第86話 最悪の挟み撃ち
ドクイバラのコートを翻し、キャラバは巨体を投げ出すようにして駆け出した。先行した魔導士たちの隊列に追いつき、そのまま追い越していく。隊のリーダーが慌てて呼び止めた。
「おいおい、どこ行くんだよ? ジャッカルどもを追い払うんだろ、協力してくれるんじゃねえのかよ?」
「それどころじゃねえッてんだ! このまま進み続けるのはヤベえ!」
キャラバは一瞬立ち止まり、怒鳴った。魔導士たちはあまりの剣幕に目を丸くする。
「何だよ、どうしたってんだ、一体……」
「喋ってる時間はねえ! ここには何かがいる……ジャンピンジャックとは違う、『何か』が……!」
言葉は途中で、前方から響いてきたすさまじい地鳴りにかき消された。
全員が思わず口をつぐみ、顔を上げて前方を見やり――息を呑む。地響きと共に谷あいの稜線が揺れ、がらがらと岩石が転げ落ちてゆく。崖崩れか? いや、違う。崩れているのではない。中から『出てこようとしている』のだ。
「ウソだろ、おい……!」
轟音の間を縫って、誰かの呟く声が虚ろにこだました。
~ 時間は少し遡り、本陣の隊長車にて…… ~
「何だ、魔術の光が見えなくなったな」
セバル隊長は荷車から身を乗り出し、兜のひさし越しに工法を見渡した。先ほど最後尾の辺りで、キャラバの放った魔術の炎が壁面を舐めるのが見えたのだが、それも消えてしまってからずいぶん経つ。キャラバが炎でジャンピンジャックを追い散らして隊列全体を援護し、その隙にパーティは谷間を脱出する――これが先ほど打ち合わせた手はずだったのだが。
「先生、まだ前進を渋っているんだろうか? まさか命令を無視して、勝手に退却指示を出しちゃいないだろうが……」
「ジャンピンジャックどもが戦意を失って、早々に逃げてしまったのでは?」
荷車の横で、土から作りあげた黒曜石色の剣を低く構えながら、アルラマールが言った。先ほど負傷した腕は、血止めの薬草を当てた上から包帯を巻き、きちんと治療してある。
「襲撃もまばらになって来ましたし、飛びかかって来る奴もちょっと爪を立てようとするくらいで、すぐ逃げていきますし。こちらの手ごわさにようやく気付いて、腰が引けはじめてるんでしょう」
「そうか、まあそんなもんかも知れんな……」
セバルが何となしに納得しかけ、荷車の奥へ引っ込もうとした時だった。
「ああッ……山肌が……!!」
出発しようと隊形を整えていた先鋒の剣士団から悲鳴が上がった。と同時に、岩の崩れる轟音が荷車の群れを震わせる。セバルは兜を頭からズリ落としかけながら、慌てて荷車を飛び出した。
「何だ、落石か!?」
「ち……違います! あれを!!」
アルラマールが震える指で前方を指し示す。右手は剣を構えるのも忘れ、だらりと垂れさがるままだ。セバルもただならぬ様子を見て取り、恐るおそる顔を上げ……途端にその顎が落ちた。
ヴェールを剥がすように岩肌が崩れ、剥がれ落ちてゆく。その下から岩の塊がむくむくとせり上がってゆく。荷車よりも遥かに巨大な、見上げるような岩の塊。転がり落ちる、といった動きではない。むしろ岩そのものに自分の意志があり、体を覆う岩の布団を押しのけて這いずり出てきたような具合だ。
そして間もなく、パーティの面々はその印象が的外れでないことを知った。岸壁から突如現れた岩の塊には、四肢が生えていた。拳が地面に着くほど異様に長い腕と、うって変わってひねこびた短い脚。頭部らしきものはなく、樽のようにずんぐりとした体から四肢が直接突き出している。その巨大なことと言ったら、アナグラバッファローさえも脇に抱えて運べそうだ。
「……ゴーレムか!」
やっとのことで、セバルが言葉を喉から吐き出した。その顔は蒼白だった。それなりに経験を積んだ冒険者であるはずの彼が、まるでたった一人で深層に放り出された新米のように震えている。
