第75話 マジで俺に言ってんの?
~ 時間は少し遡り、荷車の外では…… ~
ザインが荷車の中へ消えてからしばらく経った。変化のない状況に、狙撃手たちは倦みはじめていた。ウィンゲルなどは包囲陣の端っこに木箱や帆布を重ねて即席の寝床を作り、得体のしれない自家製酒の小瓶など取り出して寝ころびながらちびちびやっている。
ママローニだけが、腕を組んで苛立たしげに足を踏み鳴らしながら立っていた。黒いスカルキャップから湯気を立てそうな勢いである。
「それでは、本当にこのまま何もせず見守ろうというのですか!」
とうとうママローニが叫び、寝そべったウィンゲルの顔を睨みつけた。ウィンゲルは眩しそうな顔で老医師を見上げ、顎髭をひねる。
「今のところ、それしかないように思うのだがね。彼らも医者だということだし、さっき自分でも『誰も傷つけるつもりはない』と言っていた」
「あんな連中の言葉を信じているので?」
「別に、信じない理由もないものでなァ」
あくまで気楽にウィンゲルは答え、小瓶からまたひと口酒を啜った。
「事実、立てこもってからずいぶん経つのに中では何の騒ぎも起こっていない。あの中へ一緒に入ったベラッティ、あれもまずまず腕の立つ魔導士でな。何か妙な真似でもされそうになったら、まず黙って大人しくしているようなタマではない。それが、何の騒ぎも起こさずじっとしているのだ。要するに『何もされていない』ということだろうよ。
第一、このままこうしていたところで連中には何の得もないのだ。奴らが本当に医者であるなら、患者を治したら料金を受け取りに出てくるであろう。奴らが人質を取って身代金でも要求する肚なら、その要求を伝えに出てくるであろう。結論として、どっちにしたって焦らんでもそのうち出てくるだろう、ということだ」
「あやつらが『医者』かも知れぬなどと、このわしの前で言うのですかな!」
いよいよ怒りも露わに、ママローニは足を踏み鳴らした。周囲の冒険者数人が何事かと振り返り、流石のウィンゲルも寝台から半ば身を起こした。
「聞き分けてもらえんかね、ママローニ先生……今強引にコトを起こして無駄に兵たちを危険に晒すよりは、事態が動き出すまでひとまずこうして待っていた方が得なのだよ」
「そちらこそ、自分が今どのような立場にいるか考えてみるといい!」
毒々しいまでに鋭い口調で言い、ママローニは脅すように指を突き付ける。ウィンゲルは片眉を上げ、初めて出会う相手のように背の低い老医師を見た。
「……と申されると?」
「あなたは、医療ギルド正会員治癒魔導士たるこのママローニの患者を、どこの馬の骨とも分からぬ医者もどきに任せてかえりみぬと言われる……これは、あなた、医療ギルドに対する明らかな挑戦ですぞ。ギルドの医者などに診せずとも冒険が出来る――まるでそう言っておられるようだ。
そちらがそういうおつもりなら、こちらとしても取るべき手立てがある。医療ギルド本部理事会に報告し、ギルド員を回さぬよう計らってもらうまでだ。今後あなたのパーティは……否、金鹿商会が計画するいかなる冒険にも、医療ギルドの協力は仰げないと思っていただきたい」
「うん、成程、それは困るな」
何かのスイッチを押されたかのように、ウィンゲルはがばりと跳ね起き寝台から飛び降りた。つかつかと早足に歩き出すと、かえってたじたじとなっているママローニをよそに部下に向かって命令を始めた。
「そういうワケだ。医者の派遣を止めると言われては逆らえん。お前たち、何とかせよ」
「何とかったって、隊長。どうしろってンですかい? 適当に撃ってみるってわけにも行きやせんし、荷車の中へ無理に押し入ろうとしたらあの巨猪人、思い余って人質を絞め殺しちまうかも」
