第93話 それじゃ、またな
「リオ……何だよ、どっから入ってくんのさ!」
呆れ顔で言いながらも、アルラマールは鍵を跳ね上げ、窓を開けてやった。キャラバは、開いた窓を一足で乗り越え、ブーツのまま病室の中へと足を踏み入れた。相変わらず冒険用のドクイバラ繊維のコートに、大きな背嚢を背負っている。
「よう、しばらくだったな。元気してたか……って、愚問だったかな、その調子じゃ」
コートの裾を直しながら、キャラバは世間話でもするかのような調子で言った。上半身を起こし、胸元まで布団を引き上げながら、アルラマールは唸り声を上げる。
「あんたも、バザールに責め立てられてるって割には、元気そうじゃん。マーレ先生が話してるの、聞いたよ。私を手術したせいで、医療ギルドに目を付けられたって……」
ふと顔を曇らせ、窓の方を向くアルラマールに、キャラバは慌てて手を振った。
「ンなこと、お前が気にするこっちゃねェ! 俺ぁどうせ元から札付きよ。治すより壊す方が得意、なんて言う奴もザラだ。何か目立ったことするってえと、いつも睨まれるんだよ、俺は。
それに……俺がしくじったってのも事実ではある。もっと違った結果もあったはずだ。それについては何度でも謝る。済まなかった」
キャラバは唇を引き結び、天井を睨んだ。アルラマールも応えることが出来ず、窓の外の景色を眺める。しばし重苦しい空気が病室内に流れた……と、犬か何かのように首を振り、キャラバは再び口を開いた。
「ええい、止めだ止めだ! こんな辛気臭え話をしに来たんじゃねえんだ。今日はお前さんに、ちょっとした贈り物をしに寄ったまでのことでな」
「贈り物?」
思わず振り向いたアルラマールの前で、キャラバは背嚢をごそごそやり、奇妙な器具を取り出した。鋭く細長い棒の端に、革と金具で出来たストラップが垂れ下がっている。その棒切れを見た瞬間、アルラマールは目を見張った。
「私の、魔導杖……!」
「勝手なことをして悪かったが、バザールが保管していたお前さんの荷物からちょいと拝借してな。やっぱり使い慣れた道具が一番いいと思ったもんだから」
ストラップのついた杖を差し出すキャラバに、アルラマールはふと表情を曇らせてうつむいた。
「けど、私にはもう、用のないもんだよ。利き腕も無くしちゃったし……」
「だから、その腕のことで来たんだよ。ことによったら、まったく元通りとはいかなくとも、多少不便を減らすくらい出来るかも知れねえ」
意味深な言葉にアルラマールが眉をひそめるのも構わず、キャラバは背嚢の中から更に何やら黒く細長いものを取り出した。革の光沢もつややかな、黒く細長い袋だ。中に何か入っているらしく、妙に膨れているところが奇妙だった。
「それも、『贈り物』だっての?」
相手の真意を測れぬままアルラマールがきょとんとしていると、キャラバは革袋の口の部分を開き、中身を見せた。袋の中に詰まっていたのは、きめ細かな黒土だった。
「分かるか? こいつは魔術で精製した、混じりっけなしの純粋な土だ。当然ながら魔力をよく通す。
お前さんの得意魔術は、『石や土を固めて形を作り操る』ってのだったよな。それでフッと思いついたんだ。土を固めて義手を作れば、思い通りに操れるんじゃないかと」
熱を込めて説明するキャラバに、アルラマールは苦笑いを浮かべながらゆっくりと首を振った。
「気持ちは、ありがたいけどね……剣みたいに単純な形のものを作ってそのまま振り回すのとはワケが違うよ。魔力で土を固めて細かな形を作るのは、テクニックが要るんだ。動かさなくていいんなら、彫像みたいな形には出来るかもしれないけど……それを自分の手とおんなじように動かそうなんて、デコボコ道を走る荷車の上でレース編みするようなもんだ」
だが、噛んで含めるような説明を聞いても、キャラバの自信ありげな笑みは崩れなかった。
「そりゃお前、俺だって魔導士だ。それくらいのことァ分かってる。この袋をよく見ろってンだ。何も、ただ土を入れて運ぶために持ってきたんじゃねえぞ」
キャラバは黒い袋の端をひらひらと振って見せた――袋の底側には、細い房のようなものが何本か出ている。アルラマールはしばし首をかしげながら見つめ、そして不意に悟った。土でパンパンに膨れているので分からなかったが、黒い革袋は長手袋だったのだ。
「な? わざわざ手の形を『作る』必要はねえんだ。手袋だったら、放っといても手の形をしてるもんな。
