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第101話 スシネバーダイズ後編⑤

前回のあらすじ:

鳥路さんの最終戦の寿司は……かんぴょう巻……!


◆◆◆


「ま、巻き簾を取り出したということは鳥路さん! 巻物を出すつもりでしょうか!? そうなると気になるのは巻く具材! 鳥路さんが取り出したのは……やけに年季の入った金属鍋ですね……な、中身は!? 高級な食材か!? 何ですかその濃い飴色の細いやつ……?」


 場を盛り上げようとする気持ちと困惑する気持ちが交差するMCの綿貫さん。


「か、かんぴょうだ! 鳥路はかんぴょう巻を出すつもりなのか!?」


 代わりに根木さんが鍋の中身の正体を明かす。寿司同好会メンバーは当然何を作るのか知っていたので驚きはしないけど、まさか本当に最終戦にこれを出すとは……司先生は納得してたけど……


「かんぴょう巻! な、なるほど……締めのお寿司を選んだのね」


 松風先輩も驚きはするもかんぴょう巻というチョイスに違和感は無いようだ。

 鳥路さんも言っていたけど締めの寿司か……最初は白身とか淡白な寿司ネタが良いのは知っていたけど、最後に何を食べるかってあんまり考えた事なかったなぁ。


「か、かんぴょう……かんぴょう巻!? ぶっ! ぷふっ! あはは! な、何よその貧乏人みたいなチョイス! 最後の勝負にかんぴょう巻!? 同好会だからお金がなかったのかしら!? 何が部長の負けよ! とんだ肩透かしだったわね!」


 わざとらしく腹を抱えながら笑う笹垣。そういうスシバトル部は何出すんだよと言おうとした瞬間、帯刀が取り出した食材に会場が湧き上がる。


「スシバトル部! こ、これはとんでもない食材だ! 大トロ! 大トロの握りで勝負をするようです! すごい! 私も食べたい!」


 綿貫さんのテンションがわかりやすく上がる。大トロを見るのは松風鮨の時以来だけど、寿司屋の最強寿司ネタみたいな風格がある。値段的にも。

 マグロの買い占めもこのためか!?


「大トロvsかんぴょう巻!? ど、どうやって審査するんだよ!?」


「そんなの大トロの圧勝だろ! 大トロだぞ!」


「こんなの勝負にならないよぉ!」


 混乱するギャラリー! この勝負の審査員になる人達は頭を抱えそうだ。単純な美味さとかそういう次元の差じゃない!

 鳥路さん! これ! 大丈夫なの!?


「そんな……! どうしてそんな寿司を握る!? 帯刀冴!」


 鍋でかんぴょうを温めながら本山葵ほんわさびを擦りおろしていた鳥路さんの手が止まる。その表情は曇っていた。

 

 ……それは、自身の食材との差を悲観するようなものではなく、ましてやワサビで涙腺を刺激されたわけでもない。


 《《大トロ》》そのものへの憐れみから来ているようだった。


「こっちの台詞だ! かんぴょう巻なんて安いネタを……後攻で締めの寿司として出せれば効果はあったのかも知れないが残念だったな。お前のかんぴょう巻は締めに食べられる事はない! 私が後攻だからだ!」


 鳥路さんの表情を見ても帯刀は態度を変えず大トロを握り始める。握り方も体力が回復し彼女らしい力強さが戻っていた。


 鳥路さんが後攻にこだわっていた意味はわかってきた。

 でも、だからと言って……鳥路さんがそこまでこだわる程の差が出るものなのだろうか? 

