第90話 冒険医になった理由
「てめェの生き方に誰のせいもかれのせいもねえもんだ。つまらねェこと言ってねえで、こいつはもう済んだから次行くぞ。手伝ってくれる気はあるんだろう?」
「ああ、まァね。病み上がりのお医者様を一人で働かせとくワケにもいかないし」
手をはたきながら立ち上がったキャラバを追い、アルラマールは立ち上がった。右手に魔導杖を持ち替えようとして、ふと顔をしかめる。ジャンピンジャックに噛まれた傷がまた疼きだした――魔力を使ったせいだろう。とはいえ、傷口が開いている様子もないし、じきに治まるものと思われた。
アルラマールは軽く手を振り、魔導杖を右手で握りなおすと、きびきびと歩いてゆくキャラバに付き従って患者の元へ急いだ。
「成程な。やっぱりお前さん、スジがいいぜ、アラム。
膏薬をつけ過ぎて水たまりみてえにしちまってるわけでもねえし、包帯の巻き方も俺より上手いくらいだ。俺ァどうもこの、薄くて細いもんを巻き付けるのが苦手でなァ」
「手術する直前に、患者にその言葉を聞かせてみなよ。どんな顔するかね」
悪戦苦闘するキャラバを茶化すようにして左手をひらひらと振り、アルラマールは尋ねた。
「そんなに不器用なクセしてさ、何だって医者なんかになったの? あんたには『噴火』の魔術があるじゃんか。アレさえあれば、どこのパーティに行ったって攻撃魔導士としてやってけるでしょ?」
「ああ……そうさなァ」
キャラバは魔導灯で患者の傷口を眺めながら、そこに何か面白いものでも見えるかのような顔つきではぐらかした。アルラマールはちょっと白けた風で目を細める。
「何だい、私の話を聞くだけ聞いといて、自分の話はしない気なのかね? ズルいよなあ、そういうの」
痛みに軽く眉を寄せながらも、アルラマールは砂の添え木を作り、キャラバが巻きなおした包帯を補強していった。その仕事ぶりを眺め、ふと目元を緩めると、キャラバは長い息をついてから話しはじめた。
「……さっきも言ったが俺って奴ぁ、自慢じゃねえがやたらに頑丈でな。パーティの大半が壊滅するような修羅場でも、何とかかんとか生きて帰ってくることが出来た。ま、そうじゃなかったらここにこうして居られやしねえわな。複数人のパーティで深層に潜って、戻って来たのが俺一人ってことも一度や二度じゃねえ。お陰で『赤獅子』の名も随分売ったし、多少いい気になってなかったと言や嘘になるわな。
だがよ……仮にも仲間と呼んでたやつが、目の前でくたばるのを何度も何度も見るとなると、こりゃあ嫌なもんだぜ」
「……私はそんなにキャリアを積んでるわけじゃないけど、でも、分かると思うよ。その気持ち」
膝元に魔導杖を置き、頬杖をつきながら、アルラマールは相槌を打つ。キャラバも肩の動きだけで応え、包帯を巻きながら話を続けた。
「ある時、一緒に冒険に行った冒険医から、簡単な止血のやり方を教えてもらった。傷口よりも上流の血管を圧迫する、ってくらいの、初歩も初歩の技術だったんだがな。それでもその後、深層の冒険で魔物に襲われた時に、その方法で一人助けて一緒に生還することが出来た。
それが何とも嬉しくってな。それからというもの、その冒険医に会うたび新しいことを教えてもらったっけ。毒を食らった時の対処法、刃物の傷の塞ぎ方、骨折の添え木の当て方……あんまりうるさく聞きすぎて、とうとうそいつも根負けして『そんなに知りたいんだったら、いっそ本格的に冒険医の修行をしろ』と言われてな。俺もその気になって、その冒険医が修行したっていう師匠の下について、徒弟の修行を始めたわけよ。
その冒険医ってのが、ゼンタール・マグナ=ヴィランダン――お前さんの兄貴だな」
キャラバはふいと顔を上げ、アルラマールの顔を見た。作りかけた砂の添え木を手に、アルラマールは物思いにふけるような顔で手を止めていた。額にはほんの少しばかり、脂汗が滲んでいる。魔力の消耗のためだろうか。
「おい、聞いてるか?」
「あ、え? ああ。ちょっと、ボーっとしてたかな。何だかここ、暑くない?」