中に入った土が筋肉、手袋は皮膚と思いねえ。魔力を通して、筋肉を動かしてやりゃあ、指先が動くって寸法だ。土をしっかり詰めときゃ四六時中魔力を注ぎ込んで形を維持する必要もねえし、革は魔力を外に逃がさねえから、体力だって保つだろう。
で、さしずめこいつは『骨』ってことになるな……右腕出してみな」
ストラップのついた魔導杖を左手で握りながら、キャラバは右腕を突き出して催促した。アルラマールは少しの間ためらっていたが、やがて決然と瞳を上げ、右の腕を突き出す。病院着の袖がまくれ、手術痕も痛々しい腕の切り株が露わになった。肘から先はほとんど残っていない。
キャラバは何でもないことのようにその腕を見据えると、丸まった腕の先にソッと魔導杖の石突部分をあてがい、革紐で手早く固定した。杖の根元には綿入りの当て布が取り付けてあり、縫合痕の残る腕の切断面を柔らかく受け止める。魔力を通す余地を残すため、強く当たらない周辺部のみ当て布は薄くなっていた。
「よし、と。こうやって突き出した杖に、手袋をこう、突き刺して、と……」
キャラバは長手袋を細く尖った杖に差し込んだ。土の中に杖の先端がゆっくりと潜り込んでいく。アルラマールはその様を、固唾をのんで見守っていた。
「よし、こんなもんでいいだろ! 試しに魔力を入れてみな、アラム」
キャラバが促すと、アルラマールは不安げに目を細め、大きく一回深呼吸したのち、少しずつ右腕に神経を集中しはじめた。右手がまだあるかのように、昔と同じように魔力を集め、魔導杖に走らせてゆく――やがて、手袋の指先が5本いっぺんにひくひくと動き出した。
「……やれるか?」
「うん……いける!」
自分でも信じられない、と言いたげに、アルラマールは激しく頷いた。徐々に魔力を強め、指の先端にまで届かせてゆく。人差し指を上げ、次に中指、さらに薬指……5本の指を順々に、1本ずつ動かしてゆく。まだまだ「手の動き」と呼ぶには単純すぎる動きだが、それでも可能性はハッキリと見えた。
目を輝かせ、黒手袋の手を見つめるアルラマールに、キャラバはホッとしたような笑みを浮かべた。
「練習すりゃ、もっと上手くなるだろう……何にしても、とりあえずは良かった。深層で生きてくのに、片腕がねえんじゃ困るだろうしな」
「深層で……?」
アルラマールはハッと顔を上げ、キャラバの笑顔を始めて見るもののように見つめた。
「あんた、私が、このまま深層で生きてけると思うの?」
「な、何だよ、何か妙なこと言ったか?」
思いのほか真摯なまなざしに、キャラバは少々戸惑いつつ応える。
「あんなことがあった後だし、別に無理に深層へ残れだの冒険者を続けろだのは言わねえよ。けど、お前さん、冒険者を続けたそうだったじゃねえか。それだったら少しでも可能性のある方へ連れてってやるのが、俺のせめてもの罪滅ぼしだと思ってよ。
確かに片腕じゃ、体力も落ちるし魔術も今まで通りにゃ使えねえ。色々と工夫して生きてかなきゃならねえだろうな。それでも、深層にはそういう奴が居ないってわけじゃねえ。腕やら脚やら眼やら、色んなとこ持ってかれて、それでも冒険を諦めきれねえ奴らなんざ、ゴマンと居るぜ。それが良いことなのかどうかは分からねえけどな。
いずれにしろ、お前がそうしたいってンならそうしちゃいけねえ理由はねえ。そうしたくない、冒険者から足を洗う、ってンなら、それも結構だ。そんなら尚更、右腕があって別に不便はないだろう。」
アルラマールは目を落とし、布団の上へ乗せた『右腕』を見やった。
もう戻ることなどないと考えていた右腕を――当の彼女ですら諦めようとしていた可能性を、キャラバは決して諦めなかった。最初からそのような選択肢など無かったかのように。
「……あのさ、ひとつ聞いていい?」
ややあってアルラマールはぽつりと呟いた。キャラバは少し首を傾げ、黙って相手の話の続きを待った。
「あの時――穴の中でさ、私の巻いた包帯見て『スジがいい』って言ったよね。あれって、本気で言ってたの?」
思いもよらぬ問いかけを受け、キャラバは太い眉を跳ね上げた。
「あ? 何を言い出すかと思えば、何だよヤブから棒に……そりゃ、俺はあの通り、元からそんなに着ようじゃねえしよ。俺に比べりゃ誰だって、上手く見えるってもんだ」
「……そうだよね。考えてみたら、あんたが医者なんか出来るんだもんね。何だって、やってやれない事はないんだ……」