 俺がそんな事を考えている内に、鳥路さんは手際よくかんぴょう巻を巻き上げ、包丁で寸分の狂いもなく四等分に切り分けた。一皿に四つ、食べやすく切っただけで一本分が一人前らしい。残りの人数分を巻いていく作業は大変そうだけど……鳥路さんの体力なら心配ないだろう。 

 握りと巻物。大トロとかんぴょう。異種格闘戦のような異様な光景にも関わらず緊張感は確かに存在し、ギャラリーは固唾を呑んで二人の作業を見守っている。


「……それだけの体力と技術があってなぜ寿司職人にもスシバトラーにもならない? プロになって世間に認められてこそ本物。そうしないお前の技能は何のためにある?」


 帯刀が鳥路さんに問う。

 才能が輝くプロの世界。スシバトラーにそんなものがあるのかは謎だ。

 

「私は誰かに認められるために寿司を握っているわけでは無い。美味い寿司を食べたいだけの一般人、それが私だ」


 確かに鳥路さんの口から寿司職人になりたいという言葉は一度も聞いた事が無い。

 一般人は無理があるけど……でも肩書とかを考えるとそうなるのか?


「理解できないな……まぁ良い、この勝負に勝ってお前の才能はスシバトル部に使わせて貰うぞ」

 

 鳥路さんを引き抜く方針は変わっていないのか。ここまで拗れて鳥路さんがスシバトル部の言う事を聞くとは到底思えないけど……スシバトルの強制力が自称一般人の鳥路さんにも適用されるのだろうか。


「私は寿司が好きだ。帯刀冴、お前はどうなんだ?」


 鳥路さんのシンプルな問いに帯刀の手が止まる。


「……好きでも嫌いでもない。寿司は……スシバトルの道具にしか過ぎない!」


 帯刀のまっすぐな狂気が一瞬だけ揺らいだのを感じた。


「……」


 鳥路さんは何も言わず首を横に振ってから作業に戻る。

 

 気付けば二人の作業はもうほとんど終わっており、帯刀が最後の大トロを握り終わると少し遅れて鳥路さんのかんぴょう巻が最後の皿の上に納まった。


「え、あ! すみません! 名誉ある最終一般審査員の方はこちら! よろしくお願いします!」


 モニターに表示された名前を確認して、ギャラリーの中から一般審査員が前の席に移動する。ある程度一般審査員が座ったタイミングで係の人達が鳥路さんと帯刀の皿を運び始めた。


 いよいよ最後だ。どうなるか全然わからなくて不安だけど……鳥路さんを信じるしかない。

 それに、鳥路さんの表情は悲観的なものから覚悟を決めたようものに変化していた。勝負自体に問題は無い。かんぴょう巻自体は完璧な仕上がりである事がわかる!


「では! 白いお皿! 鳥路さんのかんぴょう巻からお願いします!」


 審査員がかんぴょう巻を食べ始める!


「うまっ!? うまい! 何これ!? かんぴょう巻ってこんな美味いの!?」


「ほんのり香るワサビの風味がすごく合う!」


「古臭くて安い寿司ネタだと馬鹿にしてたけど……この時代でも生き残ってるわけだよ! めちゃ美味いぞ!」


 そ、そんなに美味いのか!? 味の想像はできるけど、一体どんな仕上がりのかんぴょう巻なのか想像できない! 鳥路さんの家で寿司をご馳走になった時に頼めば良かった! いや、次お呼ばれしたら絶対頼もう!


「ああ……素晴らしいかんぴょう巻です! 丁寧な仕事にバランス……味付けも甘すぎずしょっぱすぎず……柔らかすぎず硬すぎない! かんぴょう巻としても締めのお寿司としても素晴らしい一品です!」


 生徒会長が目を輝かせながら解説する。くそ、今更だけどお腹空いてきた。


「お腹きつかったけどこれなら何個でも食べれる。美味しいです」


 美味しそうに食べる図書委員の子。これまでに十貫は食べてるはずだし、女子ならお腹もキツくなる量か……そうは思えない勢いでかんぴょう巻を食べているけど。


「美味い! もっと食べたいな!」


 漫研の人はすごくシンプルな評価。もう食べ終えてるし、お腹も余裕がありそうな様子に見える。


「か、かんぴょう巻ですよ!? そんなに! 美味しいわけ……うまっ! あ!? いいえ! 美味いとは言えかんぴょう巻! 私もお腹がきついので流石に一本分は厳しい! 客の気持ちをですね! うまっ。 ああ、いえこれは右手が勝手に! うまっ。 違うんですよ! これは! 美味すぎるのが悪い! こ、こんなの締めの寿司ではない! うまっ、ああああ!」