キャラバに声をかけられて、アルラマールは我に返ったように顔を上げ、右腕をさすった。キャラバは不興げに鼻を鳴らす。
「全然、ひんやりと爽やかなもんだけどな。ったく、お前さんから聞きたいって言っといて、ボーっとしてましたもねえもんだぜ。こいつはよォ」
「ゴメン、ゴメンってば……ちょっとばかし、疲れちゃったかな。魔術でもって慣れないことしたせいかも。悪いけど、休ませてもらうよ。もうあらかた患者の処置も終わったし」
アラムは額の汗を拭い、腕を組んでその場に腰を下ろした。キャラバはやれやれと息を吐き、腰を叩きながら立ち上がりかけ――その顔にふと、訝しむような色が浮かんだ。
「……待てよ、涼しい?」
アルラマールの方をちらと見やったが、彼女は既に座ったままの姿勢で背を曲げてうつらうつらしはじめていた。崩落からまる一日、気の休まる間もなかったのだろう。疲れていて当然だった。
キャラバはそのまま独り立ち上がると、怪我人たちの元を離れ、その辺りをふらふらと歩き回りはじめた。
「妙だ……もっと早く気づくべきだったが、確かに妙だぞ、こりゃあ」
首をひねり、辺りを見回す。この狭い空間にこれだけの人数がいるというのに、1日が経過しても空気は澄んだままだ。息苦しさもない。
鉱山や地下遺跡などで密閉された場所に閉じ込められた際の心得をキャラバは思い出していた――例えば鳥力車程度の密室に一人でいた場合、半日もすれば頭痛や体の震えを感じ、まる一日も経てばまず意識を失って死に至るという。流石に一人当たりに換算すれば今のこの空間はそれよりマシだろうが、それでも多少の症状は出るはずだ。
「と、すると……そうか、しめたぞ!」
キャラバは勢いよく手を打ち合わせ、少しばかりよろめきながら穴倉の一隅を目指した。生き残りの冒険者たちが寄り集まって、壁を掘りぬけないかと思案している所だ。
「おォい、あんたら!」
キャラバが声をかけると、額を突き合わせて話し合っていた一同はぎょっとして顔を上げた。
「なんだ、あんたか、赤獅子の。こんなとこであんまり大声を出さないでくれよ。心臓に悪い」
冒険者の一人が顔をしかめるのも構わず、キャラバは急きこんで喋り出した。
「それより聞いてくれ。ここを出る方法が、あるかも知れねえんだよ」
「出る方法って……まさか、あんたの『噴火』を使おうってんじゃねえだろうな!?」
魔導士らしき1人が顔色を変えて首を振る。
「冗談じゃねえ。この穴倉がどんなに危なっかしい場所か、見て分からねえか? 崩れ落ちてきた大岩がたまたまうまい具合に重なって屋根になっただけで、強い衝撃でも加えようもんならいつ崩れるか……」
「ああ、分かってる、分かってるって。早合点するなよ」
キャラバは相手の言葉を苛立たしげに遮り、咳払いをした。
「何もブチ抜いて出ようってんじゃねえ。落ち着いて聞いてくれ。あんたらの中に、風の魔導士はいねえか?」
「風ぇ……?」
一同はしばしきょとんとしてお互いの顔を見つめ合っていたが、やがてその中の一人がおずおずと手を挙げた。先ほどキャラバに警告した魔導士風の男だ。
「一応、風の魔術の心得はあるけど……それがどうしたってんだ? 大地の魔術で岩や土をどうにかするってんなら分かるが、風が一体何の役に?」
「ありがてえ! さ、とにかく、魔導杖を持ってついて来てくれ」
キャラバはその男を引きずるようにして歩き出すと、穴倉の壁面の方へ訳も言わずに連れていった。風魔導士は目をぱちくりさせながらも、勢いに押されて手をひかれるままに歩いていく。
「さ、ここだ。この壁に沿って、風を放ってみてくれ。そんなに強くなくていいが、ゆっくりと、壁全体を包み込むような感じで奥へ撃ち出していくんだ。何か違和感があったら、すぐ教えてくれ。何も無けりゃあヨソに移って、また始めるんだ。
そら、何ぼんやりしてる? さっさとやってくれ!」
「わ、分かったよ。分からねえけど……」
