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国王陛下、只今逃亡中につき、騎士は弱みに付け込んだ。  作者: 笹色 ゑ
       ~ジェゼロ国に戻りて~

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兄弟



 急に呼び出しを受けて来た割に、有益な時間を過ごした。少なくとも、姉への執着に一区切りがつけられる。これからは、姉ならばもっと上手くできたと言い訳はできない。

「ベンジャミン、今からでも遅くありません。ナサナ国の王になりませんか!?」

「その場合、私は最初にシィヴィラ様を死刑にしますが、よろしいですか?」

 ベンジャミンに昼食に付き合えと言ったが、シィヴィラまで付いてきた。受け入れることを前向きに検討してやっているというのに、中々に失礼な奴だ。

「そんなっ……あれは、人で言う病気の状態だったのです」

「ジェゼロは精神疾患でも罪でも処罰に問う国です。そもそも、エラ様に仇名したものと同席にしているだけで吐き気がしますね」

 ベンジャミンがにこやかな笑みのまま毒を吐く。

「ジェーム帝国がジェゼロに対してシィヴィラの引き渡し金を出しただろう」

「そうですね。ジェーム帝国が」

「いつにも増してギスギスしているな。結婚を断られたのを未だに根に持ってるのか? 別にお前個人以前に制度としてできないと断ったんだ。そう気にするな」

「帝国に優位な交渉をされたことに対する愚痴と憂さ晴らしでしたらもう仕事に戻ってもよろしいですか」

 エラ・ジェゼロがいるといないで態度が違う。特に今はジェゼロ王の付き人としてではなく単にベンジャミン・ハウスとして呼びつけたせいもあるだろう。

「憂さ晴らしならイエンとシィヴィラで足りている。今日は最終確認をしておこうと思ってな」

「ナサナにはエラ様に付いての外遊でしたら来訪させていただくとは思いますが、個人的に行く予定も、まして永住の意志もありません。もし無理強いをご希望でしたら、王の地位が代償になりましょう。無論、国はジェーム帝国へその後進呈します」

 確かに、ナサナ国に来ないかと聞いてやろうとは思っていた。少なくとも捨て子として生きるよりいい生活もできる。断るだろうとは思っていたが、それが礼儀と言うものだ。ベラータ姉様の子にはそれだけの礼を尽くすべきだ。甥よりも腹違いの弟という更に国政に対して微妙で且つ人気のあったベラータ姉様と実の父とされていた男の子。戻ったとしても城内では中々厳しい事になるだろう。いや、この男の見目と表面上の物腰からして、先に暗殺されるのは自分か。

「まあお前がそれでいいならいい。俺やお前以外にもナサナを継げる血筋はある。そういう連中に付け込まれるのも馬鹿らしいからな。それより、エラ・ジェゼロの夫に、いや婿に入りたいとは思わないのか? この国の悪しき風習はどうせ長くは持たん。鍵を持つ必要もなくなったんだからな。それならば、公然の秘密などと言う面倒な事をやめさせたらどうだ」

 秘薬による試練は結局ナサナ国も元が血を鍵とする血族だった所為だろう。宝が既にどこにあるかもわからず国の儀式としてだけ残って来た。自分の代であの薬は全て破棄する。それは今回の会談を経て自分の中で決めたことだ。

「フィカス様は王という立場側のお方だ。決める立場の方にとっては容易い話なのでしょう。ですが、私は決断される方の側でそれを支持し助ける者だ。私がどう願おうとエラ様が良いとする事を善とするだけです」

「ベンジャミンは結婚を申し込んすらいないんですか? あれだけ尽くしているのに、女性が言われたいことを言ってすらいないんで!?」

 折角の遊びがいのある時にシィヴィラが言う。以前の悪女のような少年よりも、今の空気を読まない天然の方が扱いにくいしうざい。

「治ったと聞きましたが、頭は以前よりも悪くなったようですね。このような方が守り神だったとは、ナサナ国の先行きは不安ですね」

「国の王として以前に、下僕で満足できる男に好かれているとはな。女としてのエラ・ジェゼロには同情せざるを得んな」

 嗾けるように言うが短いため息を返される。

「それだけ、ジェゼロ王家との血縁を作っておきたいほど今後に不安がおありですか? ジェゼロはともかくとしてもジェーム帝国は必要ならばナサナ国を掌握するくらい安い事でしょうから、御心配はごもっともでしょう」

「帝王が亡き後はジェゼロも安泰ではいられないだろう? 何せ統一という侵略の口実は既に抱えている問題だ」

 言ってから手を振った。血の繋がりがなくとも、ベラータは素晴らしい姉だった。そして目の前のそれは理由はどうあれ姉の子だ。

「こんなつまらん話はもういい。それよりも、何か面白い話はないのか? 折角出来た弟だ、親睦を深めようではないか」

「では、フィカス様の奥様とお子様について伺いましょう。弟などと世迷言を仰るのですから、私もフィカス様について理解を深めた方がよろしいでしょうから」

 にこやかにベンジャミン・ハウスが言う。興味などないだろう。あるのはそれが弱味になるかくらいだろうに。



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