 完食するロボ研。口ではあれこれ言っても胃袋は正直なようだ。


「ここまで気合の入ったかんぴょう巻はなかなか食えないだろう……流石最終戦に持ち込むだけはある。そろそろ全員食い終わったな? ……鳥路、どうしてかんぴょう巻を選んだか教えてくれるか?」

 

 根木さんが周囲の様子を確認してから鳥路さんに質問をする。

 鳥路さんは目を閉じ、ほんの少し時間を置いてから、目と口をほぼ同時に開く。


「……私が好きだった寿司屋で必ず最後に食べさせて貰っていた寿司だから。どんな寿司ネタを食べてきても最後に食べるこのかんぴょう巻が一番美味しかった」


 ああ……


「でも、その店はもう無い。このかんぴょう巻も記憶を頼りに何度も再現しようとしたけど同じ味にはならなかった」


 答え合わせの無い思い出の味。


「……それでもこのかんぴょう巻には自信を持ってその店と同じだと言える要素がある」


 審査員とギャラリーが静かに鳥路さんの言葉に聞き入る。


「寿司ネタに貴賤きせんなし。どんな寿司ネタであれ、美味い寿司は人を笑顔にする」


 鳥路さんが時折口にする言葉の全文。


「店主が幼い私にいつも語っていた言葉……私の寿司の原点とも言える。店は無くともその店の思い出は消えない。語り継がれ、いつまでも誰かの心に残る」


 今この場で鳥路さんの思いは誰に向けられているものなのか。


「決してついえる事のない寿司の心……それをこのかんぴょう巻に込めた」


 沈黙から、一つ、また一つと拍手が増えていく。

 やがてその拍手は大きな波となって体育館を響かせた。


「ナイス寿司!」


「最高のかんぴょう巻だ! この話聞いてから食べたかったぜ!」


「鳥路さんは寿司警察じゃない! だってこんな人が寿司屋を潰すはずがない!」


 一般審査員席とギャラリーからそんな声が聞こえてくる。

 その時、鳥路さんの視線が動いた。視線の先は根木さん以外の審査員やギャラリーの方ではなく……


「……」


 帯刀に向けられていた。


「……その目は何だ、鳥路英莉」

 

「その大トロには何が込められている? 勝敗だけを意識した大トロなら……それは、空っぽな大トロだ……! 私はそんな寿司には負けない! 今も! これからもだ!」


 ギャラリーが鳥路さんの言葉を聞いて再び盛り上がる!


「改めての勝利宣言だ!」


「しかもさ! 《《これからも》》って! すげぇ自信だぞ!?」


「かんぴょう巻で大トロに勝てるの!? なんで!? どういう理屈!?」


 空っぽな大トロ……鳥路さんは帯刀が勝敗のためだけに後攻を選んだ事を指摘しているのか? それとも鳥路さんには既に勝利を確信できる何かがあるのか?


「空っぽだと……? 松風寿司と同じような事を……! それにその目も……同じだ! 私の事を馬鹿にしやがって……! 感情論で寿司が美味くなるのか!? ええ!?」


 帯刀の理性によって辛うじて抑えつけられていた狂気が溢れ出す……!

  

「そ、そうよ! 部長の言う通り! なんか良い話で誤魔化そうとしても無駄よ! そんなかんぴょう巻なんかより大トロの方が圧倒的に上! 美味い寿司は良いネタと高い技術、それだけで成り立つ! それをあんたらに理解わからせてあげるわ!」


 笹垣がそれに追従する! 帯刀と笹垣の寿司に対するスタンスは同じ!


 鳥路さんと帯刀の意見のぶつかり合いがギャラリーを大いに賑わせる!



 鳥路さんの寿司と帯刀の寿司……どちらが正しいのか! 答え合わせの時間だ!

感想・評価をいただけると、執筆の励みになります。


◇◇◇

こちらの作品はカクヨムからの転載版です。

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