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第11話 迷宮の緊急手術

 アラムとユノーがクレイジースミスと睨みあっている間に、キャラバは折り畳み式のスタンドを手早く展開し、地面に立てた。頂点に括りつけられた魔導灯の向きを調節し、白く強い光が傷口を照らすようにする。

 その後キャラバは、荷物から妙なものを出してきた。ガラス急に幅広の笠がついたような魔道具だ。一見するとランプに見えるが、傘が妙に大きいし、それに対してホヤは幾分小さすぎる。『追いはぎ医者』が怪訝そうな顔で見ていると、キャラバが気づき、したり気な笑みを浮かべた。


「無風ランプが珍しいか?」


「無風……何だって?」


「ああ、説明するより見る方が早ぇや。ちょっと待ってな」


 言いながらキャラバが「ランプ」のつまみを捻ると、ホヤの中の魔道具が若芽色の光を放った。と、ガラス球の中からそよ風がふわりと吹きだし、笠に沿って空気の塊が広がっていった。生暖かい風が頬を撫でていく感触に、『追いはぎ医者』は眼をしばたいた。


「何だ、今のは……」


「風の魔力が溜めてあるんだ」


 キャラバは言い、続けて「ランプ」のつまみを操作した。そよ風は止まり、ランプの光も収まった。ただ、笠の端からはほんのわずか、光輪のように緑の光がこぼれている。


「風の塊を作り出して、埃まみれの空気を押しのけた。ユノーが作ってた煙のシャボン玉、見たろ? サイズはこっちの方がだいぶデカいが、理屈はアレと同じだ。そのあとで、キレイな空気が逃げ出さないようにここら一帯を風の膜で覆ってるんだ。この笠ンとこから、薄いカーテンみてえに風が吹き出して、ここらの空気と外の空気を球の形に遮断してるわけだな。言ってみりゃ、即席の見えない手術室だ」


 なるほど、よくよく目を凝らすと、ランプを中心に数歩分の半径を持った球状の光の膜が出来ている。ほとんど透明だが、透かして見る外の風景はわずかに緑色がかり、膜が揺れるごとにふわふわと歪んでいた。


「へェ……深層じゃ、こんなもんを使って手術をするのか」


 『追いはぎ医者』は思わず無邪気に感嘆の声を漏らした。


「いやァ、そういうわけでもねェんだがよ」


 患者の服を脱がしにかかりながら、キャラバは答えた。


「珍しいか、なんて聞いたが、珍しいのは当たり前だ。こいつは俺が工夫してこしらえたもんだからな。ヨソにはねえ」


「あんたが?」


 目を丸くする『追いはぎ医者』に、キャラバは持ち前の豪快な笑みを見せた。


「なんだ、俺がそういうことしちゃおかしいか?

 お前さんのソレ、「光のメス」だってそうだろう。こういう修羅場で仕事する医者は、色々自分で考えなきゃならんのさ……さ、無駄話は終わりだ。こっち来て手伝ってくれ。お前さんだって、自分の患者は気になるだろう」


「……いちいち指図するんじゃねえよ」


 憎まれ口を叩きながらも、『追いはぎ医者』は手術台に歩み寄り、キャラバの脇に控えた。キャラバは頷き、患者のそばに身を屈めるザインへ目線を移した。


「容体に変化はあるか、ザイン?」


「心拍が徐々に弱ってきていますね。定期的に血流を促進して、血圧の低下は防いでいますが……手術に耐えられるかどうか、ギリギリというところでしょう」


「そうか……まあ、何とかもたせてくれ」


 キャラバは呻くように言った。


「開けてみねえことにはどうなってるのかも分からんが……位置からして、処置できねえようなことにはなってねえはずだ。あとは矢を抜いて、破れた血管を縫合する時間だけが欲しい。とりあえず血流に気をつけて、血圧が下がりすぎるようなら一旦手術を止めて強心魔術をかけてくれ」


