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【7】










「最後はアニカさんですね」


 ヨナスがエルシェが何か言う前に言った。エルシェがうなずく。


「その通りよ」


 案内してくれる? と言うと、ヨナスは最後の一人の元へ喜んで案内してくれた。微妙に気合の入り方が違う気がするのは気のせいだろうか。

 先の二人と同じく、三人目の少女アニカは突然訪問してきたエルシェに驚きながらも中に入れてくれた。

「突然ごめんなさいね」

「いえ……むしろ、御足労いただき、すみません……」

 なんというか、腰の低そうな少女だ。エフェリーンやミナと同じ色の髪や瞳をしているが、中身は全然違う。当たり前だけど。

 前の二人が気が強かったり、気丈だったりしたので、アニカは少し気が弱そうに見えた。エルシェは怖がらせないように微笑む。美人でも気が強そうでもない普通の顔立ちである彼女は、こういう時は有利だなぁと思う。

「初めまして。クラウスヴェイク公国公女、エルシェ・ファン・デル・クラウスヴェイクよ」

「あ……はい。私はアニカと申します。お世話になっております」

 と、少々丁寧すぎるほどに深く、彼女は頭を下げた。むしろエルシェの方が戸惑うくらいだった。

「頭をあげて。少しお話しましょう」

 そう言うと、アニカは頭をあげたが、やはり緊張の面持ちだ。いや、ミナも緊張していたが、その比ではない。そわそわして、落ち着きが見られなかった。

「いくつか質問するわね。まず、ご両親のことは覚えてる?」

「い、いいえ」

 簡潔にアニカが答えた。これは三人とも同じ返答だった。まあ、一歳になるかならないかくらいで一人になったのなら、覚えていなくても不思議はない。エルシェは結局三人とも同じ答えだったな、と微笑む。

「それから、あなたは雑貨屋のご主人に育てられたそうね。どんな暮らしをしていたか、教えてくれる?」

「ええ……構いませんが」

 アニカは少し不思議そうにしながらも、先の二人と同じく答えてくれた。

「あたしは、雑貨屋の前に捨てられていたそうです。それから、雑貨屋のご主人夫婦に育てられました。最近は、店番とかも手伝っていて」

 と、彼女は懐かしむように言った。ここに連れてこられてから、さほど時間は経っていないだろうが、今までと住む世界が違いすぎるのだろう。


「あの。確かにあたしはアンドリース大公閣下の娘様の要件を満たしているかもしれませんが……あたしだけは違います。きっと、ミナさんかエフェリーンさんのどちらかが娘さんです」


 きっと、懐かしい雑貨屋に帰りたいのだろう。エフェリーンの経歴は多少変わっているが、三人とも、孤児としては妥当な人生を歩んできている。エルシェはあっさりと立ち上がった。

「お話、ありがとう。今日はこれで失礼するわ」

「えっと、もうよろしいのですか?」

「ええ。またお話を聞くこともあるだろうけど」

「あ、はい……」

 緊張気味にアニカがうなずいた。立ち去りかけたエルシェは、忘れていたことに気付いて振り返った。

「ごめんなさい。戻る前に、眼を見せてもらってもいい?」

「め? 眼?」

 とアニカが自分の目元を示す。エルシェは「うん。その眼」とうなずいた。エルシェが突飛なことを言うので、これに関しても全員同じ反応だ。

「構いませんが……」

「ありがとう」

 エルシェは礼を言うと、先の二人と同じようにアニカの顎に指をかけて上向かせ、その明るい青灰色の瞳を覗き込んだ。じっと観察するように見つめていると、気恥ずかしくなったかアニカが少し視線を逸らした。エルシェは苦笑いを浮かべて顎から手を放す。

「ありがとう。ごめんなさいね。緊張したわね」

 冷や汗をかいているアニカに、エルシェは言った。やや気が小さいのかもしれない。この子は。きっと、彼女がたとえ公女であったとしても、社交界がすべてともいえるこの世界で生きていくことは難しいかもしれない。


