第54話 ならず者一家
「アンジー、先生はご不快だとさ」
黒帽子の男は薄い唇をわずかに開いて言葉を吐き出し、ついでマッチを擦って葉巻に火をつけた。
「お前の口の利き方が悪いからだ……もっと慎みを持たねえか。それじゃ、嫁のもらい手も見つからねえぞ?」
「うるせェや。ンなもん要るもんかい」
女はキャラバの後ろから顔を突き出し、黒帽子の男に向かって歯を剥いてみせた。
ここに来てキャラバにも女の顔かたちがはっきりと見えた――まだ二十にもならぬ年頃だろうか。顔立ちは悪くないが、乱暴に短く刈り込んだ砂色の髪と狂暴な表情が元々の良さを損なっていた。通った鼻筋と鋭い目、そして痩せた体躯は、黒帽子の男が漂わす雰囲気にどことなく似通ったところがある。
「呆れた娘だ……ま、いろいろ許してくれよ、先生がた。なにぶん下衆の生まれなもんで、こういう歓待の仕方しか知らねえンだ。逆らわないでくれたら、乱暴はしねえと約束するよ。
それにしても……いやはや、ホントに来てくれるたァな」
帽子の男は笑いながら立ち上がり、吊り上げた唇の端から葉巻の煙を吐いた。
「半信半疑だったが、呼んでみるもんだ。あんたらが、紅蓮獅子団だな? デリヴァリー式の医者をやってるっていう?」
「そうだとして、そういうお前らは何者だ? デリヴァリー式医者専門の強盗団でもやってるのか?」
キャラバは両手を挙げたまま、帽子の男を睨み返す。
「もしそうなら、儲からねえから商売を変えろと言ってやるところだ……奪った注射器やらメスやらに興奮するタイプだってんなら、まあ、仕方ねえけどよ」
「あんまり大口叩くと、タメになんないよ。それとも、背中に何が当たってるか分からないくらいニブいわけ?」
アンジーと呼ばれた短髪の女が、銃をぐっと押し付けながら言う。その左手はキャラバの外套を探り、やがて内側のホルスターに差し込まれた魔導杖を探し当てた。
「兄貴、これ……!」
アンジーは息を呑み、コートから抜き出した杖を帽子の男に見せる。キャラバの杖は鈍器としても十分な重さを持つ警棒まがいのシロモノだ。男は口をすぼめ、低く口笛を吹いた。
「お医者さんの割にゃあ、いかつい物持ってんじゃねェのよ、先生」
「野郎に言われたって、ちっとも嬉しくねえ台詞だな」
拳銃が背中へさらに深く食い込むのも構わず、キャラバは肩をすくめた。
「なあ、このバカげたホールドアップはいつまで続くんだ? 俺たちゃあんたらと違って暇じゃねえんだが」
「俺らが安心できるまで、さ」
男は退屈そうに言い、ヤニで茶色く濁った唾を床へ吐いた。
「失礼、空中市場が無くなってからこっち、ろくな葉巻が手に入らなくってね……おい、そっちのガキどもはもう済んだのか、コヴ?」
「こんなガキゃ、どうせ何も出来やしねえよ。手のひらに握り込んで潰しちまえらァ」
コヴと呼ばれたもう1人の男、スキンヘッドに刺青の巨漢は、にやにやと笑いながら答えた。石弓を右手に構え、ユノーの頭を左手でぺたぺたと叩いている。ユノーは大人しく首の後ろで腕を組んでいたが、その青い瞳は爆発寸前という色合いだった。
「なんだ、このガキ……妙に大げさなもんを着けてやがる」
コヴの太い指が、頭の後ろで組んだユノーの腕に触れた。籠手のことを言っているのだ。後ろで同じように腕を組まされ、順番待ちの形で手持ち無沙汰にしていたディンゴは、ふと顔を上げてぎくりとした。籠手には金色のシリンダーが数本、既にセットされているのだ。
(来る時ゃ空っぽだったはずだぞ……ホールドアップされる直前に、マントの下で装填したのか? ……何のために!?)
