第126話 アナザースシジーニアス①
函館旅行から四日後……俺達寿司同好会のメンバーは寿司王こと勅使河原宗十郎の招待を受け、江戸前寿司の老舗である銀座宗鮨の個室にいる。俺みたいな一般人が入って良い場所では無いのでは?
「き、緊張するねぇ……山ちゃん」
周囲を落ち着きなく見渡している女子は賀集七津さん。俺と鳥路さんの同じクラスの友人で回転寿司の大手チェーン、ねこまた寿司のファンガールである。百鬼ホールディングス会長のお孫さんでもあり、小さい頃にねこまた寿司のCMに出演していた事もある。
「あそこの掛け軸とか壺とかって国宝だったりしない?」
俺も緊張のせいか、目に映るものが全部お高そうに見えている。
「何をおばかな事を……緊張する必要はありませんわ! 私達はお寿司を食べに来ただけなのですから!」
扇子をビシッと開いて口元を隠しながら上品に笑う女子は金星瑠璃子さん。金星グループのご令嬢で見た目も喋り方も何もかもお嬢様である。元々スシバトルのエンタメ興行を目指してスシバトル部に所属していたけど、色々あって今は寿司同好会に在籍している。
「はぁ……何を考えてるのかしら、寿司王のおっさん……」
「司先生、寿司王とお知り合いなんですか?」
少なくとも俺達よりは面識があるような口ぶりだ。
司先生。本名は確か司梨寿だったかな……普段は明るい英語の教師でクラスの担任。寿司になると雰囲気が変わってクールな一面を見せる。ただどちらの状態でも生徒思いの良い人に違いはない。
「え? いや、まぁ、少しね……それより鳥路さんは大丈夫なのこれ」
司先生に言われ隣に座る鳥路さんを見る。
「……」
お腹の虫を鳴らしながら、飢えた獣……いやそれ以上に鋭い目つきで空の湯呑みを睨む鳥路さん。
「昨日の夕食を控えめにして、今朝は朝食抜いてるらしいです……」
銀座宗鮨の寿司を全力で楽しむため、鳥路さん曰く、《《調整》》してきたらしい。
滅多に行けない寿司屋なだけあって本気度が違う。
「……暴れたりしないでよ?」
司先生は冗談まじりのようで本気で心配している。
「大丈夫ですよ。多分……」
正直この状態の鳥路さんを見た事がないので俺もどうなるかわからない。
そろそろ約束の時間だけど……
「おお! お待たせしたね! おっと! 座ったままで結構、今日は皆さんお客様だから!」
時間ちょうどに寿司王が縁側のある廊下の方から入室。ご高齢のはずなのに若々しさを感じる。
「は、初めまして賀集七津です!」
「金星瑠璃子と申します。勅使河原様に直接ご招待いただけるなんて大変光栄ですわ」
若干パニック気味の賀集さんと慣れてる感じの金星さん。
「お二人とも初めましてだね! 私は勅使河原宗十郎! 寿司王なんて呼ばれているが、ただの寿司好きの爺さんだよ! まぁまぁ緊張しないで! 楽にして!」
新幹線の時と変わらず、フランクな感じで接してくれる寿司王。文章がお堅いだけで普段からこんな感じなのだろう。賀集さんもホッと一息つき、過度な緊張が解けたようだ。
「どういう気まぐれですか、勅使河原さん」
司先生は寿司王に今日の招待の目的を尋ねる。
「梨寿くんは相変わらずだねぇ。では、先に本題から」
鳥路さんの腹の虫が鳴く! 鳥路さんが血走った目で寿司王を凝視する! 怖い!
「……入る前に、まずは寿司からにしようかな! 私もお腹が空いているからね!」
寿司王たる者、これぐらい空気が読めないとやっていけないのかも知れない……
◇◇◇
「……美味しかったけど、凄すぎて何がどう美味しいとかのレベルじゃなかったと思う」
「わ、わかるぅ!」
小鉢やお吸い物がついた寿司御膳を頂いた俺の語彙力ゼロの感想に賀集さんが同意してくれた。なんだこれ……高校生がこんな味覚えて良いのか?
