【13】
皇帝が亡くなった。選帝侯会議が開かれる。
それはつまり、早急に大公の戴冠式を行わなければならないと言うことを意味する。
念のためエルシェも皇帝の崩御について確認したが、どうやら事実で選帝侯会議が開かれるのも確かのようだ。
エルシェに決断するように迫っている。そんな気がした。実際、決断を迫られている。しかし、もう結論は決まっていると言ってもいい。
シルフィアとドリューネン侯爵は、事前に戴冠式の用意を進めていたらしい。もちろん、エルシェが戴冠することを見越してだ。まさか、本当にアンドリースの子だったとしても、十五歳の、君主としての教育を受けていない少女に大公位を任せるわけにはいかない。最初から、エルシェが大公になることは決まっていた。あとは、エルシェの覚悟が決まるのを待つだけであったのだ。
「わかっていたけど、初めから決まりきっていたと言うことね」
エルシェはため息をついたが、大丈夫。わかっているつもりだ。四年前、逃げた分がそのままそっくり戻ってきただけ。
前回選帝侯会議が開かれたのは今から十二年前。当時は父ユドークスが大公で、彼が選帝侯会議に出席した。エルシェもおぼろげに覚えている。
十二年前に選出された皇帝は、当時二十代後半だったはずで、つまり四十歳前後で突如崩御したことになる。ユドークスの例もあるので、世の中一体何が起こるかわからないと言うことだ。
何を言っても、クラウスヴェイク大公が選帝侯会議が開かれるのは変わらない。エルシェは覚悟を決めた。
「みなさん忙しいのに、集まっていただいて感謝するわ」
議場の中央を進みながら、エルシェは集まった議員たちにそう告げた。そのまま玉座の方に進んでいく。
「先延ばしにしていてごめんなさい。結論が出たわ」
玉座の前まで来たエルシェは振り返ると、そのまま玉座に腰かけた。
「今、この場で出席議員の三分の二以上の同意を得られるのであれば、わたくしが第二十七代クラウスヴェイク大公となります。異論がある方は」
エルシェは議場を見渡したが、挙手するものはいなかった。規模の小さな国である。議員数はもともと百名をきっている。
「……わたくしは四年前、叔父ヘンドリックを追い落としながら、兄アンドリースに大公の仕事を押し付けて逃げた。そんなわたくしでも、あなたたちの大公になっても良いと言うのね」
「戻ってきてくださったことを感謝いたします」
ドリューネン侯爵が言った。彼は最前列にいた。ちなみに、シルフィアは不在だ。彼女は出産翌日なのでエルシェが出なくてよいと言ったのだ。本人は不本意そうだったが。
誰も異論を唱えなかった。そもそも、エルシェが大公にならなかったとしたら、他に誰がやるというのか。
「みなさん、ありがとう」
エルシェが頭を下げた。ここに、クラウスヴェイク公国第二十七代大公が誕生した。
続いて、城に上がっている三人の処分である。エルシェはある程度決めていた。
「さて。エフェリーン、ミナ、アニカ。あなたたち三人の中に、先代大公アンドリース公の娘はいないという結論になりました」
ドリューネン侯爵と同じく、最前列にいる三人を一人一人見つめ、エルシェは微笑んだ。
「あなた方三人は、わたくしたちの都合でこの城に連れてこられた。あなた方はどうしたいかしら。必要であれば、わたくしが手を貸しましょう」
三人はお互いに顔を見合わせていた。それからエフェリーンが代表して口を開く。
「大公陛下の仰せに従います」
「……いいのね?」
「はい」
エルシェは十五歳の少女たちをじっと見つめた。やはり、エルシェが同じくらいの年ごろだったときと比べてかなりしっかりしている気がした。
「ならば、全員、元の生活に戻ることを推奨します。協力していただいたお礼に、そうね。この城で使用していた服飾品等は持ち帰ってよいことにします。もちろん、いらなければ置いていっても構わないわ」
ドレスも宝飾品も、売ればそれなりのお金になる。下手に報奨金などを出すよりはいいと思ったのだ。何なら自分で使ってもいいし。
「ありがとうございます」
三人が声をそろえた。エルシェはそんな三人を見て最後に付け加えた。
「良ければ、三人とも戴冠式に出席してもらえるとうれしいわ」
戴冠式は二日後。こちらも、面倒なら出なくても良い。