「おい、ユノー……あれだぞ。無茶なこと考えてるんだったら、いったん落ち着け。向こうは武器を持って、準備して待ち構え……」
が、その言葉を言い終わることは出来なかった。ユノーはやにわに身を翻して独楽のように回転すると、重たい籠手を嵌めた腕でコヴの右手を打った。石弓の狙いが一瞬下へ逸れる。
「この……くそガキが!」
怒り狂ったコヴは罵声と共に右腕を上げ直し、ユノーの顔を狙う――が、引き金に指が懸かる前に、籠手の機構が作動していた。手首の排気口からブドウ粒ほどの白いシャボン玉が放たれ、コヴの鼻先ではじける。
「何だっ、この、こりゃあ……」
叫ぶ声が次第に間延びしていき、表情も呆けたようになっていく。ものの数秒で、コヴの巨体は地面にくずおれた。
「ちょッ……どうしたんだよ、コヴ!」
まだ事態をよく呑み込めないアンジーが、うろたえた声を上げる。その銃口が背中から離れたのを、キャラバは見逃さなかった。大柄な体をバネのようにしならせ、体重を乗せた後ろ蹴りを背後にいる相手の胴へ見舞ったのだ。
「ぐうッ!」
リオンナード・キャラバの後ろ蹴りである。小さめの馬に蹴られるのとあまり変わりはない。体重差も相まって、アンジーは手もなく後ろへ蹴り飛ばされた。
「クソッ……結局こうなるのかよッ!」
ぼやきながらもディンゴは、跳んできた女に駆け寄り、その右手から拳銃をもぎ取った。まだ立ち上がれずにいるアンジーを後ろから羽交い絞めにし、こめかみに銃口を突き付ける。
「こ、この野郎……」
「あんまり騒ぐなよ、面倒くせえから……こちとらただでさえ、騒がしい女をもう一人抱えてんだ」
ディンゴは吐き捨てるように言った――その「騒がしい女」ユノーは既に、倒れたコヴを蹴飛ばしながら駆け出していた。狙いはもちろん、未だ岩に座り込んだまま頬杖をついている帽子男だ。
「食らえッ!」
ユノーの籠手が、帽子の男に狙いを定める。白い煙のシャボン玉が無数に現れ、てんでにバラバラの軌道を描いて帽子の男へと飛んで行く。包囲射撃だ。
――それから起こったことは、あまりに一瞬だったのでキャラバたちはもちろん、当のユノーにすらはっきりとは理解できなかった。
まず、帽子男のポンチョの裾がはためき、中から右腕が鞭のように飛び出した。その手には何かが握られているようだったが、速さのためしかと目には見えなかった。風を切る音でそれと察せられるだけだ。
と、次の瞬間には、ユノーの放ったシャボン玉すべてに異変が起こっていた。パチンコで飛ばされた小石のように帽子男目掛けて飛んでいたシャボン玉の群れが、突如としてぴたりと動きを止めたのだ。それも同時に、一瞬のうちに。
「な……!?」
声を上げたユノーは、締め付けられるような圧迫を両腕に感じて再度驚いた。腕が動かない。見たところなんの異常もないのに、確かに何か存在感を持ったものにがっちりと捕らわれ縛られている。と思うが早いか、ユノーの体はその腕を引っ張られて男の方へと引き寄せられていた。
「きゃッ!?」
「よっ、と……さて、こんなトコか」
飛び込んできたユノーの体を、男は悠々と両腕を広げて抱き止めた。すぐさま両腕を後ろにねじ上げ、右腕に持った何かを振るう。ユノーは、両腕が石膏の塊の中にでも沈んでしまったかのような感覚を味わった。肘のあたりから腕が、完全に固定されている。
「お前さんが最初に来るとはちょっと予想外だったが、まァ、一番持ち運びに便利なのは間違いねえやな。ちょっと落ち着いて話でもしようや、じゃじゃ馬嬢ちゃん」
男は葉巻を揺らしながらにやりと笑うと、右腕に持った何かをゆっくりと振った。