思案顔の部下に、ウィンゲルはかすかに笑って手を振った。
「そんなこともあるまい。何度も言うように、そんなことをしたって奴らには何の得にもならんわけだし……だが、用心に越したことはないな」
ウィンゲルは左眼を細め、額縁を作るように両手の指をかざしながら、幌に覆われた荷車を見つめた。少しばかりの沈黙の後、伸ばした両手を静かに下ろす。
「思うに、だ。あの幌があるために我々は奴らの姿を見ることが出来ず、従って人質を避けて奴らだけを撃つということが出来ない。しかしそれは、奴らにも外にいる我々の動きが見えない、ということでもあるわけだ。
よって、こうしたらどうだろう――身軽なものを幾人か選りすぐって、音を立てぬように荷車の横へ回るのだ。そこから幌を切り落とし、剥がしてしまう。覆いを奪われて奴らが驚いているうちに、素早く荷台へ乗り込んでいって制圧してしまう。人質に手を出すヒマもないくらい、一気呵成にやるのだ。
……こんなとこでどうですな、先生?」
くるりと振り返って尋ねるウィンゲルに、ママローニは疑わしげに眉をひそめながらも、勿体ぶってゆっくりと頷いた。
「絶対に患者を傷つけぬよう注意を払うというのなら、左様、そんなところがよろしいでしょうな」
「と、いうことだ。早速、人手を集めろ」
ウィンゲルは腕を振って部下たちを散らせ、その間に自分は再び寝床に戻ると、ながながと寝そべって大欠伸をした。
「集まったら、私に報告は要らん。勝手に始めさせといてくれ……私が後ろからワイワイ言ったところで、どうなるものでもなかろうからな」
ママローニの冷たい視線をものともせずにウィンゲルは言うと、小瓶の中の酒をまたひと口呷るのだった。
* * *
「ほら、耳を澄ましてみろよ。荷台の下あたりでなんか……聞こえるだろ?」
荷車の中、潜めた声でベラッティは鋭く言った。ディンゴも一旦縫う手を止め、息を詰めて聞き耳を立てる――確かに、聞こえる。小さいが、何かをこすっているような音が間断なく。それも一か所ではない。周りじゅう、あちこちからだ。
「きっと、外の連中が何かしようとしてるんだ。どうする?」
「どうするったって、お前……」
緊迫した表情のベラッティに問われ、ディンゴは救いを求めるようにザインの顔を見上げた。そのザインは、何やら心ここにあらずといった目つきでじっとアイケルの傷口を見つめている。先ほどまで苦痛に悶え暴れていたアイケルは、ディンゴによって傷口が閉じられた途端大人しくなり、今ではまたぐったりと瞑目したまま床に転がっていた。
「傷が閉じられれば……開いていなければ……外の空気に? 光に? いや……」
「おい、ザイン!」
何やらぶつぶつ呟いているザインに、ディンゴは業を煮やして呼びかけた。小山のような肩を手のひらでぴしゃぴしゃ叩いてやると、ザインはようやく物思いから抜け出した。
「あ、ああ、すみません。もう少しで何か閃きそうだったものですから」
「考え事もいいけどよォ、今の話聞いてたか? どうも外で何か、こっそりやってるらしいんだ。ここもそろそろ危ないかもしれないぜ」
「おや、そうでしたか? 巨猪人の身の悲しさ、残念ながら五感はそんなに鋭くないものですから」
ザインは覆面越しに頭を掻き、その手を顎の下に持っていってううむと唸った。
「しかし、今患者を移動させるわけには行きませんね。縫合も十分ではありませんし、治療のめども立たぬままママローニ先生に患者を譲り渡すことも出来ません。何より、もう少しで何かが掴めそうな気がするんですが……」
「おい、ヤバいぞ!」
