこは今から、色々含めて覚えてもらうがね。そのくらいはするとも、未来への投資だ。それに」

 ローシュはコーヒーを口に含み、なんでもないように言った。

「レインの仕事は、今後芸術に昇華する。それには、キミが必要だろうと思ってね。どこに出しても構わない者になってもらいたい」

 ローシュのその言葉に、エレンは先日見た蝶の展示を思い出す。あの蝶のように、レインの仕事が作品として飾られるとしたら?

 それはきっと、まだ誰も見たことのないような美しいものになると。ついこの前まで芸術に触れたことのなかったエレンでさえも、そう予感できた。

「近々、手続きを諸々済ませに行こう。──それでいいね?」

 エレンは黙ったままうなづいた。空っぽになったグラスの中で、氷がカランと揺れた。

 

「あ、エレン。お帰りなさい!」

 アウターに戻ると、レインが花に水をやっているところだった。

「ただいま。何か手伝うことはあるかい?」

「そろそろ予約の人が取りにくると思うから、水やり変わってくれる?」

「分かった、やっとくよ」

 水やりをしながら、エレンはローシュに言われたことを考えていた。

 実のところ、エレンにとって自分の出自はどうでも良いことだった。育ての親である老婆からの話で、ろくでもない結果で生まれた命だということを、ずっと昔から知っていたからだ。それゆえに、普通の人が送る人生にも、さして執着がなかった。けれど、もし。ローシュの言うように、レインの隣にいる存在になるのならば。

「俺も、頑張らなくちゃね」

「ん、何か言った?」

「いや、何も。こっちは終わったよ」

「ありがとう!」

 にこりと笑うレインの顔に、エレンも笑みを返した。


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