ゴーレム――その実体は魔物というより、魔導機械に近いものであった。岩石のボディには魔導回路が刻み込まれ、そこから抽出される魔力がボディを変形させる魔術を生み出す。古代の『うちびと』により生み出された生き人形だ。
回路には単純な命令も記録されており、ゴーレムはただ造り手の命令を盲目的に実行し続ける。魔導合金で出来た回路は極めて経年劣化に強く、また自然界から魔力を抽出する古代魔術の性質上魔力切れもあり得ないため、放置されたゴーレムは悠久の時を経てもなお滅んだ創造主の遺命を遂行し続けるのである。
「遺跡を守るために配置されているヤツか? しかし……このサイズは!!」
震え上がる隊長とパーティの面々をよそに、ゴーレムは緩慢な動きで前腕を動かし、突っ張った両腕で体を引き寄せるようにして、こちらに進み始めた。前衛の盾持ちたちにパニックが広がる。
「き……来やがったあッ!」
「何なんだコイツぁ……こんなデケえゴーレム、見たことねえぞ!!」
「とにかく止めろ! このままほっといたら、踏みつぶされちまうぞ!」
「そんなこと言ったって……どうしようもねえ!」
たちまち、剣士団はクモの子を散らすように逃げ出した。あれだけの巨体を、剣や銃で止めようなどと考えるバカはいない。代わりに前進してきたのは、後方から合流してきた魔導士部隊だった。
「ちッ、遅かったか……起動しちまったらしいな!」
魔導士たちの間から、ひときわ大柄な男が叫び声を上げる――キャラバだ。立ちはだかった巨大なゴーレムを見上げて唇を噛み、棍棒型の魔導杖を強く握りしめている。
「何か居るとは思ってたが……まさか、こんな大物だとはなァ」
図られた……! キャラバは心の中で苦い呟きを漏らした。
今や彼には、ジャンピンジャックどもがどういう腹積もりだったのかハッキリと分かっていた。奴らのおざなりな攻撃は全て、パーティをここまで追い立てるためのものだったのだ。連中とゴーレムは、いわば一種の共生関係にあるのだ。
あのゴーレムは恐らく、太古の『うちびと』達が集落の防衛用に造ったものなのだろう。当時はこの辺りに強大な魔物でも徘徊していたのか、あるいは他の集落からの侵略に備えたものか――その辺りは分からない。重要なことは、かつての住民が絶え果てて集落が滅んだのちも、あのゴーレムは与えられた役割を全うし続けたということである。
谷間を抜けて集落に侵入しようとするよそ者を攻撃する――普段は土中に埋まって隠れ、谷あいをある地点まで進む生き物がいれば、即座に起き上がって叩き潰す。それを奴は延々と続けてきたのだろう。永い年月のうちに、この付近に生息するジャンピンジャックはそれを利用することを知り、知識を習性にまで育て上げていったのだ。
推測だが、連中は自分たちの手に余るほど大きな獲物をこの谷間まで誘い込み、ゴーレムに襲わせるのだろう。獲物がゴーレムに叩きのめされ、弱って逃げ戻ってきたところに、待ち構えていたジャッカルたちがとどめを刺す。骨になったスキッパーは、連中の追い込み猟の犠牲者――キャラバたちにとっては「先輩」に相違なかった。
「ふざけやがって……骨になるのはゴメンだぜ、俺たちゃあ!」
キャラバはひとりごち、最前線へと進み出る魔導士たちに交じって歩を進めた。
踏みとどまった盾持ちたちが、魔導士の前に回って盾の壁を造る。ゴーレムの腕に掛かれば一瞬で蹴散らされてしまうだろうが、少なくともゴーレムの動きによって跳ね飛ばされてくる岩のつぶてから魔導士たちを守ることは出来た。その防壁の陰から、魔導士たちは各々の杖を突き出し、一斉に魔力弾を撃ちかける。
色とりどりの光の矢が、谷間を照らしながら岩石の巨体へと吸い込まれてゆく。岩の体の表面で、魔力の小爆発が無数に咲いた。しかし――爆炎が晴れると、その下から現れたゴーレムの体は全くの無傷だった。
ゴーレムは、魔導回路から発せられる魔力によってその体を動かしている。その性質上、全身には常に強い魔力が還流している。その魔力が、多少の魔力弾など反発作用で跳ね返してしまうのである。
