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エピローグ 河梁之吟を歌う

季節は春を迎えて四月になった。春は、多くの人々が新しい環境に出ていく時期である。自分の新しい場所を探し、そこで多種多様な人間と出会う。龍時もそんな春を迎えて、新しい環境の洗礼を受けていた。


「兄さん、起きないと遅れますよ」


橋子の声で龍時は起こされる。龍時が目を開くと、目の前には龍時の顔をうっとりと眺める橋子がいた。


「……いつの間に入ったんだ?」


「やだなぁ、兄さん。鍵を渡してくれたのは兄さんじゃないですか」


橋子はそう言って鍵をちらつかせる。ただ、橋子の言葉は勿論のことながら嘘であり、橋子は冗談のつもりで口にしていた。龍時はそんな橋子に怒りを覚える。


「それを返せ」


「何故です?万が一のことがあったとき、持っていた方が便利じゃ……」


「返せ!」


龍時は語気を強めて橋子に詰め寄る。すると、橋子は頬を赤らめてそっと鍵を龍時に渡した。龍時はそれを受け取るなり、一人で準備を始める。


橋子が持っていた鍵は、龍時が以前作ったものである。先日、橋子が龍時の部屋を訪ねた時にくすねていたのだ。


ただ、この鍵は龍時が夏泉のために用意したものである。決して橋子のためではなかった。


「……兄さん、まだ神戸さんに執着しているのですか?」


「………」


「百歩譲ってです。私は嫌ですが百歩、いや千歩譲って生野さんとお付き合いするのであれば問題ないと思っています。ですが、神戸さんはもうこの世にいないのですよ?」


「……関係ないだろ」


龍時は橋子の話を鬱陶しく感じつつ、身支度を整えていく。ただそれでも、橋子は龍時に食い下がった。


「兄さん、私は心配しています。神戸さんの後を追いかけるんじゃないかって……」


「なんだ?親父か母さんに聞いてくるように言われたのか?それなら心配ないといっておいてくれ。夏泉に生きると約束したんだ」


「だからその話は……!」


橋子は叫ぶも言い切ることはしなかった。死んだ夏泉が龍時の前に現れたという話を、橋子は眞銀から聞いている。龍時は信じられない体験を眞銀に相談していたのだ。


ただ、その話を聞いた橋子は、龍時がショックのあまり幻覚を見ているのではないかと心配していた。


「俺に構ってないで早く大学に行け。最初から遅れると癖になる」


龍時は、橋子が自分のことを心配してくれていると気付いている。そのため、むやみに邪険にすることは出来ず、ある程度橋子のことを気にはかけていた。


しかし、橋子が一枚上手なのは間違いない。橋子は無理して人の心配をしようとする龍時を見て、さらに心配になっていた。


「兄さん……」


橋子はついに我慢の限界に達し、龍時に抱きつく。龍時はただされるがままとなった。


「兄さん、私は兄さんが好きです。だから心配しています。……どうか自分を大切にしてください」


「……分かったから。だけどな、俺はお前の方が心配だ。そんなんじゃ、大学で彼氏の一人もできないぞ?」


龍時は橋子の肩を持って自分から離す。そんな橋子の顔は笑顔で溢れていた。


「その時は兄さんに……」


橋子はそのまま一人妄想に耽り、耳まで赤くする。それを見た龍時は、呆れて言葉が出てこなくなった。そして、橋子はもう手に負えないと判断するなり、龍時は橋子を置いて一人で家を出ることにした。