俺がわかるのは赤酢のシャリである事、下ごしらえがしっかりした江戸前寿司である事ぐらい。函館で食べてきた寿司の美味さとは恐らく方向性が違う。
「食材全てが厳選されていて、握りも調理も完璧……これが銀座宗鮨の寿司ですのね……」
金星さんが言うのだからそういう事なのだ。寿司王が食材がどこどこ産のなになにと都度教えてくれていたけど、俺にはどう凄いのかがわからなかった。美味いものは美味いという事だけはわかっている。
同じ江戸前寿司の松風鮨の食材がシンプルにパワーアップした感じ?
その分お値段も凄い事になってそうだけど……
「美味しかった。マグロの漬けが特に」
いつもと変わらずシンプルな感想を述べる鳥路さん……が、俺にはわかる。
目に見えて鳥路さんの肌艶が良くなっている……! 穏やかな表情も相まって、鳥路さん的にもこの寿司御膳が高評価だった事は明らかだ!
「ほっほっ! それは良かった! 握った職人に伝えておくよ!」
同席していた寿司王も俺達と同じ寿司御膳を完食しているので、身内の中でも腕の立つ人が厨房で握ったと思われる。どんな人が握っていたんだろう……こういう時はカウンターだとすぐわかるんだけどなぁ。
「かなり腕の立つ職人……しかし、板長はこっちじゃないですよね?」
司先生的にはあたりがあるようだけど、その人でもないらしい。
「梨寿くんの言う通り。こちらの厨房は若いのが担当しているよ」
寿司屋の若い人が実際どのぐらいの年齢かわからないのだけど、板長と比較されるレベルだし凄い人な事に違いはなさそうだ。
「さて、お腹も満たされた事だし、お茶でも啜りながら本題に移ろうか」
寿司王の一言で緩んでいた寿司同好会の空気が引き締まる。
寿司王がゆっくりと両手を二回叩くと、縁側の廊下側から湯呑みと急須を持った女性が……いや、女の子? 俺達と同年代かな? と、とにかく、その人が丁寧な所作で入室する。
「まずはご紹介しよう。先程の寿司御膳の寿司を握った職人……そして私の孫娘だ」
寿司王の……孫娘!? この子がさっきの寿司を握ったのか!?
全然似てない……いや、面影が微かに……無いと思う。小柄ながら割烹着の着こなしはベテランの風格がある。お人形さんのように整った顔立ちだけども、年齢は俺達に近い気がする。
「勅使河原涼葉です。よろしくお願いいたします」
深々と座ったまま頭を下げる……ええっと、涼葉さん。それを見て俺達も慌てて一礼する。
「……そちらの寿司圧が高い方が鳥路英莉さんですね?」
「えっ!? そ、そうだけど……」
頭を上げて開口一番、謎の基準で鳥路さんを特定する涼葉さん。
もちろん驚く鳥路さん。それより、この家系は普通に寿司圧って単語使うのか?
「お爺様も梨寿姉様もなぜかあなたを高く評価しているようですが……涼葉には勝てません。あなたに勝って伝説の寿司包丁を手にするのはこの涼葉です……!」
突如立ち上がり鳥路さんを指差す涼葉さん。
右手で頭を押さえる司先生。膝を叩きながら笑う寿司王。
何言ってるんだと困惑する俺と賀集さんと金星さん。
で、伝説の寿司包丁って何!?
「……スシバトル?」
流れを察した鳥路さんが確認する。
「違います」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろす鳥路さん。
「寿司勝負です!」
「寿司勝負!?」
裏切られた鳥路さんの声が裏返る。
この時、寿司同好会のメンバーは全員思ったに違いない。
それって同じ事なんじゃないの? と……
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こちらの作品はカクヨムからの転載版です。