ザインの声を遮って、荷車の隅でベラッティが叫び声を上げた。何やら幌の隅を指さし、しきりと手を振っている――ディンゴはハッと息を呑んだ。その指さす先には、ナイフの白い刃がちょうど親指の先ほど、幌の布を突き破って顔を出していた。
「連中、幌を剥ぎ取る気だな……クソッ、乗り込んでこようってのか!」
舌打ちしながらディンゴは立ち上がった。手術針と糸を一旦床へ置き、懐から『光のメス』を取り出す。握り部分の魔導合金に魔力を通すと、先端から光の穂が噴き出し、高熱の刃を形成する。
「この期に及んで、患者を放り出すなんて出来るかよ、畜生ッ! 来るなら来てみろ、手当たり次第に『切開』される覚悟があるんならな」
「俺、何か手伝おうか!?」
ベラッティが魔導杖を握り、立ち上がりかける。が、その動きをザインは片腕を挙げて止めた。
「お気持ちはありがたいのですがね、ベラッティさん。あなたは一応、ここへ人質として連れ込まれたってことになってるんです。それが助けに来た仲間を急に攻撃し始めたとなったら、お仲間との関係ものちのち愉快なものにはなりますまい。
ここは我々に任せて、あなたはあくまで巻き込まれただけの犠牲者として振る舞うのがよろしいかと」
「ンなこと言ったってさ、この状況じゃ……」
なおも食い下がるベラッティに、アイケルの体を抱えたザインは覆面の奥で笑みを見せた。
「今やるべきことは2つ――1つには、アイケルさんの症状の原因を特定し、これを取り除くこと。それは私がやりましょう。実は今さっき、ちょっとしたアイデアが浮かびましたのでね。上手くすればこれで問題は解決です。
もう1つは、私が治療をしている間、外にいらっしゃる血の気の多い皆さん方を近づけぬようにしておくことです。と言っても、先ほど外に向かって申し上げた通り、私どもはここへ怪我人を作りに来たわけではない。治しに来たんです。無用な怪我人を量産するのは避けたい――つまり、四方から攻めてくる相手を傷つけずに追い返してほしいわけです。
出来ますね、ディンゴ?」
「……えっ、俺!?」
突然の要求に、ディンゴは目をぱちくりさせて辺りを見回した。ベラッティもザインも、黙って彼の顔を見つめている。何か言おうとして言い出せず、口を虚しくぱくぱくとさせた後、ディンゴは小声でぼそりと呟いた。
「なんか、メチャクチャなこと言われた気がするんだけど……マジで、俺に言ってんの、それ?」
「マジです。非常に、マジです」
ザインが力強く肯定する。その間にもザインは、アイケルの体を荷車の中央に横たえなおし、探り針を使って傷口の糸を引き抜きはじめていた。
「私もベラッティさんも出来ないんですから、あなたしかいません……なァに、大丈夫。この状況とあなたの魔術と、よくよく考えてみればいつも何かしらの工夫は思いつくものですよ。あなたなら出来ます。何たって、私の教え子なのですからね」
「お言葉だけどよ、先生。教科書にゃこんなシチュエーションのこと、書いてなかったと思うんだよな」
外に向かって身構えながら、ディンゴは恨みがましく言った。外から響いてくる物音はますます大きくなってきている。既にナイフの刃は荷車の縁を滑り、幌の大半を引き裂いて反対端まで辿りつこうとしていた。
「大体、よくよく考えろッたって、あの様子じゃそんなに時間も……」
ディンゴはそこまでしか言えなかった。ぷつり、と高い音を立て、とうとうナイフは幌を切断しきった。と同時に反対側の端が引っ張られ、天井の枠を残したまま幌布がつるりと剥き去られた。
一瞬で、ディンゴたち4人は隠れ場所を失い、太陽苔の光のもとに晒された。
「それッ、かかれーッ!」
四方から鬨の声が上がる。軽い革鎧に身を包んだ冒険者たちが、それぞれダガーやら魔導杖やらの得物を手に、一斉に荷車へ手を掛けよじ登ってきた。




