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22.憧れた2人・赤薔薇を君に


 いよいよ裏デビュー曲のMV撮影の日。

 裏デビュー曲作りは、あんなに希望にあふれていたのに、どこか体が重い。

 そんな体へ、後ろから何かの衝撃が来る。慌てて振り返ると、紙袋を片手に持った恋星が眉をひそめながら仁王立ちしていた。


「なんて顔してんだよ。これから撮影だぞ」

「……恋星か。うん。ごめん。ちゃんとするよ」


 へらりと笑みを作り、体をほぐす。

 カバンから進行表を取り出し、再度確認を始める。しかし、頭には入っていかない。


「……寝れてねぇのか?」

「え、隈消えてない? メイクで消したんだけどーー」

「桃井のメイクは完ぺきだよ。そうなんじゃないかってオレが思っただけ」

「――っ、そっか。まぁ、ちょっとだけ寝れてないかな。でも、体調は断然だから」

「ファンに対して隠すのはプロ意識だと思うけど、メンバーに隠すのは違うだろ」


 まだ、仲間だって言ってくれるのか。

 いや、色々隠し事をしていると分かっているのは私だけで、恋星からしたら体のためにデビューしたくてもできない、かわいそうな奴に見えているのかもしれない。

 罪悪感がほんのりと肺を撫でた。


「結局、裏切ったのは俺の方だったね」

「……何の話だよ。オレは、オレたちはなにも裏切られてない」

「でもーー」


 私が言葉を続けようとすると、恋星は私が握りしめていた進行表を取り上げた。

 突然のことに唖然とし、恋星を見つめると、彼は自信ありげににやりと笑う。


「あ、この進行表、全部変更したから」

「は?」


 恋星はいきなり私の肩を抱き寄せた。そして私が驚きの声を上げる間もなく、内緒話のように、耳元に口を寄せた。


「この曲はお前の、デビュー曲で卒業ソングだ。だからそれ仕様に色々変更したんだ」


 恋星はそう言って私の体を開放すると、持っていた紙袋から何かを取り出した。

 取り出したそれは、みんなのメンバーカラーの色の花で出来た花冠だった。そしてそのまま、それを私の頭の上にを乗せた。「似合ってんじゃん」と言って満足そうに笑うその表情を、私はただ茫然と眺めていた。


「桃井以外のみんなで話し合って決めた。この曲は桃井が主役。曲や歌詞自体に変更はないんだけど、MVのコンセプトはだいぶ変えてる」

「進行表から結構変更したんで、大変だと思うっすけど、師匠ならいけますよね?」

「桃井薫は天才アイドルやからな」

「お前たち……。でもまぁ、俺も何の心配もしてない。裏デビュー曲なんてもともと俺たちがやりたいだけでやってるから、派手にやっていこうぜ!」

「おれも結と同じ意見。……みんなを驚かせよう」


 いつの間にか、恋星以外のメンバーも私の周りに集まっていた。

 どうだと言わんばかりのドヤ顔をしながら、私の反応を待っている。


「……曲のテーマが嫉妬で、裏デビュー曲で、卒業ソングだなんて、無茶苦茶だよ」

「アイドルに嫉妬はぴったりって言ったのは、薫君だよ。おれもそう思うし」

「結局、俺達みんな、薫に嫉妬してるようなもんなんだよな」

「アイドル星人かおるなら、何歌ってもアイドルソングになるやろ」

「祈織クンは、薫クンの事なんだと思ってんすか」


 みんなの顔はどこか、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしていた。


「初めから無茶苦茶なお前にこの曲はぴったりだ。普通、オーディション終わった後にどこの馬の骨かも知らねぇ追加メンバーなんて聞いた事ねぇよ。それにデビューできないって言うし」

「それは、ごめーー」

「謝んなよ。……お前あれから、ずっと謝ってんぞ」


 恋星は私の頭をぐしゃぐしゃと撫でようとしたが、花冠を乗せていたのを思い出し、その手を空中で止めた。そして気まずそうにその手を頬に持っていき、ポリポリとかく。


「オレとお前の神様は芸術品みたいなアイドルだったじゃん?」

「?」


 神様とは、一ノ瀬愛涙の事だろう。それがこれまでの話にどうつながるのかわからなかった私は、首をひねりながら続きを促す。


「だから、オレたちがお前を、桃井薫というアイドルを芸術品にする」

「!」


 理想がかなう音がした。

 私の実力を認めてくれたことも、引き留めてくれたことも、何も言わず責めなかったことも、私は嬉しかった。みんな優しいなって思った。

 でも、結局のところ私は独善的な人間で、最初に望んだ理想の体現を彼らに手伝って欲しかったのかもしれない。


「お前の理想をオレたちに叶えさせてくれ」


 私は、美しい終わりを夢見ていた。


×   ×   ×


 アイドル桃井薫は美しかった。


 6色で構成された花冠を乗せ、嫉妬を謳う。その姿は荘厳な神とも、純真な天使とも、憎き悪魔とも見えた。


 本当にうちの社長は怖い人だ。どこまで見えていたんだろう。

 突然紹介された細く折れてしまいそうな人物は、全てを飲みこむ一流のアイドルだった。アイドルであることを固執し、それでいてそれを押し付け過ぎない喰えない部分がある。

 社長の考えの通りか、まんまと俺たちは刺激を受け、成長していった。


『あぁ、君は俺を置いて行くんだね』


 置いて行くのは、置いて行かれるのは果たしてどちらなんだろう。

 俺はずっと、薫がおいて行く方だと思っていたが、案外、俺たちの方がおいて行く方かもしれない。


 俺もなすべきことを成さなくてはいけない。

 ずっと薫の撮影の様子を見ていたが、自分の準備のためにその場を離れた。


 裏デビュー曲の反応は想像を超えたものだった。一からすべて自分たちで作ったという点が評価され、テレビでも取り上げられた。

 特にファンのみんなは、すごく喜んでくれた。

 綺麗、カッコイイ、ありがとう、大好き……


 そして、裏デビュー曲MVの公開と共に、桃井薫の卒業が発表された。


お読みいただきありがとうございました。

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