第142話 スシウィズアサマーイブニングレイン④
前回のあらすじ:
鳥路さんに山本葵が勝てるわけないだろ!
◆◆◆
山本葵史上、最も勝ち目の無い勝負を終え、本日二回目の寿司パが始まる。
これで朝食も寿司だったら更に実績解除していたかもしれない。
「……俺が寿司握る必要ある?」
「あなたは今日から山本家の寿司大臣よ」
母さんから変な役職を頂いた。返上したい。
「そうだよ。数こなして寿司屋のお姉ちゃん並の寿司を握れるようになってよね」
「輝理が握れるようになれば良いだろ」
「私は寿司を食べる方が好きなの!」
それは俺も鳥路さんも同じだが?
「カニカマの寿司です」
鳥路さんが人数分のカニカマの寿司が乗った皿を俺達の前に差し出す。
カニカマそのままでは無く、繊維方向に細かく裂かれた状態で握られている。
「これ……どうなってるの?」
繊細な見た目に反し、崩れる様子が無い鳥路さんのカニカマ寿司。
どうなってるのか素直に質問する。
「食べればわかると思う」
答え合わせのためにカニカマ寿司を食べる山本家。
「ん!? ワサビマヨネーズか! 接着剤と味付けの両方の役割があるんだね!」
「辛すぎなくて美味しい! これ好き!」
「お酒が欲しくなるわねぇ」
庶民の山本家も満足の味だ。俺も今度試してみよう。
母さんはビールの缶を追加でもう一本開けた。
「……お父さんは本日ご不在なのですか? 今更で申し訳ないのですが」
鳥路さんが父さんの所在について尋ねる。
そう言えば教えてなかったっけ。
「父さんは単身赴任中なんだ。九月末には帰ってくると思うけど……いたらいたで更に騒がしくなってたから、いなくて良かったと思う」
「そんな事は……」
俺の父さんの扱い方に鳥路さんが困った表情を見せる。確かにこの場にいない人を悪く言う感じは良くなかったか……でも事実なんだよな……
「良いの良いの! あの人、昨日は会社の人とフグ刺し食べたって家族チャットに写真送ってきたのよ!」
「そうそう! こっちも出張寿司職人の美少女と美味しい寿司食べてますって自慢しようよ、お母さん!」
「賛成!」
鳥路さんと寿司を囲んで写真の構図を検討し始める輝理と母さん。
「まぁ、こんな感じで仲は良い方だと思うから、心配しなくて大丈夫だよ」
「……うん」
鳥路さんの誤解は解けたかな。
「お兄ちゃん、撮って撮って!」
「はいはい」
輝理に急かされ、スマホのカメラで写真を撮る。
鳥路さんのぎこちないサムズアップがちょっと面白い一枚になった。
◇◇◇
夕立はとっくに止んでいたけど、夕飯を済ませた結果、空はすっかり暗くなっていた。俺は鳥路さんの服を状態を確認しに行った母さんの所に行き、鳥路さんの服を見ないように状況を確認することにした。
「母さん、鳥路さんの服乾いてそう?」
「うーん、まだダメね」
山本家の浴室の室内乾燥環境はイマイチだ。母さんの言う通り、鳥路さんの服は未だ生乾き相当の仕上がりなのだろう。
「困ったなぁ……送るにしても輝理のあの服だし」
「泊まって貰ったら? ご両親の許可を頂いて」
「なるほど、その方が良いか……泊める!? 鳥路さんを!? うちに!?」
「どうしたのよ急に……」
「いやだって、ほら、ねぇ!?」
色々展開が急すぎて心と体がもたない!
「何考えてるか知らないけど……輝理の部屋に布団敷くわよ?」
「あ、ああ……そりゃそうだ」
居てくれてありがとう輝理。そして俺が暴走しているのが客観的にわかった。
「ほら、早く聞いてきて!」
「わ、わかったよ!」
俺はリビングで輝理の遊び相手をしてくれている鳥路さんの元に向かう。
◇◇◇
「……という訳で、母さんが今日は泊まったらどうかって。輝理の部屋で申し訳ないけど。ご両親に確認して貰って良い? 厳しそうならうちの母さんに出て貰うけど」
リビングのソファに座っていた鳥路さんの事の経緯を説明した。
「わかった。聞いてみる」
鳥路さんはテーブルに置かれたスマホのチャットでご両親に確認を取り始める。
「で、輝理は何でくたばってるんだ?」
「全然お姉ちゃんに勝てないー! スッシーレーシングは結構自信あったのにぃ!」
俺は輝理にも全然勝てないんだけどなぁ……
スッシー関連のゲームは全部やりこんでるのか鳥路さん?
