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第18話 腕を売らねえか?

 キャラバはすぼめた唇の間からひゅうッと息を吐いた。


 外界の王立アカデミーは、基本的に王族・貴族のための教育施設である。入学金やら授業料やらは当然それなりの金額になってくる。その上に長時間の講義があるため、まともに働きながら学業を続けるというのも難しい。平民が入ろうと思ったら、それ相応の蓄えが要るのだ。


「カネが要るのは、まあ分かった。しかし外界からはるばるこんな穴倉くんだりまで、わざわざ来なくたって良さそうなもんだがな」


「手っ取り早くひと山当てるなら『冒険』だって、事あるごとにみんな言ってたからな。いつかまとまったカネが出来たら、深層で宝探しをやるんだって」


 ディンゴの言葉に、キャラバは思わず苦笑いを浮かべた。


「随分とまあ、夢見がちなことを言ってくれるな。『そとびと』ってやつはよ」


 大竪穴に眠る太古の財宝と手付かずの土地は、外王国にとっては掘りつくせぬ金鉱のようなものであった。熱に当てられ欲に駆られて、冒険者や開拓者として身ひとつで大竪穴に移住してくる外界人も依然として多い。そういった連中の大半が実際どんな暮らしをしているか、大竪穴で人生の半分以上を過ごしたキャラバはよく知っていた。


「夢の国なんてのァ文字通り夢ん中だけにあるもんだ。そうそう都合よくカネの湧き出す泉なんて、ありゃしねえぜ」


「分かってるさ――分からされたよ、この半年間で」


半ば諦めたような顔で、ディンゴは両腕を広げてみせた。


「そりゃ俺だって、大竪穴に降りりゃすぐそこらに財宝が転がってるとか、カネが湧き出てるとか思ってたわけじゃねえよ。でも、外科の腕にはそれなりに自信があったし、腕さえ確かなら割のいい仕事は見つかるだろうと思ってはいた。何しろこんだけ景気がいいんだからな。


 しかし甘かった。大甘だったな。最初はもっと浅い、第7とか第8とかの大隧道で仕事の口を探したんだが、冒険者街での医者仕事はギルドにがっちり握られてて、手の出しようがなかった。何の後ろ盾もない、アカデミーの終了証も持ってない若造のしろうと医者が、医療ギルドに入れてもらえるはずもねえ。


 仕方ないからちょっとの間はモグリで遺跡周りを流し歩いて、通りがかるパーティに仕事をせびってたが、すぐギルドに見つかって追い出されちまった。そんなことを繰り返すうちにだんだん上の階層に居づらくなってきて、下へ降りていかざるを得なくなり……で、とうとうこんなとこまで来ちまったって次第さ」


「なんだ、上でも追いはぎやってたわけじゃねえんだな」


 キャラバが言うと、ディンゴは軽く頷いた。


「ギルドに加入しちゃいねえけど、一応は「まともな」医者やってたんだ。だが、流石にこの第10大隧道に着いた時にゃ、考えを改めたよ。


 上での生活は失敗続きだったが、それでも俺は失敗から学んだ。ギルドの目が届くところで連中のメシの種を盗んだら、そりゃ叩きのめされるに決まってる。だから遺跡の中にアジトを置いて、うるさい奴らの目に触れないように盗むことにした。


 医療ギルドはあくまで医者の作ったギルドだ。医者を冒険に派遣はするものの、職業冒険者ってわけじゃない。冒険者の縄張りである遺跡の中までは、そうそう見張れるもんじゃない。

 加えて、医者じゃなく『遺跡でたまたま通りがかった医術の心得のある男』として治療をするなら、一応ギルドの法に対しても言い訳は立つ。それがダメとなると、冒険者が仲間を助けるのもダメってことになっちまうからな。もちろん単なる屁理屈だけど、少なくとも大掛かりな取り締まりをやろうって動きには出にくいだろう。


 ただ、それだけじゃ患者の数はこなせないから、その分一人当たりに対してちょっとばかし『追加の報酬』ってやつも頂くが……」


「それが『追いはぎ』ってワケか」


 キャラバは片目をすがめ、咎めるように舌をチョッチョッと鳴らした。


「イケねえな、犯罪者が自分を正当化するのァ」


 『犯罪者』という言葉を聞いて、ディンゴの両目からスッと光が消えた。鋭い目でキャラバを見据えながら、右手は無意識のうちに自分の『光のメス』を手探りしている。


「『犯罪者』か……そういや、まだ聞いてなかったな。

 あんた、こうして俺を遺跡から引っ張り出して、これからどうするつもりだ? 医療ギルドに引き渡そうってのか? その気なら……」


「まァた狂犬に逆戻りかよ。まあ落ち着け、若いの」


 キャラバはうんざり顔で両手を挙げ、椅子に深くもたれた。


「言ったはずだぞ、忘れたのか? 俺はギルドの手先じゃねえって……だがまあ、確かにそこは説明しといたほうがいいな」


 キャラバはふと目元を引き締め、ぐっと身を前に乗り出してディンゴと正対した。


「いいかディンゴ、俺は何も慈善事業がしたくてお前さんを助けたわけじゃねえ。と言ってギルドやらどこやらの依頼で動いてるわけでもねえし、無論のこと非行防止キャンペーンの一環で青少年と対話しに来たってわけでもねえ。ま、そりゃ、見ればわかるだろうがな。