ここで、会議はお開きとなった。
△
「エルシェ様」
「ん? ああ、ヴィル。お疲れ様」
会議後、エルシェは自分を追ってくるヴィルヘルムスを見て微笑んだ。少し立ち止まり、彼が追い付いてから再び歩き出す。
「一つ、聞きたいのですが」
「何かしら」
エルシェが小首をかしげると、ヴィルヘルムスは尋ねた。
「あの三人の中に、本当にアンドリース大公の子はいなかったのですか」
さすがに鋭いな、と思った。シルフィアのやり方をずっと見ていただけある。基本的に、エルシェはシルフィアと手口が似ているのである。
「ヴィルはどう思う?」
「……そう言うところ、シルフィアによく似ていますね」
「弟子だからね」
ふふっとエルシェが笑う。ヴィルヘルムスは追及をあきらめたようだ。
実は、エルシェは嘘をついた。あの三人の中で、一人、兄の娘かもしれない、思った子がいたのだ。しかし、エルシェはその子も含めて全員を『違う』といった。これが嘘。
エルシェがおそらくそうだろう、と思っただけでは確固たる証拠にはならない。証拠がないのであれば、城下でかつてと同じように暮らしていく方が幸せなのではないかとエルシェは思う。
何が正しいかなんてわからない。だが、進むしかない。できるだけ、正しい方へ進みたいと思うけど。
戴冠式もつつがなく終了した。来てくれないかと思ったのだが、エフェリーンたち三人は列席してくれた。戴冠式が終了してから、この三人は帰ることにしていたようだ。
「お世話になりました」
エフェリーンが上品に、ミナが丁寧に、アニカがぎこちなく礼をとる。戴冠式用のドレスから着替えたエルシェは礼をする三人に対して、少し膝を折った。
「こちらこそ、ありがとうございました」
大公となった女性からの謝辞に、ミナが慌てふためく。
「いや、あの! エルシェ様……大公陛下にお礼を言われるようなことなんて」
「いいえ。本当にありがとう」
彼女らがいたから、エルシェの覚悟も決まった。結局、シルフィアの掌の上だった気もするが、あまり気にしないことにした。
三人を見送ってしまうと、少しさみしい気持ちになった。隣にいたヴィルヘルムスの手をぎゅっと握ってみる。すると、彼も握り返してくれた。少し、勇気が出た気がした。
エルシェは、選帝侯会議に出席するために帝都に向かう。会議に出席すると言う手紙も出したし、あとは本人が出立するだけ。護衛に公国軍を連れて行く。これはドリューネン侯爵が選定したのだが、ヴィルヘルムスの部隊が護衛につくことになった。子供が生まれたばかりにファビアンに遠慮した結果とも取れるが、実際はどうなのだろう。
「それじゃあ、ちょっと行ってくるわ」
大公になったばかりなのにいきなり国を離れるエルシェである。旅装の身軽なドレスを着こんだエルシェは、留守番役のドリューネン侯爵とシルフィアを見て言った。自分が出産で休むためにエルシェを呼び戻したシルフィアの思惑とは少し外れてしまったが、シルフィアは意地でもエルシェが返ってくるまでドリューネン侯爵と張り合ってくれるだろう。
「……シルフィア。無理しないでね」
「ふふっ。大丈夫よ。安心して行ってらっしゃい」
シルフィアは笑って答えた。強い。
「ご無事のお戻りをお待ちしております」
ドリューネン侯爵がエルシェを激励した。なんだか帰ってきたらエルシェの旦那候補が待ち構えていそうで嫌だ。
「エルシェ様が帝都に行っている間に、マレインも実家に戻します」
「わかったわ」
ドリューネン侯爵の言葉に、エルシェはうなずいた。アンドリースの妻であったマレインも、新しい大公が戴冠した今、城を出なければならない。修道院に入るも実家に帰るも自由であるが、マレインは修道院暮らしはできないだろうから実家に帰るのでいいのだろう。
「それでは、いってらっしゃいませ」
ドリューネン侯爵の声に合わせ、見送りに出ていた面々が「いってらっしゃいませ」と声を揃え、エルシェはちょっと引き気味だ。
「……行ってくるわ。ヴィル、行きましょう」
「はい」
エルシェが馬車に乗りこむのに、ヴィルヘルムが手を差し出した。エルシェはその手を取り馬車に乗りこむ。
一行は目指す。選帝侯会議が開かれる帝都を。
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