第55話 バーティ・バッキーのゲーム
「おい、あんましバカ笑いしてんじゃねえぞ! 人質はこっちにも居るんだ!」
ディンゴが声を張り上げた。右手に握った物理拳銃は、アンジー・バッキーのこめかみに突き付けられている。
「おっさん、魔導杖を拾え。そうすりゃ形勢逆転だ……そこの黒帽子! こっちだって別に人殺しはしたくねえ。お前がウチのスタッフを放して、俺たちを無事に帰してくれるってんなら、俺もこの女を無傷で返してやる。
どうだ? 乗るか?」
ディンゴは血走った眼でバーティを睨み、銃口をグリグリとアンジーのこめかみに押し付けた。アンジーの喉がかすかに息を呑み込む音を立てる。
「あ……兄貴ィ!」
帽子の男――バーティ・バッキーはしばしの間、ユノーを腕で押さえつけたまま帽子の下からディンゴの顔を見つめていたが、やがて不意に体をのけぞらせて大声で笑いだした。
「な……!?」
「いやァ、格好いいぜ、若先生!」
戸惑うディンゴに、バーティは上機嫌で声をかけた。
「言うことを聞け、さもないと……ってか。さもないと、どうするつもりだい? その女を殺すってのか? 医者のあんたが、ひとごろしなんぞしようってのかね」
「ナメてんじゃねえぞ、紅蓮獅子団をよォ」
ディンゴは歯を剥きだし、噛みつくように応じる。
「俺らを単なるお医者サマだと思ったら大間違いだ。闘う医師団なんだぜ、こっちは。魔物だろうが何だろうが、多少の荒事ァ踏み越えてくのが俺らのやり方よ」
「そういう野蛮な言い方はちょっと、団長として見過ごせねえよな、ディンゴ。まるで俺たちが年がら年じゅう荒事を巻き起こしてるようじゃねえか。そういう言い方は、誤解を招く。あらぬ風評の元になるぞ」
キャラバが軽く眉をひそめながら口を挟んだ。ディンゴは顔をしかめ、「あんたに言われたかねえや」とでも言いたげな横目をちらりと送ったきり、黙っていた。
一瞬の沈黙の後、静かに口を開いたのは、バーティだった。
「面白ぇじゃねえか……殺しにも躊躇いはねえッてか? それじゃあ、度胸比べと行こうか」
言うなりバーティは腕に抱えていたユノーを床へ放り出し、その背に足をどっかりと乗せる形で座り込んだ。猛獣狩りの狩人が、仕留めた大型獣の骸を踏みつけてポーズをとっているかのような格好だ。体重の下敷きになり、ユノーは咳き込むような呻き声を上げた。
「ユノー!」
「てめェ……ッ!」
キャラバとディンゴは口々に叫んだ。銃の引き金を押さえるディンゴの指に力がこもる。アンジーが喉の奥で小さくひッという声を挙げた。しかし、バーティの表情は変わらなかった。
「あんたは引き金を引くかもな、若先生」
宙を見つめ、鎖のついた魔導杖を肩に担いで弄びながら、バーティは独り言のように言った。
「そこの女、アンジーは俺の妹だが、脳ミソをぶち抜かれ声を上げる間もなくくたばるだろう。
だが、その瞬間に俺の魔導杖はそこにいるデカい先生目掛けて飛んでいる――ドサクサまぎれにこっそり自分の杖を拾おうとしてる、そちらの先生にな」
転がった魔導杖の上にしゃがみ込みかけていたキャラバは、これを聞いて舌打ち交じりに身を起こした。バーティはそちらにちらりと目をやり、軽く頷いてから続ける。
「俺の魔術はさっき見たよな? 空気を固めて刃を造り、飛ばしてやる。狙いは正確、的もデカい。そちらの先生は喉笛をばっくり切り裂かれて地に倒れるという破目になる」
「てめェ……さっきから、何が言いてえんだ!」
ディンゴは苛立った声を挙げた。が、バーティはディンゴが激するほどに、かえって人を食ったような冷静さを深めていくようだった。
「何って、ゲームのルール説明だよ。分かるか、若先生? 『ぶっ殺し合いゲーム』さ。バッキー一家のバーティ・バッキーに脅しをかけようってんなら、楽しいゲームにご招待される覚悟を決めてもらわねえとな。
なるほど、先生はアンジーを殺せるだろう。だがそうなった場合、俺の順番はこうだ――まず、この中じゃ一番腕の立つキャラバ先生を殺す。魔術を使われると面倒なんでな。そしたら若先生はこっちに銃を向けてくるかもしれねえが……そうなったら俺は、今度はこの嬢ちゃんを殺す」
バーティは魔導杖を下ろし、先端に吊る下がった鎖をぴたぴたとユノーの頬に当てた。ユノーは涙をにじませた愛で、きッとバーティの顔を睨みつける。