「許可が下りた。お世話になります」
鳥路さんのご両親からOKが出たようだけど……
「え? 許可出るの早くない?」
「山本くんとは面識あるし、ご家族もいるなら何も問題ないって」
俺一人だけドギマギしているのはもしかしてアホなのか?
これぐらいは普通なのかなぁ……
「え!? お姉ちゃん今日泊まるの! 合法夜更かし可能!?」
輝理が一人で盛り上がる。いつまにか寿司屋のお姉ちゃんではなく普通のお姉ちゃん呼びになっているし。
「キッズは早寝早起きしろ。そうなると鳥路さんに寝巻きとかパジャマ必要だな。流石にその服じゃ無理だし……輝理、鳥路さんが着れそうなラフな服あるか?」
「んー……あ! 良いのがあるかも! 準備してくるから、お兄ちゃんは私の代わりにお姉ちゃん倒しておいて!」
そう言い残して輝理はどこかへ行ってしまった。何で俺の顔見てニヤついたんだ、あいつ……
俺は鳥路さんの隣に座り、輝理が使っていたコントローラーを握る。
「……賑やかだね」
鳥路さんが呟く。
「うるさかった? いっつもこんな感じだよ」
「ううん、ちょっと羨ましいと思っただけ」
俺がお邪魔した時は賑やかだったけど……一人の時の鳥路さんがどうなのかは簡単に想像できる。フレベは人間みたいなもんだろうけど、近くにいる訳ではないしな。
「……賑やかさが恋しくなったら、うちに来れば良いよ。輝理も懐いてるし、お泊まりの提案も母さんだしね」
「流石にそれは迷惑じゃ」
「お、俺は、別に迷惑じゃない! むしろ、嬉しいというか……あ」
何言ってんだ俺!?
「……あ、ありがと」
鳥路さんは顔を少し赤くしながら、高速操作で画面をキャラ選択の状態にする。
「ご、ごめん。とりあえず、お手合わせお願いします」
「よろしく、お願いします……」
変な空気のままスッシーレーシングがスタートした。
なお、俺は一度も鳥路さんの順位を抜く事ができずに惨敗した。
◇◇◇
朝。気付いたら朝だった。
昨晩は輝理の部屋から辛うじて内容のわからない女子トークが耳に入ってきて寝不足気味だ。多分、それが無くても寝不足だったと思う。
寝不足だけど俺の頭はなんか冴えており、鳥路さんが山本家に来た理由をしっかり思い出していた。
机から寿司マニュアルのデータが入ったUSBメモリを取り出す。
「……寿司マニュアル。一応俺のPCにもコピーしておいたし、このまま鳥路さんに預けちゃうか」
とりあえず、これだけ忘れなければ大丈夫だろう。
いつもなら寝巻き姿で家を徘徊しているけど、鳥路さんがいるし、ちゃんと着替えてから部屋を出る。
「あ、おはよう、山本くん」
扉を開けたら偶然鳥路さんと鉢合わせになった。
「おはよう鳥路さん、昨日は眠れ……た?」
鳥路さんはまだ寝巻き姿。恐らく鳥路さんの服はまだ浴室にあるからだろう。
問題は鳥路さんが着ている寝巻きそのもの。着ているTシャツに大きく書かれた「町田は神奈川」の文字。見覚えがある。だって、これ……
「どうしたの山本くん?」
「それ……俺がほとんど着てないTシャツ……な、何で鳥路さんが!?」
勢いで買ったけどダサくて着る事なくタンスの奥底で眠っていたはずでは!?
「……え!? ご、ごめん!? す、すぐに着替えてくる!」
鳥路さんは走って浴室の方に行ってしまった。
「か、輝理いいいい!!」
まだ寝ているであろう妹の名前を叫ぶ。
これはゲンコツ一発は許されるんじゃないか? フレべに聞いてみるか……
とにかく寝不足気味の脳が完全に覚醒したよ! ありがとうな! バカ妹!
◇◇◇
スシウィズアサマーイブニングレイン おわり
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