「おや、龍時も今から行くのかい?」


龍時が玄関から出ると、ほぼ同時に眞銀が隣の玄関から出てくる。眞銀は今日もいつも通りだった。


「兄さん、置いていかないで……!」


龍時が扉を閉めようとすると、妄想から現実世界に帰ってきた橋子が慌てて飛び出てくる。そして、眞銀の顔を見るなり険しい表情となった。


「あら、橋子ちゃんおはよう」


「……なんですか?」


橋子は眞銀に対して強い態度で出る。龍時は二人を気にしないで部屋の鍵をかけた。


「橋子ちゃんはここに住むことにしたの?」


「貴方には関係のないことです」


橋子は冷たく言い放つと、龍時の横にくっついた。しかし、龍時は橋子を払いのけて歩き始める。橋子はめげることなく龍時の後に続き、眞銀も橋子の背中を追いかけた。


「……告白してたじゃない。ね、龍時?」


眞銀が無愛想な橋子を追い詰めようと口を開く。


「誰が?」


しかし、龍時はその眞銀の質問に対して疑問形で返した。


「あら、気付いてなかったの?橋子ちゃんの可愛い告白……」


「黙ってください。そんなこと私してま……」


「部屋の壁、薄いこと忘れたの?」


橋子が平静を装って否定しようとするも、眞銀は畳み掛けるように橋子に言い返す。橋子は眞銀に押し込まれ、眞銀を睨むしか出来なかった。


曇り空の下、眞銀と橋子の言い合いは駅まで続いた。


龍時はこのような橋子と眞銀のやりとりを、毎日のように見ている。ただ、龍時にとってそれが気休めになることはなかった。大きく開いた穴は、なかなか塞がらないものなのだ。


夏泉がいなくなってから、龍時の周囲の人間関係は大きく変わっている。


橋子は生前の夏泉に敵対心を剥き出しにしていた。しかし、夏泉がいなくなってから、橋子のそんな態度は改まっている。橋子でさえ、龍時を心配して言葉を控えていたのだ。


その点では、眞銀も龍時に配慮していた。龍時は眞銀の口から、夏泉の名を聞かなくなっていたのだ。


ただ同時に、眞銀は夏泉の死後、龍時に対してアプローチをかけてきていた。夏泉に教えてもらった感情があったからこそ、龍時はそれに気がつくことができており、眞銀が変わった大きな点だった。


龍時が気付くほどの眞銀のアプローチ。龍時はそれにまだ気付いていないふりをしていたが、眞銀の態度があからさまになっていることは、龍時だけでなく橋子も察知していた。ただ、龍時にはその意図が分かっていなかった。


橋子は龍時と二人きりになると必ず、眞銀が危険な人間であると忠告する。龍時がそれを蔑ろにしたとき、橋子は泣いて信じて欲しいと言ってきたこともあった。


龍時は、それを単純に馬鹿馬鹿しいと感じていた。眞銀は龍時の中では好印象な人間である。龍時の中では、橋子の方が信頼に値していないのだ。


しかしそれでも、龍時は無意識のうちに橋子の忠告を聞き入れ、その結果眞銀との関係を発展させないようにしていた。その理由として、夏泉との別れから時間が経っていないこともあるが、一番は眞銀を信じたかったからである。


眞銀は夏泉の死を利用するような人間ではない。龍時はそう信じていた。


人との出会いは一期一会で、それは奇跡といえる。つまり、龍時が夏泉と出会えたことも、奇跡であることに間違いはない。


そして同時に、一人の男性を強引にでも手に入れたいと密かに考えていた人間が、社会に絶望したホームレスと知り合い、苦しい生活に自殺を考えていたトラック運転手と出会う。これもまた、奇跡なのである。

はじめに。このあとがきはネタバレを含みます。この話を読み終えてから、時間が余れば読んでいただきたく思います。勿論、読んで頂かなくても構いません。


あとがきで書くことは、この作品についてのダラダラとしたことです。そのことをご了承下さい。


さて始めに、読んでいただいた方はありがとうございます。汚い文章であったことは申し訳なく思います。


この作品を書こうと思い立ったのは、昨年の冬ごろ、それもクリスマスあたりでした。その日、駅でたくさんのカップルを見て決心しました。全て読んでいただいた方は分かると思いますが、ヒロインの夏泉が死んでしまった理由はこれです。


リア充爆破なんて言葉をよく聞きますが、はじめはそんな勢いで考え始めました。鬱憤晴らしとでもいいましょうか。


初期段階では、ヒロインを死なせてそのままブチっと終わらせるつもりでした。これがカップルには相応しい。そう考えたのです。


ただ、構想を練るうちにもう一つコンセプトを入れることにしました。それは、「敵は案外近くにいる」ということです。多くは言いませんが、私はそのつもりで書きました。


しかしまあ、ヒロインを死なせることは、どういう印象に繋がるのでしょうか?私は、二度とヒロインは殺さないと決めたところです。


今回の作品は、初めからヒロインを死なせるつもりでいたので、それを貫きました。しかし、なんというか感情移入してしまって、龍時と夏泉が可哀想に感じてしまったわけです。後半はそういう気持ちで書かれているので、どういうことが描写されているのか分からなくなっていたかと思います。


私の苦悩の結果と思ってご容赦ください。


最後に読んでいただいた方は本当に有難うございました。感想等あればよろしくお願いいたします。


また違う作品も考えつつありますので、これからもよろしくお願いいたします。

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