今度はユノーにも、その道具の全貌がつまびらかに見えた。どうやら魔導杖の一種らしい。握りから先端までの長さ自体は肘ほどだが、先端には金属製のキャップが嵌まっており、さらにそこから金属製のリングが縦に連なって幾つもぶら下がっている――鎖だ。装飾を施された鎖が、魔導杖の先から鞭のように垂れている。
鎖が揺れ、金属製の輪が回ると、その軌道がかすかに光を伴って見える。魔力の光だ。
「魔導杖……?」
困惑の中でそう呟くことしか出来ないユノーに代わり、キャラバが徒手のまま男と相対して、落ち着いた口調で言い放った。
「空気を固めたな、風の魔術で」
帽子の男は目を細め、薄い唇を笑みの形に歪めて聞いている。ディンゴとユノーが目をしばたかせる前で、キャラバは更に説明を続けた。
「空気を固めて障壁とし、あるいは石膏ギプスのように相手の手足を束縛する。理屈としちゃユノーの術と変わりないが、奴のァ単純に力が強い。ガラスなみに硬い塊になってやがる」
「ガラスなみに鋭くも出来るぜ、もしもお望みだったらな」
帽子の男はにんまりと笑みを広げ、鎖付きの魔導杖をゆらりと振った。魔力が渦を巻き、ユノーの首筋あたりを撫ぜる。
「まあ、この娘の細首くれえなら一瞬でかっ斬れるだろうな」
「冗談こいてんじゃねェぞ、てめえッ……!」
いきり立つディンゴをよそに、キャラバは何やら考える目つきで帽子の男を見つめた。
「風の魔術に、黒帽子……徒党を組んだならず者……そうか、思い出したぞ。お前らがバッキー一家か!」
「へェ、ご存じとは恐れ入ったね。この階層でも名が知れてるたァ思わなかった。喜んでいいのかどうか」
苦い笑いを漏らし、男は首を振った。ディンゴは銃を持ったまま、訝しげな顔でキャラバと相手の男を交互に見比べる。
「何だおっさん、あいつのこと知ってるのか?」
「個人的なお友達ってンじゃねえさ。ただ、ちょいと上の階層じゃ有名人なんだ」
キャラバは分厚い肩をすくめて答える。
「バッキー・ファミリー。その名の通り、親父と兄弟の家族で冒険者稼業をやってる連中……と言や聞こえはいいが、やってる事ァ外道そのもの。もっぱら同業者殺しやギルド本部への押し込み強盗なんかを生業とし、ほうぼうの階層のギルドから指名手配を受けてる冒険者のクズどもよ。まさか、第10まで降りてきてるとは知らなかったがな」
「おォ、おォ、容赦ないねえ。医者ってえのはそういう生き物なのかい?」
帽子の男は、大仰に哀れっぽい顔をして見せた。葉巻が口の端でぴくぴくと揺れる。
「お察しのとおり、俺たちはバッキー一家さ……俺が長男坊。バルサトリウス・バッキーってえんだが、長ったらしいんで家族はもっぱら“バーティ”と呼ぶ。家族以外の奴ぁ大概、もっとシンプルに“くそ野郎”と呼ぶ――くたばる寸前にな」
男は葉巻を噛みながらくつくつと笑った。キャラバは鼻を鳴らし、睨み返す。
「そうかい、そいつは面白えな、“くそ野郎”バッキーさんよ。で、これから俺らァどうなる? ご高説のとおりにくたばるのか?」
「あんたも、噂通り面白え男らしいな、リオンナード・キャラバ先生」
バーティ・バッキーは血色の悪い舌を出し、上唇をべろりと舐めた。
「あんたこそ、昔は相当な荒くれ冒険者として鳴らしたと聞いてるぜ。世代こそズレるが、俺ァあんたに敬意を持ってるんだ。敵意じゃなく、な。そんなあんたにこういう条件を突き付けるのァ、何とも申し訳なくて気が引けるんだが……ま、聞いてくんな。
大人しくして、武器を全て捨てろ。患者を一人診てもらいてェ。無論他言は無用、ギルドへの通報もナシだ。出来ねえってんなら皆殺し。見事患者の命を救ってのけたなら、その時の報酬はてめえらの命。どうだ、単純明快でシビれる条件だろ?」
バーティは葉巻の煙を吹き出しながら、さもおかしそうに大口を開けて笑った。