 キャラバは指示を出しながら手術用具の入ったカバンを取り出し、手術台の横に置いた。

 平らに開いたカバンを金具で橇に据え付けると、そのまま手術用具置きの台の役割を果たす。内部のホルダーには、魔導合金の刃に骨製の柄がついたメスがずらりと並んでいた。


 キャラバは用具置きの中から大ぶりなナイフを一本選び出すと、それを逆手に握って患者の肩あたりで2,3度引っ掻くような動きをした。と、繊維の切れる軽い音とともに、患者の着ていた冒険者風の上着が破け、患部の皮膚が丸く露出した。


 軽装の魔導士とはいえ、冒険者の着る上着である。そうヤワな材質ではない。魔物の爪程度ならば多少は防いでくれる、頑丈なつくりだ。それをほんの数回刃を入れただけで、必要な部分だけを的確に引き裂いてのける――相当の技術と経験が窺われる手わざだ。

 思わず見入っていた『追いはぎ医者』に、キャラバは顔も動かさず指示を出した。


「『追いはぎ』の兄ちゃん、そこのカバンの中にクリップがあるだろう。そいつで矢を固定しといてくれ。固定用のフックが担架の端に出てるだろ、分かるか?」


「だ、だから、指図されるいわれはねェっての!」


 『追いはぎ医者』は雑念を振り払うかのように首を振ると、キャラバを押しのけて自分の魔導杖をかざしながら前へ出た。魔力の光がゆっくりと刃を形作ってゆく。


「元々俺の患者だ。俺ひとりでカタをつけられる……」


「待てって、慌てもんが!」


 「光のメス」が患者に触れる前に、キャラバは大きな手で素早く『追いはぎ医者』の手首を捕らえ、ねじ上げた。赤毛の青年はマスクの下の口から押し殺した呻き声を漏らす。


「この……ツ」


「お前さん、一人っきりでやってるうちはそれでもよかったかも知れねえがなァ」


 歯噛みする『追いはぎ医者』に、キャラバはわざとのんびりした口調で語りかけた。


「ここまで複雑な状況、複雑な手術になってきたら、それ相応のやり方ってのも学ばなきゃならねえぞ。ま、見ててみな」


 言いながらキャラバは、握った手をゆっくりと動かし、患者の肩口近くまでそっと持って行った――と、皮膚から指一本分くらいのところで、光の刃が突然何かに突き当たったかのように跳ね返り、火花を散らす。


「……!?」


 それに伴い、魔力の反発作用で弾かれた右手は顔の高さまで跳ね上がった。目をぱちくりさせる『追いはぎ医者』に、キャラバは静かな口調で語って聞かせた。


「今、患者の身体には微弱な水の魔力が還流している。ザインが処置を続けてるからだ。患者の血流を常に監視し、保ち続けるためにな。表に出ている出血がなくとも、血液が体内に流れ出て血管を流れる血の量が不足すれば、血管は縮んで塞がっちまうおそれがある。


 患者の容体が予断を許さない状況で、常に魔道具を使ったモニタリングが絶やせない場合ってのは、使う魔道具の組み合わせをよーく考えなきゃならないんだ。魔力ってのはお互い同士で反発するからな。手術中に創内でああいう反発が起こってたら、どうなってたと思う?」


「……」


 『追いはぎ医者』は返す言葉もなく黙り込んだ。キャラバが掴んでいた手首を放しても、杖を握った右手は力なく下に垂れるだけだった。キャラバは低く鼻を鳴らし、傍らのメスを一本取り上げた。


「ま、そうショゲかえることもねえやな。お前さんの出番が無いってわけじゃねえ。まあ聞け。

 血管の損傷個所までの切開は俺がやる。まずは傷を広げねえと矢も抜けねえし、損傷の具合も知りたいからな。で、矢を引っこ抜いたら、そっからがお前さんの勝負だ。


 おそらく今、体ン中じゃ刺さった矢が栓の役割をして血をせき止めている状態だ。磁力で引きずり回されて多少周囲の組織が傷ついたが、直ちに命が危なくなるような出血には至ってねえ。だが、切開して矢を引っこ抜けば否が応でも血が流れはじめる。そうなったら時間との勝負だ。