「……くそ野郎ッ!」
「そう、そいつが俺の名前だ。“くそ野郎”・バッキー。覚えたねェ」
バーティはおどけた調子で応えると、再びディンゴの方へ向き直った。
「無論、若先生がこの娘に構わず撃ってくるって可能性もある。その場合、俺はちっとばかし困る……そうなったらしょうがねえ、銃と魔術の早撃ち比べ、どっちが先に相手を殺すかってゲームだ。
なかなか怖い、俺でもな……だが、刺激的でもある」
バーティは左手の親指を帽子の庇にかけ、ひょいと持ち上げた。
「そうだろ、若先生?」
ディンゴは身震いした――帽子の下に見える眼は真剣そのものだった。この男は、殺し合いなどなんとも思っていない。本当に必要とあらば、誰を殺し殺されたとしても毛ほども心動かされぬタイプの男だ。
ディンゴは戦場で時々そういう目の男を見かけることがあった。生まれついての人殺しとしか言いようのない戦士たち。血だまりの中で笑い、死体を見かけては冗談を言い合うことの出来る連中。決して愚弄してはならない性質の人間どもだ。
「さあ、選びなよ、若先生!」
「おい、ディンゴ……!」
バーティとキャラバが、ほぼ同時に声を発する。ディンゴは引き金にかけた人差し指をこわばらせ、唇を噛みしめてしばらくバーティを睨みつけていたが、やがてふッと肩の力を抜き、拳銃を下ろした。
「くだらねェや……どうにでもしやがれ、畜生」
床の上へ拳銃を置くと、ディンゴは床にあぐらをかき、捨てばちな表情で腕を組んだ。たちまちアンジーが跳ね起き、飢えた獣が肉を盗むように銃を奪い取ると、腕を振るわせながら銃口をディンゴに向けた。
「このガキぃ! ぶっ殺して……」
「やめねェか、アンジー!」
鋭い声がぴしりと響き、ついで更に鋭い風切り音が鳴った。アンジーの足元の床に、高い音を立てて浅い斬り込みが入る。
「お客様に乱暴はするなと、何度言やあ分かる……そんなだから、嫁のもらい手がないと言うんだよ」
バーティはうんざりしたような口調で言い、少し首をかしげて魔導杖を肩に担いだ。鎖の先端には、かすかに魔力の残滓が渦巻いている。空気を硬化させ、投げナイフのように飛ばしたのだ。恐るべきはその腕の速さと、予備動作の少なさだ。その場にいた誰もが、空気の刃の飛ぶ瞬間を見なかった。
アンジーは銃を構えたまま、床についた抉れ傷を怯えた顔で見やった。ブーツのつま先に危うくキスしそうな場所だ。アンジーは大きな目をまばたかせ、不安げに兄を見やる。
「兄貴よォ、さっき、銃を向けられた時……」
おずおずと尋ねるアンジーの表情を見、バーティはたちまち眉間に深い皺を寄せると、横を向いて茶色い唾を吐いた。
「お前が死んだらどうするって話か? 脅しに決まってンだろう。殺し合いまで行ったらこうなることァ最初っから見えてたさ。この俺が可愛い妹をむざむざ死なせるはずァねえだろう?」
「そ……そうだよな、兄貴」
引きつった笑みを浮かべるアンジーに、バーティはうるさそうに魔導杖を振ってみせた。
「いいから、とっととコヴを起こしてやれ。武装解除の続きをやるんだ。そこに落ちてるいかつい魔導杖も拾っとけよ、大先生が妙な気を起こさんようにな」
キャラバに向かってちょっと口の端を上げると、バーティはおもむろに立ち上がり、寝転がったユノーの襟首を左手で掴み上げると、無造作にディンゴの方へ押してよこした。
「そらよ、お嬢ちゃんは返してやる。だが妙な真似はするなよ、俺の間合いはさっき見ただろう。ヘタに動けば手足がスッ飛ぶぜ」
ディンゴは慌てて立ち上がり、投げ出されたユノーの体を抱き止めた。ユノーは涙のにじんだ目で一瞬だけディンゴの顔を見上げたが、たちまち乱暴にその体を突き放して離れる。
「……根性なしッ」
「……ケガはねえのかよ」
投げつけるような言葉に、ディンゴは鼻白みつつも静かに聞き返した。ユノーは更に何か言いかけたが、ふと口を閉じ、視線を落としてゆっくりと頷く。バーティは魔導杖を構えたまま、皮肉な笑みを漏らした。
「そう、そう、子供は仲良くするもんだ。お互い苦労するな、騒がしい女を身内に抱えてるとよ」
「一番騒がしいのはおめェだろうが、男前」
半ば冗談のように両手を挙げたまま、キャラバが口を挟む。
「一体全体、こりゃ何のための騒ぎなんだ? わざわざこんな出来の悪い即興劇を演じなくたって、患者だったら治してやる。俺たちゃドクター・デリヴァリーだぜ」
