友として下した処罰
13
エラが牢に入ってくる。手には一抱えの荷物があった。ベンジャミンは一緒ではない。
「二人にしてくれ」
看守が出ていくと、エラが不用心にも鉄格子に近づく。こんな場所にあの屑男すら連れてこないとはどういう了見だ。
「話をしにきた。今日はただの……王だ何だという前の、エラとして、友人に会いに来た」
バスケットを置くと、床に座り込み、ポットを取り出す。カップにお茶を注ぎ、焼き菓子まで取り出した。
「……何、最後の晩餐? 死刑の執行の日が決まったの」
「言っただろう? 今は王だ何だという前の」
「ほんっと、昔からあんたってバカよね」
「テストは私の方がよかったぞ」
「生き方が馬鹿だって話よ」
王様の子とか王様になるとか以前に、不器用な子だった。真面目でまっすぐで、その所為で女友達を作るのが苦手だった。馬鹿でかわいい可哀想な子。
「……あんたなんて、産まれなきゃよかったのに」
「今の私の一端にはミサも係わっているだろう小さい頃から一緒にいたんだ。サウラ・ジェゼロよりもよっぽど私の人格に影響があったはずだ。育て方が悪かったな」
「………」
格子の間に手を入れてハンカチを広げると、カップとソーサーを入れてくる。
母親は自分を産んで死んだ。ハウスに強制的に預けられる前からハウスに預けられることも多かった。そこに、同じように社会勉強という名目で城からハウスに追いやられたエラがいた。城にいると、エラがサウラ様を探してサウラ様が逃げて、唯でさえ仕事をしないサウラ様を確保するためにハウスを託児所代わりにしていたのだ。
サウラ様とはよく話した。自分の娘の近況をよく聞かれた。
「何、毒でも入れたの?」
「毒はお前の方が得意だったな……ほんの一瞬だけれど、ミサが本当のサウラ・ジェゼロの子だったのではと思ったよ………毒草の手入れも私はさせてもらえなかったのにな」
「それはっ」
言いかけて止める。
「未だに、自分の親を母親とも名前でも呼べないのね」
サウラ・ジェゼロと呼ぶことがほとんどで、本人を前にしたらサウラ様と他行儀に呼んでいた。
「だって、あの人は私を産んだが私の母ではなかったからな」
「っ」
硬い石のベッドから立ち上がる。言いかけた言葉をとっさに飲み込んで別の言葉を口にする。
「それで、何なのよ」
「まあ、こっちに来たらどうだ。せっかくのお茶が冷めてしまう」
「……」
「鉄格子があるから飛びかかったりなんかしないぞ」
「あんたより私の方が強いわよ」
少し離れた場所に腰かけた。
「昔に叱られて牢に入れられたときに、おやつを持ってきてくれたことがあったな」
「……あれは、あんたを置いて逃げたから……」
「二人で家畜を逃がしただけだというのにな」
「あんたが、食べられるのがかわいそうって泣くから……」
「そうだったか?」
今と違って小さい頃は案外とろくさい子で、逃げる時に糞を踏んで滑ってこけて一人現行犯で捕まった。子供とはいえ王の子が他人の家財を盗んだも同然で、ハザキ議会院長は厳罰が必要とし、一週間もエラは牢に入れられることになった。
「共犯を吐けが罪が軽くなったのに、昔から馬鹿よ」
「まだ子供だったからこそ、言えなかったんだろう」
言わなくてもベンジャミンが告げ口して本当はすぐにばれていた。自分も馬鹿な子供だったから、びくびくとしていただけだ。こっそり会いに来てから、サウラ様に話して牢屋に代わりに入るから出してもらうようにお願いしたのに、当の本人は逃げ出した後だった。この牢屋からも逃げ出す方法はある。けれど、もうそれが許される立場ではないし、逃げる事も出来ない。
「昔から、あの糞野郎はあんたの尻ばかり追っていたわよね」
忌々しいが、結局他の誰よりもエラ個人を見ていた。自分よりもよっぽど性質が悪いというのに、エラも振り返ってそれを見てしまった。
「……旅先で、もう身籠りでもしたのかしら。男女二人の旅だものね、誰も咎められないわ」
嫌味っぽく言う。この手の話は昔から苦手だったのに悪戯っぽく笑い返された。
「私が迫ったが、断られたよ」
「はぁ!?」
「ジェゼロに戻るまでは、そう言う事はできないとな。ジェゼロの者は皆誤解をしているな。私よりもあれのほうが余程真面目だし私の事を考えてくれている」
思わず声を上げたが、納得した。もしも国を追いやられた間の子供なら、ベンジャミンは父親かの成否を問わず確実に国外退去させられている。だが、国に戻って、悪しきミサ・ハウスを排除してからならば、英雄だ。それまでとは立場が変わる。政治に口出しをせず今まで通りに我慢ができるなら、あれは一番望む状態でエラを手に入れられる。
