決戦後
「やあ、目を覚ましたみたいだね」
目を開けると鋭い光が入ってきたので眉間を寄せる。
「レイナ……? ここは?」
―ああ、目を覚ましてすぐにレイナのご尊顔を拝めるなんて……
と寝起き早々気味悪いことを考えていることを隠し現状把握に努める。
「フフ、聞いて驚くかな。私の自室さ」
「えっ!」
それを聞くと、僕は無意識に目を見開いて上半身を勢いよく起こす。
辺りを見渡すと壁には様々な絵画が掛けてあり、全て風景画だった。部屋の間取りは余り大きくなく、ビジネスホテルのワンルーム程の大きさだった。
「あははは、そんなに驚くとはね。想定以上だったよ」
「いや、まあ……」
言い淀んでいる僕を尻目に、彼女は何かを思い出したように話を始めた。
「ああ、これだけは君に伝えなくてはならないね。」
「何を?」
僕がそう言うと、レイナはこちらを向き直した。
「私の存在は絵画が放棄された時に一度消えかけたことがある。」
―レイナがいない世界なんて考えられない……僕にとってはレイナそのものが世界で、世界そのものがレイナだと言えるくらいなのに……
「ほら、有名な『人は二度死ぬ』というヤツさ。でも、君のお父さん……先祖と言った方がいいかな。その人が私を助けてくれたのさ。あー―」
―僕の先祖がレイナを……やっぱり、血は争えないってやつか?
もっと他に考えるべきことがあるはずなのに、どうしても気持ち悪い方向へと思考が進んでしまう。これじゃ、レイナ限界オタクみたいじゃないか! 自分でそう突っ込んだが、まるで核心をついていたので何も言えなかった。
「ここから話すと長くなるな。つまり、今私が存在を保てているのは、ひとえに君が私のことを覚えていてくれたからなんだ。……まあ、どうしてそう毎日の如く私のことを考えていたのかは、あまり想像したくないけどね」
「君が私のことを考えていると、こう……分かるんだよ。私の存在の拠り所は記憶にあるからね。詳しいことは流石に分からないけど、愛か憎しみの感情でない限りそんなことはしないだろうって、想像して気持ち悪くなったよ」
「禁欲を説いている私が、まさかそんな感情に救われてしまうとはね……」
と、レイナはボソっとつぶやいていたが、それ以前の言葉を聞いた時、僕の体は羞恥心で燃えるように熱くなっていた。
―僕がレイナのことを考えているのが筒抜けだったなんて……でも、これってレイナと四六時中繋がった状態でいられるってことじゃないか!
天才(?)的な発想をした僕がそう頷いていると
「君、今変なこと考えていただろ?」
「!」
「なんで分かった? って顔しているね……そりゃ分かるさ。そんなにニヤニヤしていたら」
僕は自分の口元に手を当て、初めて口角が上がっていることに気付く。
「えっ、いや、それは……って、『橘玲奈』って名前はなんなのさ! それと、僕が君と知り合う前はどうしていたっていうんだ!」
このままだと僕が変態という印象がレイナの中に残ってしまう!と感じた僕は咄嗟に話題を変える。
「フフ、話を露骨に変えたね。まあ、君が変態だってことは充分、分かってたし、もう慣れてしまったよ」
既に変態と思われていたことにショックを受けるが、レイナは全く気にしていない様子だったから無用の心配とも感じた。―いや、人に変態と思われるのを心配しないのは人として終わってるだろ!
「質問は一つずつにして欲しいな。……まあいいか。じゃ、まず1つ目に答えよう。『橘玲奈』か。君のお父さんに付けてもらった名前だが、これはそこまで重要じゃない」
え! つまり、僕たちは兄弟なのか?でも、どっちが上なんだろう……
「この名前は、世を忍ぶ仮の名前として……ってそういうことを聞きたいんじゃないよね。どこから話そうか、そうだな、人を思い出す時に、君はどっちを先に思い出すかな?顔?それとも名前?」
―間違いなく顔です!
そう思うだけで幸せな気分になれる。
「……。まあ、直観では顔を思い出しているように思うだろうね。だけど、人を本来的に意味付けているのは名前なのさ。」
「?」
「顔は思い出そうとしても不完全な形で終わる。だが、名前は人の記憶にいつまでも完全な形で残っている。私は存在自体が不安定だから、君がいなかったらどうなっていたことか……。私も色々大変だったんだよ。つい最近なんかは私に違うイメージを植え付けられそうになったのさ」
それって……ああ、あの行方不明になったっていう。確かに、少ししか見ていないけど顔に違和感があった。更に、名前も少し違っていた。
「それで、二つ目だね。こっちの方は簡単で、君に会う前までは君の先祖がコンピュータや法的な手段で記録しておいてくれた、というだけの話さ。まあ、不都合もあったみたいだけどね」
うーん、記録でも記憶でも、どちらでもいいんだろうか?そこら辺の定義が分からないな……と思っていると、まだ聞きたいことがあるのに気付いた。
「そういえば、『ジャネット』っていう名前は?」
「よく覚えていたね。私も君には正式な形で真名を教えてあげよう」
感心した様子でそう言い、椅子から立ち上がってあくまで自然体に話し始めた、が、ただ話しているだけでも彼女の声は軽やかに奏でられているように美しく流れていた。
「私は『洗礼者ヨハネ』。真名、『ジャネット』」
「洗礼者ヨハネ……ってキリスト教の?」
名前だけは知っていたが、何をした人なのかは全く分からないな。
「あはは、随分ぼんやりとした印象を抱いているようだね。でも、私そのものが洗礼者ヨハネという訳ではないんだ。作者のイメージ、一般のイメージに沿って私の人格は形成されているからね」
―そんなの関係ない。目の前のレイナはなぜか今までよりも一段と輝いて見えているのだから……
さっきの話を聞き、ふと思ったことを言う。
「あ、『ジャネット』って呼んだ方がいい?」
「いいや、それは辞めてくれ。今まで通りレイナでいい」
意外にも強い拒絶の色をレイナが表したが、あまり深く追求しないほうがいいだろうと感じて僕は窓の外を見る。
「ああ、そうだ。これからは毎日会えるだろうから、楽しみにしていてくれ」
唐突にそう言われ、まさか……と思い、的中してしまった。
「気付かれてしまったかな? 私も君の学校に通うよ」