アルラマールは、満足したようににっこりと笑った。キャラバはますます怪訝な顔をし、何やら問いただそうとした――とその時、ドアにノックの音が聞こえた。キャラバは慌てて背嚢を担ぎ上げる。
「やべえッ! 俺ァホント言うと、ここに居ちゃいけねえんだ……バザールと医療ギルドの審問が終わってねえからよ、患者に余計な接触をして動揺させねえよう、クギ刺されてンのよ……それじゃ、またな、アラム! 贈り物は確かに届けたからな。養生しろよ!」
せわしなく別れの挨拶をすると、キャラバは入ってきた時と同様に窓枠を乗り越え、巨体からは想像もつかないような素早さで診療所の庭を駆け抜けると、垣根を掻き分けて消えていった。その姿が見えなくなるのとほぼ同時にドアが開き、ゼンタールがすッと室内へ入ってきた。
慌ててアルラマールは右腕を病院着の袖に隠し、体の後ろに隠した。ゼンタールは鋭い眼で彼女を見下ろしつつ、つかつかとベッドに近づいた。
「な、何だよ、兄貴? また仕事の話?」
どもりながらそらっとぼけて聞き返したアルラマールに、ゼンタールは心もち眉をひそめつつ、鼻から細く息を吐きだした。
「いや……病室から声が聞こえたように思ったのでな。知らないうちに誰か見舞いにでも来たのかと思い、挨拶しに来たのだが。どうやら、私の勘違いだったようだ」
「え? ああ、そうね! だァれも来てないもん。空耳かなんかだと思うよ。ほら、窓も開けてるしさ。ひょっとしたら外の声が入ってきたのを聞き違えたのかも」
アルラマールは誤魔化しの言葉を早口にまくし立てた。ゼンタールはそれをむっつりと聞きながら、何やら考えているようだったが、やがて唐突に口を開いた。
「リオンナードは、どんな様子だった?」
「……!!」
目を白黒させ、何も答えられずにいるアルラマールに、ゼンタールは力ない笑みを返した。
「その反応で分かった。やはりリオンナードだったのだな。あれだけよく徹る大声だ、聞き違うはずはないと思っていたが。
そして……何か、あいつに吹き込まれたのだな。目で分かる。私と喋る時だったらお前は、そういう風に目を輝かしたりしたことは一度もない」
アルラマールはそれでも何か言い訳の言葉を探し、何も見つからず、結局黙ってそっぽを向いた。ゼンタールは喉の奥からかすかな笑い声を漏らすと、ゆったりと腕を組んだ。
「いつもいつも、お前の手を取って歩いて行くのはリオンナードなのだな。冒険者の道を選ぶ時も、腕を失う時も、そして今も……私が考えた道は、ことごとくお前の好みに合わぬらしい」
「そんな! 別に、兄貴のせいってわけじゃ……」
アルラマールは思わず兄の方へ両腕を差し出した。生身の左手と、黒手袋に入った左手を。ゼンタールの目が大きく見開かれる。
「これは……手袋と、この手触りは土か?」
震える指先でアルラマールの『右腕』に触れ、ゼンタールはぐっと眉をしかめて色々調べていたが、不意に唇を吊り上げ、大きな笑みを作った。
「成程、これを届けに来たのか、リオンナードは……そう言えば、昔からこういう新しいものを作るのが好きな奴だった。だからひとつ所に留まれないのだろうな。組織の中で動くのではなく、自分勝手に何かを造り上げていく」
独り言のようにゼンタールは言うと、アルラマールの手を離し、ローブのポケットに手を突っ込んでくるりと背を向けた。出口に向かって数歩歩いたところで、振り向きもせず思い出したように口を開く。
「リオンナードの、空中市場医療ギルド追放が決まりそうだ。冒険失敗に関する責任に加え、査問会の場で2,3不適切な発言をしたとの廉でな。私も取りなしてはみたが、バザールのお偉方が首を立てに振らなかった……あいつらしいと言えば、あいつらしいが。
マーレからの又聞きだが、奴は処分の決定を待たずに空中市場を出るつもりらしい。酒場のツケを大慌てで清算しているところだそうだ。何も空中市場だけが冒険者の街じゃない、第7の街にでも降りれば何とかなるだろう――そんなことを言っていたと聞く。
そして……お前の容態だが、このまま安静に過ごしていれば、3日後には問題なく退院できるそうだ。激しい運動を避け、興奮も出来るだけしないこと、という条件つきだがな。
それじゃ……また、な」
ゼンタールは背を向けたまま言い、ドアを静かに開けて出て行った。アルラマールはベッドの上で体だけを起こし、信じられないとでも言いたげな顔でいつまでも兄の出て行ったドアを見つめていた。