「ほんっとに、意地汚い奴。あれの本性をわかってるの? あんたの些細な行動も生理周期だってきっと把握してるわよ。逃げる間服を洗わせたりしてないでしょうね。あんたの見えないところでなにに使ったかわかったもんじゃない。それを着てるのを見て心の底から悦に入るようなやつよ。あんたの目は、昔っから節穴なのよ!」
「……ベンジャミン本人に卑しい目で見ていると謝られはしたが、実害はないぞ」
「っっ」
能天気の頭お花畑がっ、もしも、王の地位を得たいがための屑だったらどうすると言うのか。そうだったらハザキあたりが死んだから確実に乗っ取られる。ただ、あの糞男は、サウラ様が認めた同胞だ。エラ・ジェゼロを愛好していた。いっそ、乗っ取りや地位や権力が欲しいだけの糞男ならよかったのに。そうだったならあいつを逃がしなどせず、あの男達と同じように殺せていた。
「精々、あんたが選んだ屑が変態だったと嘆けばいいわよ」
その前に自分はとっくに死んでいるだろう。可愛くて憎たらしいエラの子供を見る事もなく、死刑にされる。そうなるべきだ。
「私も、あれを好きだったと自覚はした。正式に伴侶にできないのが申し訳ないほどだ」
「まだ、くだらない伝統を守るのね」
「……本当は、形式の妻にはミサを考えていた。ジェゼロ王の妻は友人か才女がなっていたからな」
わかっている。自分はそれよりも安いプライドと簡単な脅しに屈した。ベンジャミンとの子でも別の男の子でも一緒だ。世界がひっくり返ったってエラと自分の間に子はできない。だからこそ、自分はエラを裏切った。そんな女は死ぬべきだ。
「だから、見る目がないのよ。あんたを殺しとくべきだったわ」
涙が出そうになるのを堪えた。
生きていてよかった。ちゃんと王に戻れてよかった。馬鹿な女の所為で、苦しい思いをさせられたのに、真っすぐな目をしたままでよかった。
「……ミサ、明日の朝、死んでほしい」
真っすぐな緑の瞳が言う。死刑執行の前に情けをかけに来たのかと妙に安堵した。最後に話せてよかった。些細な嫌味しか言えなかった。もっと嫌われるようにしないといけなかったのに。そうしたら、その宣告をすこしでも楽にさせられただろうに。
「できれば、一日は生き返らないでいてほしいが、体に負担がかかるなら半日ほどで構わない」
「……馬鹿にしてるの。人間は死んだら生き返らないの」
「? いや、実際には死なずに仮死状態でいい。獄中で自殺してもらって、埋葬する。火葬だから動物の死体を代わりに棺へ入れてよく焼いておく。ミサはそのままジェーム帝国へ行ってもらう。名前も変えてサウラ・ジェゼロも学んだジェームの植物の学び舎に行ってもらう。ジェゼロに近づかないなら後は好きにしていい」
「………馬鹿に、してるの?」
もう一度問う。
バスケットからいくつからの包みを取り出して並べる。
「調合は、私よりも得意だったから、任せる。残りは窓から捨てるといい」
「……はっ、失敗して死んでも自分の良心は痛まないって事?」
「自分の運命を決めるのは自分だ。だから、これは私にはできない」
「私を、逃がすって言うの?」
本当に馬鹿だ。国から追いやった酷い女に対して、そんな事をする馬鹿がいるか。自分が、何をされたか理解もできていなかったのか?
「私の自己満足だよ。ジェーム帝国とは話が付いている」
「……馬鹿みたいな取り引きをしてないでしょうね」
「大した代償じゃない。友達を救うのには安いよ。なあ、ミサ。私は今でもお前を友達だと思っている憐れな奴だ。そんなやつを置いて死ぬのは卑怯だろう」
本当に馬鹿な子が言う。
「あんたなんか、大っ嫌い」
「私にそんな事を言ってくれる友人はお前だけだよ」
カップを手に取り一気に飲み干した。相変わらずまずいお茶しか入れられないのが妙におかしい。サウラ様の真似をしてもこれだけはちっとも上手くならなかった。だから、代わりに教えてもらっていつもエラに美味しいお茶を入れてあげていた。サウラ様はエラに教えたかったけれど、キラキラした目に見上げられると息ができなくなると教えられなかったから、代わりに植物の世話も薬草の調合も教えてくれたのだ。薬が効きにくいエラにも効く風邪薬の調合も、サウラ様が知る限りのエラの健康を保つ方法を教えてくれた。サウラ様は、私にも託してくれていた。エラの傍にいる理由を。なのに、私はその信頼すら裏切った。
美味しくないハーブティは子供の頃のただ純粋にエラが可愛くて仕方なかったころを思い出させた。馬鹿で可愛い私の妹。世界の何よりも大好きな宝物。
「………ごめんね」
涙でぐちゃぐちゃになって言ったから、聞こえなかったろう。
ベンジャミンと同じ意味でエラを愛してしまったと、ついぞ言えなかった。これ以上、馬鹿な子を困らせたくなかった。