ぶつくさ言いながら魔導士は、やや反りのついた短剣状の杖をかざし、壁に向かって空気の塊を放射した。かすかに魔力をまとったきらめく風が、壁面を撫でて広がってゆく。壁にせき止められた風は、両側へと流れてなおも広がっていった。
「何にもないとこに魔術をぶつけるほど、バカバカしいこともないもんだなァ」
左手を腰に当て、魔導士は恨みがましくぼやく。キャラバはその横顔を睨みつけた。
「いいから、集中して魔術を放ちつづけろ。お前さんだって風の魔力を使うんだ、風の流れには多少敏感だろう。集中して、流れがおかしくなるところを探すんだよ」
「流れがおかしく、ねえ……そんな雰囲気、感じられねえけど……おおッ!?」
気乗り薄な様子だった魔導士の表情が、一瞬にして緊張を帯びた。キャラバも興奮気味に身を乗り出す。
「どうしたっ、見つかったか!!」
「何だか、分からねえ……分からねえが、風が漏れてく感覚がある! 壁にぶつかって跳ね返るはずの風が奥へ逃げてって、手ごたえがねえんだ……そら、向こうだ。光が途切れてるあたり」
魔導士が指さした先は、穴倉のほぼ反対側だった。風の魔力によって放たれる燐光が、その部分で不意に消えている。よくよく目を凝らすと、光を吸い込んでいるのは岩壁に入った黒いヒビのようだった。
「しめた……! 思った通りだ! おい、行ってみようぜ!」
言うが早いか、キャラバはどたどたと足音を響かせて部屋の反対側へ向かった。風魔導士をはじめ、脚の立つ冒険者たちがこぞってその後に続く。ひび割れのある個所に辿りつくと、キャラバはひざまずいて注意深くその奥を手で探った。上からの重みがかかっている石とかかっていない石を注意深く手で探りながら、積み重なった石を崩さぬよう丁寧にヒビを広げていく。
「俺の考えが正しけりゃ、ここが……そら、あった!」
そのうち、腕がごぼりと壁の中に呑み込まれたかと思うと、一同の眼前に小さな洞穴が出現した。大人が這いつくばって、やっと体を突っ込めるくらいの細い穴だが、その奥行きは先が見通せないほどに深い。顔を近づけると、穴の向こうから冷たい風が吹き込んでくるのが感じられた。
「分かるか、この穴は、外まで通じてるんだ。
これだけの人数で密室にいるんだ。換気してやらなかったら息が詰まっちまう……それも、相当量の空気を交換してやる必要がある。それだけデカい空気穴が要るってこった。この裂け目が空気穴になって、今まで俺たちの命を繋いでくれてたってわけよ。
で、おんなじ穴が、今度は俺たちを外へと導いてくれる」
「この穴を通って外へ出ようってのかい? うへぇ、冗談だろう!」
剣士と思しき一人が、頓狂な声を上げる。
「確かに外へは通じてるかも知れねえけどよ。こんな穴、いつ崩れるかも分からねえぜ?」
「いや、それなら大丈夫だ。念のために大地の魔導士が先導して、穴の天井を固めながら進めばいい」
先ほど殊勲のあった風魔導士が、前に出て提案する。
「幸い、大地の魔導士ならばここにも何人かは居る。岩を全部脇へどかして道を作るようなことは出来ないが、狭い抜け穴の天井だけを固定しておくくらいなら、全員で代わるがわるやれば何とか出来るはずだ。
這っていくんなら、怪我人だってついて来られるだろう」
「大地の魔導士……おっと、そういえば、と」
キャラバはふと思いつき、後ろを見やった。アルラマールにもこの発見を教えてやらねばならない。居眠りしている間に勝手にコトを進めていたんでは、目を覚ました時「なぜ起こしてくれなかったのか」などと言われかねない。
その場で具体的な脱出プランを練り始めた一同を置いて、キャラバはアルラマールの方へと歩いていった。
「おい、アラム……アラム、起きなよ。眠たいのは分かるが、ちょいと面白いことが始まったんだ。眼を覚まさないと損するぜ」
膝を立てて座ったまま頭を垂らし、眠っている様子のアルラマールの肩へ、キャラバは大きな手のひらを落とした。
瞬間、キャラバは息を呑んだ――触れた手に、異様な熱を感じる。まるで体の中で炭火が熾っているかのようだ。ハッと手を引く間もなく、アルラマールはぐにゃりと姿勢を崩し、その場へ横倒しになった。