「それで、わかりましたか?」


 ヨナスが興味津々に尋ねてきた。エルシェは苦笑を浮かべた。

「さあね。どうかしら」

 そう言ってはぐらかしたが、エルシェの中ではすでに答えが出かかっている。だが、それを口にしなかった。もう少し調べるつもりなのだ。

「もう少し、三人の周囲の話も聞いてみようかしら」

「了解です。お供します」

「ありがとう」

 エルシェは微笑み、ヨナスに礼を言った。エルシェはその足でシルフィアの元へ向かった。

「悪いけどヨナス。ちょっと待っててね」

「はい」

 シルフィアの執務室の前で、エルシェはヨナスを待たせると、部屋の中に入った。中ではシルフィアが一人で仕事をしていた。


「臨月の妊婦さんが一人きりで仕事をするのは感心しないんだけど」

「どこかのお姫様が素直に大公になってくれないんだもの。仕方がないわ」


 シルフィアはしれっとそんなことを言った。やはり、シルフィアはエルシェが逃げたと言うことに気付いているのだろう。しかし、指摘したのはそこではない。

「一人でいるときに陣痛が起きたらどうするの、ってことよ」

「自力で医務室へ行くわよ」

 平然とした答えにエルシェは一瞬言葉に詰まる。

「……あなただから無理だと完全に否定できないけど、普通は無理だと思うわよ?」

 ここにきて、初めてシルフィアは書類から顔をあげた。シルフィアは微笑み、立ち上がった。

「わかってるわ、大丈夫よ。そんなに心配なら、女性の護衛を一人つけてもらおうかしら」

「その方がいいと思うわよ」

 エルシェは少しほっとしてソファに腰かける。シルフィアも向かい側に腰かけた。

「お茶でも用意したいところだけど……」

「それはいいわ。妊婦さんに用意させるほどわたくし、偉ぶってないつもりよ」

 正直、話を聞きに行った三人の少女のところでいいだけ飲んできたので、もういい、というのもある。シルフィアは肩をすくめた。

「そう? なら出さないから」

 シルフィアは相手が公女だろうが遠慮がない。エルシェは、シルフィアのそう言うところが好きだ。


「三人に会ってきたわ」

「そう。どうだった?」


 シルフィアが驚きもせず結果を聞いてきた。おそらく、彼女はエルシェがエフェリーンたち三人に話を聞きに行くことも想定済みだったのだろう。

「もう少し裏付けをとってからね」

「っていうと言うことは、もうほとんど確信があるんでしょ」

 と、シルフィアが楽しそうに言った。エルシェは微笑む。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわよ」

 そう言って、エルシェはぐっと伸びをした。


「まあ、今はうまく回っているし、さほど急がないでしょう? 気長にやるわ。それに、実際にお兄様の娘を見つけたとして、その子をどうするかも考えなきゃいけないでしょ?」


 アンドリースの子だとして、果たしてその娘を大公にするのか? おそらく、国民はアンドリースの子よりエルシェを支持する。シルフィアもそう思っている。そして、シルフィアはおそらく、エルシェが大公になることを望んでいる。

 エルシェは少し考え、シルフィアに言った。

「ねえ。おなか触らせてよ」

「また? いいけど」

 シルフィアは微笑んでうなずいたので、エルシェは立ち上がってシルフィアのおなかを撫でた。元気な子なのか、というか、シルフィアとファビアンの子が元気でないはずがないが、シルフィアの腹を内側から蹴りつけている。それは、彼女の腹に触れているエルシェにも伝わった。

「男の子かしら、女の子かしら」

「どちらでも構わないわねって、ファビアンとは話しているのだけど」

「……そうね。どちらでも構わないわね。きっと、どちらでも可愛くて頭が良くて勇敢な子になるでしょう」

 と、エルシェは言った。微笑んだまま息を吐いて、シルフィアの腹から手を放す。

「わたくしではなくて、あなたが大公家の人間だったのならよかったのにね」

「そう? 私はそう思わないわ」

 シルフィアはエルシェの手を取って言った。

「私は、確かに頭がいいわね。それは、自分でも自覚するところよ。でも、大公になるには頭がいいだけではだめなの。他にも、必要なものがたくさんある。それらをかんがみた時、私は君主になれる器量ではないわ」

「……でも、わたくしにはそれがあると?」

「ええ、まあ。私はそう思うわね」

 とシルフィアはにっこり笑った。軽くエルシェの手をたたく。

「ま、最後に決めるのはいつでもあなた。アンドリース大公の娘探しも押し付けて悪いけど、ちゃんと考えておくのよ」

「……むしろ、こっちの方が本命でしょうに……」

 思わずすねるように言うと、シルフィアは笑ってエルシェの頬を撫でた。


「ねえエルシェ様。あのころは、楽しかったわね」


 あの頃。今から約五年前。公都を取り返そうと立ち上がったころ。エルシェは目を閉じた。

「……そうね」

 苦しい思い出も多い。何故自分はこんなところに来てしまったのだろうと思ったこともあった。でも、みんながそばにいてくれて、助けてくれた。あの思い出が、今のエルシェを形作っている。

「いつまでもあの時のままでいられるとよかったのにね」

「……うん」

 あの頃のままエルシェも子供でいられたらよかった。だけど、それは許されなかった。


 やっぱり覚悟を決めるべきなのだろうか。


 まだ時間はある。エルシェはそう思って、答えを先延ばしにすることにした。


 だが、先延ばしに出来ないこともある。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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