 腋窩動脈にまでメスが到達したら、そっからお前さんと交代だ」


 キャラバは顔を上げ、黒い瞳でまっすぐに『追いはぎ医者』を見据えた。


「勝手ながら、お前さんのことは幾らか調べさせてもらった。手がけた患者も何人か診察して、腕前は分かっている。それだからこそ頼むんだ。

 お前さんの『光のメス』なら、出血を最小限に留めて組織を焼き切れるハズだ。大出血する前に動脈を焼き固めて止血し縫合、ならびに汚損した組織を切除して……それから……まあ、とにかく全部やって縫い合わせてシメと、そういうわけだ」


「……そんな雑な指示があるかよ」


 『追いはぎ医者』は顔を上げ、ぼそりと答えた。その手がカバンの方へ伸び、銀色のクリップを掴みだすのを見て、キャラバの唇がマスクの下でわずかに上がった。


「『指示』を受けることについては、別に異存はないんだな?」


「うるせェな。ニヤついてないで、さっさと始めろよ」


 『追いはぎ医者』は矢の先端をクリップで固定しながら、低い声で応えた。キャラバはザインと意味ありげな視線を見かわしたのち、やおら表情を引き締めてメスを握りなおした。


「それじゃ、かかるとするか……ザイン、できれば血圧はなるべく低く保っといてくれ。血の巡りが止まっちまわねえ程度にな」


「心得ていますよ、キャラバさん」


 ザインは覆面を揺らして頷き、刺青の入った太い両腕を患者の身体にかざした。


「もしもの場合を計算に入れても、魔力にはまだ余裕があります。こちらの方は、心配無用です」


「そりゃ有り難いが、そうノンビリもしてられねえ。戦闘を、アラムとユノーに任せちまってるからな。何しろ相手が相手だ、そう長いことはもたせられねえだろ。とっととこっちを片付けて逃げ出さねえと……」


 と、キャラバがメスの刃を患者の肌に立てようとした瞬間だった。


「ちょっ……どいてどいてェ!」


 素っ頓狂な声とともに、無風ランプから広がる風の壁が破れ、何やら大きなものが床を跳ねるようにして転がってきた。キャラバは慌ててメスを置き、左腕を伸ばしてその「何か」を受け止める。


「あ……ッぶねえなあ! こっちゃ刃物持ってんだぞ!」


「いや、悪い。こっちもぶつかりたくてぶつかったわけじゃないんだけどね」


 飛んできたもの――アラムは、でんぐり返った体勢でキャラバに抱きかかえられながら呟くように答えた。


「石膏で固めたらちょっとは時間が稼げるかと思ったんだけどさ……弾き飛ばされちまった。あっちも大地の魔力を操るんだもんね。いや、正面から魔力の比べっこなんてするもんじゃないや。

 で、どれくらい進んだ? あとどれくらいで終わる?」


 腕の中で身を起こし、手術台をヒョイと覗き込んでくるアラムに、キャラバは思わず眉をひそめた。


「いや、そりゃお前、アレだよ。今まさに佳境に入らんとするというか……」


 言い訳じみた口調のキャラバをよそに、アラムは並べられた手術器具と、半ば驚き半ば呆れの表情でこちらを見つめる『追いはぎ医者』を交互に眺めた。


「……私の眼には『つい今しがた取り掛かったところです』って感じに見えるけどね」


「だあッ! 仕方ねえだろうが! 実際ついさっき取り掛かったとこなんだから! お前が来るのが早すぎンだよ!」


「そうかね? 私はまた、半日くらい闘ってたような気がしてたけど……そうか、そんなもんか。疲れちゃったな、しかし」


「言ってる場合か! ほらっ、来てるぞ!」


 キャラバが珍しく狼狽えた声を上げる。その言葉の通り、アラムの吹っ飛んできた方からけたたましい金属音が近寄ってきた。迷宮の闇の中に青白い渦巻き模様がきらめく。クレイジースミスが獲物を目指し近づいてきたのだ。

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