 前にも言ったがこりゃあビジネスなんだ、ディンゴ。お前の腕を買いてえ。俺たちの『闘う医師団』にな」


「闘う、か。遺跡でも言ってたな」


 ディンゴは窓の方へ顔をそむけながら、気のない様子で呟いた。


「医者が闘えるからって、何だってんだ? 医者だけのパーティなんて、組んだって仕方ねえだろう」


「いいや、何も冒険やろうってんじゃねェや」


 含み笑いの混じったキャラバの声に、ディンゴは少々気を引かれて耳をそばだてた。顔だけは相変わらず、窓枠を興味深げに見ている風を装っていたが。


「俺の計画というのは、だな。迷宮の中で遭難した連中を助ける、それだけを仕事にした医師団ってのを作ることなんだ。遺跡の深みで重傷を負って医者もいねえって時でも、ちょいと呼び鈴鳴らしゃあ駆けつけて、たちどころに治してくれるっていう……」


「バカげてらァ!」


 思わずディンゴは吐き捨てた。


「そりゃ俺は外界育ちで、深層のことはよく知らねえけどよ。遺跡の『深み』がそんな甘い場所じゃねえくらい分かる。現についこの前だって、ちょっと入り込んだ程度のところであんな化け物蜘蛛が出てきたじゃねえか。

 命をチップに賭け事やって一山当てようって命知らずならともかく、他人を助けようなんてお節介で潜り込むなんて、正気の沙汰じゃねえよ」


「だが、俺たちは生きて帰ったぜ。少なくとも、この間はな」


 キャラバは軽く肩をすくめ、椅子から身を乗り出して大きな手のひらを波打たせ、何か握ろうとするかのように動かした。


「今の冒険者は、大パーティですら治癒魔導士を一人連れていくかいかないかってところだ。まあ最低限じゃあるが、あらゆる事態に対応できる人数ってわけじゃねえ。

 しかもこの治癒魔導士を回してるのは医療ギルドだ。医者同士が寄り集まって作った同業者組合――業界の利益を守り、医療技術の水準を保つのがその目的だったが、いかんせん力をつけすぎた。冒険者ギルドが分裂して弱体化したもんだから、抑えつける奴がいねえ。


 遺跡の深層において、医療技術はパーティの命を左右する。命が惜しかったら医者を連れていく他はねえし、医者もいないパーティに冒険者は集まらねえ。となりゃ、医者の腕につく値段はいくらでも吊り上げられる。言い値で「商品」が売れるんだから、わざわざ品質を磨く必要もねえ。技術の発展は止まったまま、腕の水準は落ちる一方だ」


 キャラバはがっしりとした顎を撫で、鼻から太い息を吐きだした。


「本で読んだ知識を詰め込んだだけの医者について、お前さん色々と言ってたな。こっちじゃその逆さ。大竪穴にゃ王立アカデミーもなけりゃ、それに似たものさえ無い。第3大隧道に考古学アカデミーの研究所があるにゃあるが、ありゃ古代の遺物をひねくり回すとこだしな。医者の面倒まで見ちゃくれねえ。


 だからこっちの医者は、自分の手で覚えた切り刻み術には長けてるが、それ以外のところはからっきしだ。自分の手の届かねえところには手を伸ばしてみようともしねえ。外界で新しい技術が開発されようとも、自分の殻に引っ籠もってぬくぬくとしてやがる。

 お前さんが外界の医療にムカついてるのと同じく、大竪穴の医療にムカついてる奴ってのも大勢いるのさ。俺もその一人だ」


 今度は、ディンゴが相手の勢いに呑まれて押し黙る番だった。聞かされた話は突拍子もないが、キャラバの顔に冗談を言っているような雰囲気は全く無かった。


「……だから、ギルドの向こうを張ろうってのか? 医療ギルドの作った派遣医師制度の柵を越えて、遺跡の中で勝手に患者を治しまくろうって……」


 ディンゴがようやくおずおずと言うと、キャラバは大きく指を鳴らした。


「そう! そう、そう、そういうことよ。呑み込み早いね、どうも」


 豪快な笑みをぎらぎらと輝かせ、キャラバはしきりに頷く。


「だから冒険者にも頼らず、もちろんギルドに入ることもなく、自分たちだけで遺跡に入って治療を行う。そうじゃなくっちゃいけねえんだよ。短いとはいえ大竪穴の暮らしを味わったお前さんだ、その大変さは分かるだろう。生半可な奴には務まらねえ仕事だ。


 で、その『生半可じゃない奴』として、俺はお前さんを見込んでるんだよ。どうだ、ディンゴ・アールメール。俺たちに腕を売らねえか」

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