「その言葉が、信用できると思うか?」
ちょっと芝居っ気を利かせて、バーティは左手を胸に当て、哀れっぽい調子で言った。
「俺たちゃアお尋ね者だ。あんたも知ってるようだが、上の階層じゃ俺らの首にはそれぞれ賞金が懸けられてる。タレ込まれりゃ最後だ。怯え惑う哀れな悪漢どもなのさ、俺たちは。
万に一つも裏切られねェよう、お前らは患者の治療を終えるまでここに留まってもらう。ま、王侯貴族の暮らしをさせて差し上げるってワケにゃ行かねえが、暮らすに当たって不自由させるつもりはねえよ。食料も水もあるんだ。無論のこと盗品だが、何もそれで栄養が落ちたりもしねえしな」
「ゲームを仕切ってるつもりか。気に喰わねえ野郎だぜ、その、妙な帽子も含めてよォ」
ぶつくさ言いながらキャラバは腕を組みかけ――後ろをちらりと振り返り、また両手を上げる。アンジーがコヴを叩き起こし、拳銃を手に戻ってくるのが見えたからだ。
スキンヘッドの大男コヴは、まだユノーの麻酔が残っているらしくおぼつかない足取りで、クロスボウを危うく構えながらアンジーの後ろを歩いてきた。アンジーは目を憎悪に輝かせながらも、兄の手前をはばかってか、手にした拳銃を腰より上には構えなかった。
「まあ、まあ、焦りなさんな。命を救う使命感に燃えてらっしゃるのは誠に結構だが、まずは武装解除が先だ。患者は動けねえんでな。お前らをヘタに引き合わせて人質にでも取られた日にゃ、また愉快な即興演劇の始まりだ。ゾッとしねえや。
コヴ、その娘の籠手を取り上げろ。今度はしくじるな」
鞭の一撃のような声を受け、コヴはぶるぶると頭を振ってぼやける意識を取り戻すと、用心深い歩調でユノーに近寄っていった。ユノーはぐっと眉を吊り上げてコヴを睨んだ――が、今度はその肩をディンゴが掴んだ。
「止せ、ユノー。分かるよな」
アンジーの銃は、ディンゴとユノーにひたりと狙いをつけたまま動かない。バーティの魔導杖も、後ろから彼らの首を狙っている。ユノーは敵どもの顔を数度見比べたのち、歯を食いしばりながら籠手のバンドを外しはじめた。
「近寄らないでよ、あんたらに触られるくらいなら、自分で外すから」
「だとよ。嫌われたなァ、コヴ」
喉の奥で笑いながらバーティは言った。と、その眼がユノーの腕に止まり、大きく見開かれる。
「ほォ、こりゃまた、珍しいもんを入れてるな」
魔導灯の白い光に照らされたユノーの細腕には、茨にも似たとげとげしい紋様が黒く刻まれていた。古代魔術による契約印の刺青、ユノーの魔力の源だ。
「こいつ……兄貴、こいつぁスゲえぜ! 亜人の入れてるような柄だ! なあ、俺もああいうの、入れてみてえんだよな」
無遠慮に刺青を眺めまわし、品のない大声を上げるコヴに、ユノーは強く唇を噛んだ。マントの裾を握った腕に力がこもり、震える。その肩をディンゴは強く抱いた。
「……聞くな、ユノー。構わないでいい」
「言われなくても……構ってないわよ」
低く震える声でユノーは答えた。バーティは葉巻を器用に口の脇に除け、顔の右半分だけで欠伸をした。
「まさか契約印たァな……コヴ、その嬢ちゃんから目をを放すな。そいつァ魔道具なしでも魔術を使うぜ」
「大したこたァ出来ねえよ。ビクビクするない、大の男が」
キャラバがバカにしたような声をかける。コヴとアンジーはたちまち色めきたち、それぞれ手にした武器を上げかけた。が、バーティは鷹揚に手を振ってそれを止めた。キャラバはじろりと2人をねめつけた後、バーティに向かって続ける。
「あの籠手は薬を調合するために使う道具で、治療には必要なもんなんだ。そう何でもかんでも取り上げられちゃ、こっちも治療が出来ねえよ」
「必要になったらその時言え。くれてやらァ。監視付きでな」
バーティは面白くもなさそうに応え、魔導杖でアンジーに合図をする。
「アンジー、今度はお前のお気に入りの、赤毛の若先生だ。よく調べて、武器になるようなもんは全部取り上げろ。見慣れねえもんがあったらとりあえず奪っとけ」
「あいよ、兄貴」
アンジーは頷き、拳銃を手にマントの上からディンゴの体を探りはじめた。たちまち針や糸などの手術用具や、『光のメス』が掴みだされる。奪われていく自分の道具を、ディンゴは悔しげな顔で見送った。




