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第50話 栄光 その4

 即位礼とその後に続く結婚式が公に発表されると、国中が喜びに沸き立ち、その準備にますます力が入った。町の門には鮮やかな飾り付けが施され、家々の窓には花が飾られる。前国王夫妻があまり公に姿を見せなかった寂しさもあったので、若く美しい新国王夫妻に国民の期待が高まるのがよくわかった。式典を遠くからでも見たい、その雰囲気だけでも味わいたいと各地から人々が集まって来て、すでに祭りのような騒ぎになっている。


 そんな中リュシェンヌは準備に追われていた。急な話なので何もかも一度にしなければならず、時間が足りない。お妃教育がないだけマシなのかもしれないが、結婚式とその後に開かれる舞踏会用のドレスや宝飾の相談だけでも何度も行われ、仮縫いにも時間をとられる。招待客のリストを作り、祝いの手紙に返事を出す。その合間に秘書の仕事を引き継ぎ、支障がないようにしなければならなかった。院には正式に退学願を届けたが、院長からは卒業までいられないかという言伝までもらうことになった。


 式のひと月前にせめて一度はと半ば強引に願い出て実家に帰ることができたが、働いていた時の方が楽だったと愚痴をこぼして母に叱られた。リュシェンヌの帰宅に合わせて兄たちも家族を連れて久しぶりに集まり、邸は子供たちの元気な声が溢れている。家族が祝ってくれることが何よりうれしい。義理の姉たちはもちろん大喜びで、二人の馴れ初めを聞きたがった。


「もう二度とこんな機会はないのですもの。ぜひ聞かせていただきたいわ」

「そうですとも。お話を聞いて本当に驚きました。詳しく教えてくださいな」

「そもそものお二人の馴れ初めからお伺いしなくては」

「実は初めてお会いしたのは子供のころで、その時はもちろん存じ上げなくて…」

そんな具合に根掘り葉掘り、結局全てを話すまで許してもらえなかった。


 父はこちらも兄たちに向かってカイルが結婚の申し込みに来た時の顛末を語り、大いに愚痴をこぼしていた。煙草と酒の量が増えている様子だ。

「いきなりだぞ、いきなり!それまで何の気配もなく安心していたのに。不意を突かれて反対する余裕などなかった」

「反対だったのですか、父上」

アルフォンスが呆れて尋ねる。侯爵は不機嫌な顔で続ける。

「お前たちがいるからな。これ以上悪目立ちしたくはない。もし殿下が我が家の後ろ盾を期待してのことなら、絶対お断りしていた。しかし、リュシーが私塾に通っていた子供の時からと言われては、断りようもないではないか」

兄たちはそれを聞いて感慨深いものがあったようだ。

「殿下はお小さいころ大変寂しい思いをされましたから、リュシーの明るさと強さに惹かれたのでしょう」

「父親としては娘に幸せになってほしい。王家に嫁ぐなどあの子にとっては窮屈なだけだと思って敬遠していたのだが、まあ、仕方ないとするか」

その晩はいつまでも笑い声が絶えず、思い出に残る一夜となった。


 リュシェンヌが城に戻って久しぶりにカイルの顔を見ると、彼が自分たちの部屋の準備ができたと言ってきた。案内されたのは城の奥にある大きく明るい窓のある部屋で、控えめで上品な家具が用意され壁際には天井まである本棚があった。


「ここが公務以外で私的に過ごす部屋だ。奥に衣装室や女中部屋がある。反対側が寝室でその先は俺の部屋につながっている」

寝室という言葉に少し動揺が走ったが、この部屋の魅力には抗いがたくゆっくりと中を見て歩いた。召使たちが茶の用意をして下がっていく。

「足りないものがあれば、女官長に伝えるといい」

「カイル…素晴らしいわ。これ以上のものは望むべくもない。忙しかったでしょうに、こんな準備までしてもらって、本当にありがとう」


 カイルは恥ずかしそうにしていたが、

「ああ、そうだ。リュシー、こちらへ来てくれ」

と、リュシェンヌを小ぶりな円卓と2客の椅子の置いてある窓際に誘った。

「これはアーチ―の両親からの祝いでもらったんだ。いいものだろう」


 その円卓は、深い飴色に輝き優美な曲線で形作られている。繊細な花の彫刻が上面と脚の部分に施されて華美ではないが、いつまでも見ていたい逸品であった。リュシェンヌを椅子に座らせて、気に入ったかと聞いてくる。

「もちろんよ!ダガード伯爵ご夫妻にはお礼を申し上げなければ」

リュシェンヌがため息をついてうっとりと円卓を眺めていると、カイルが

「これを作った職人の名を知りたくないか」

と尋ねてきた。

「ええ、もちろんよ。さぞかし名のある人なのでしょうね」

「いや、年若い職人だそうだ。名前はトマスという」


 リュシェンヌはまだカイルに驚かされることがあったかと、その顔をまじまじと見つめてしまう。

「トマス…まさか、あの私塾で一緒だったトマスが?」

「そうだ、最後の日に彼は叔父の木工所に修行に入ると言っていただろう。覚えているか」

「覚えているわ…覚えてる…そう、そうなの、トマスが…無事でよかった。こんなに素晴らしい作品が作れるまでになったなんて、信じられない」

リュシェンヌは円卓を何度もなでていた。その柔らかな手触りに目頭が熱くなる。実はリュシェンヌは兄アルフォンスから従卒を務めていたハンスが亡くなったことを聞いていた。あの頃一緒だったルキとハンスを失った今、トマスが無事でしかもこれほどの腕を持った職人になっていたことに救われた思いだった。リュシェンヌはようやく立ち上がるとカイルを抱きしめてもう一度礼を言う。


「ありがとう、カイル。私は本当に幸せだわ」

カイルの暖かい腕の中、彼女はゆっくりと目を閉じた。





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