しかし攻め手も歴戦の冒険者、そのくらいのことは承知の上だった。魔導士たちの注目はゴーレムのボディそのものより、それが魔力弾をはじいたときの火花の方に向けられていた。
「見えたか、今?」
「いや、分からねえ。何しろ的がデカいもんだから……」
「ボヤボヤしてないで撃ち続けるんだ! 魔術で押し返してなきゃ、じきにまたこっちへ歩き出すぞ!」
魔導士たちが口々に言い交わし、さらに魔力弾を放つために杖を振り上げる。
ゴーレムの機能を停止させる最も手っ取り早い方法は、動力源にして運動中枢たる魔導回路を破壊することである。そのためにはまず、回路がどこに仕込まれているのかを探り当てなければならない。メンテナンスのため頭頂部などの目立つ場所に設置している場合もあるが、こういった防衛用ゴーレムの場合は敵の目に触れぬ体の奥に隠されているのがほとんどである。
だから、ゴーレム退治の基本はこうだ――まず魔導士が弱い魔術を立て続けに放つ。魔力の反発作用によりゴーレム本体にダメージは届かないが、反発力がゴーレムの進行を押しとどめるため足止めにはなる。その間に、反発によって生じた火花の大きさを見るのである。
ゴーレムに還流している魔力は、その源である魔導回路に近ければ近いほど強くなっている。当然、反発作用によって上がる火花も、魔導回路の近くが最も大きくなるのである。それを目当てに回路の場所を探り出したら、後は剣士や銃士がそこへ物理的な打撃を加え、回路を破壊する。一般的なゴーレムであれば、この手で難なく破壊することが出来た。
しかし――このゴーレムは少々話が違った。魔術で体の表面にスパークを散らしたところまでは良かった。が、その程度の反発力では、巨体の進行を止めるまでには至らなかったのである。ゴーレムは背筋をほんの少しのけぞらせたものの、向かい風に抗うようにぐっと肩を沈めると、地響きを挙げながら再び両腕を前へ進めだした。
最前列に陣取った盾持ちが、慌てて半歩ほど飛びのく。
「何してんだ、魔導士隊! ちゃんと魔術を放って、あいつを釘付けにしといてくれよ!」
ゴーレムが歩を進めるごとに弾かれて飛んでくる岩塊を盾で防ぎながら、剣士の一人が後方へ怒鳴った。すかさず後ろから苛立った声が返ってくる。
「言われなくたって、やってるよッ! けど、あんだけのデカさだぞ!? そう簡単に……」
と、その時だった。
不意に辺りが暗くなったように感じ、盾持ちたちは上を見上げた。奇妙な形の影が、天井を横切るように伸びていた。何か重たそうなものが宙を舞っている。徐々に近づいて来る。落ちてくる。落ちて……!
「逃げろォッ! 腕が降ってくるぞォーッ!」
誰かが叫んだ。たちまち切通しの道は、逆流しようとする冒険者の人波で氾濫しそうになる。狭い道に大人数のパーティだ。詰め込まれた冒険者たちは思うように後ろへ下がれず、お互いを押しのけ合いながらただ地団太を踏むばかりだった。そしてそこへ、ゴーレムの振り上げた巨大な腕が、風を裂いて襲いかかる。
ぼうッ……。
キャラバが聞いたのは、衝撃音というよりも衝撃そのもののような重たい音だった。何事かも分からぬままに、強い風に煽られて彼は地面に突っ伏した。その上を何かが、猛スピードで通り過ぎてゆく。
「何か」は、銀色の鎧に身を固めていた――いや、正確には、「鎧だったらしいクシャクシャの金属板」と言うべきだろうか。
かつて盾持ちだったらしいそれは、しばらく弾丸のように宙を飛んだのち、けたたましい音を立てて路上で弾み、転がった。言葉を失って見守るキャラバの前で、その肉塊に黒い何者かが群がった。ジャンピンジャックだ。数頭のジャンピンジャックが潰れた死体に群がり、一心不乱に肉を裂き、血を啜っている。
キャラバは地に伏したまま歯ぎしりをし、魔導杖を握った拳で地面を叩いた。




