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72話 軍師、親友と誓う

 浴場に入ってきたアリティアにアキトは慌てて目を逸らす。


「あ、アリティア!?」


 アリティアはそのままアキトの入る露天風呂に入ってきた。


「ぷっ。ちゃんとタオル巻いているんだから、そんな恥ずかしがらないでよ」

「そういう問題じゃ……出るよ」

「待ちなさい」


 アリティアの真剣な声が響く。

 真面目な話をしたいというのがアキトにも分かった。


「分かったが……何もここじゃなくてもいいだろう」

「どうせ今もあれこれ考えているんでしょ? なら一緒に体だけでも休めたほうがいいわ。あなただけじゃなくて、私もずっと頭が休まらない」

「アリティア……」

「私と話したいことはたくさんあるでしょ? 私の立場が役に立つなら、使って」


 自分に頼み事がある……アリティアはアキトを見て察していた。


「アキト。私にもう遠慮しないで。私は皇女。この国を守れるならなんでもするわ」


 学校にいた時の控えめなアリティアからは考えられない発言。アリティアは自分が皇女だからと特別扱いされることを嫌い、なるべく皇女と口にはしないようにしていた。


 しかしアンサルスの敗戦を機に、アリティアは変わった。


 リールの戦いの前も、皇女だからこそ国を守ると口にしていた。


 遠慮することは、その覚悟を踏み躙ることになる……

 アキトもまた、アリティアを皇女として接することに決めた。


「アリティア、ありがとう……皇女の君に頼みたいことがある。君の言葉なら、皇帝や諸侯に耳を傾けてくれるはずだ」

「なんでも言って」


 その言葉にアキトは深く頷き、帝国の現状を話しどうすべきか論じた。

 また、改めてアルシュタートへの侵攻やドラッセンでの不死者騒動について、アリティアに包み隠さず話す。


 アリティアは話を整理するように言う。


「……南魔王軍の帝国西部への侵攻は囮で、帝国中央部と変わらないほど栄えている東岸が本命。東岸で工作活動を続けている可能性がある、わけね」

「ああ。ドラッセン以降、敵に動きがない。しかし、俺たちは必ずまた南魔王軍が、南部から攻めてくると身構えていた。 ……今思えば、南魔王の王子の手紙が、俺たちを疑心暗鬼にさせたのだと思う」


 南の国境まで撤退する、という南魔王軍のアルフレッド王子の言葉。いつまた侵攻する分からないという恐れをアキトたちに与えていた。


「アンサルスを見れば、南魔王軍に相当な策士がついていることは明らかね。それがそのアルフレッド王子なんでしょう」

「ああ。彼は、守りが堅い東岸には攻めてこないだろうという帝国人の思い込みを知っているはずだ……帝国中央部が重要なのは当然だが、帝国東岸には中央にはない東の国々との交易路がある。帝国にとってここを失うのは、相当な経済的打撃になるだけでなく、他の国々との隔絶も意味する」


 頷くアリティア。


「西岸から帝国中央部に直接侵攻しても、全土を占領するのは難しい。軍を送るなら西岸を必ず経由しなければいけないし、占領地の維持は難しいわね。だったら、維持しやすい東岸を攻めて、敵の交易路を潰すほうが何倍もいい」


 アリティアは深くため息を吐いた。


「……あなたの読み通りだとしたら、面倒な敵ね。そんな相手に東岸を守り切れるかどうか」

「東岸には多くの兵がいる。西岸北部ほど簡単にはやられないと思うが、優秀な指揮官が必要だ」

「でも、帝国のほとんどの軍団が国境に張り付いたまま。前のアンサルスの戦いで、軍団も諸侯も将や兵を送る余裕がない。父に奏上しても、有効な手を打てるかどうか」

「そこで、俺はあいつの力を借りたいんだ」

「……リヒトね。でもあいつは他の諸侯からの侵攻に……いや、そこで私の出番か」


 自分が皇帝に頼み、領土紛争を仲裁してもらえばいい……アリティアはそう考えた。

 しかしアキトの考えは違った。


「その心配はない。リヒトなら、もう戦いを終わらせているはずだ」

「報告を受けたの?」

「まさか。ただ、あいつは領土紛争ぐらいで一ヶ月も時間はかけない」

「ものすごい信用ね……なら、リヒトに人員を与えて東岸に行かせるよう、私は父に頼めばいいわけね」

「ああ。工作活動を炙り出させるんだ。俺からもリヒトに承諾してもらうよう手紙を認めている」

「それこそ心配いらないわよ。あなたと皇帝という言葉を出せば、即座に動くわ。そっちは任せて」

「だといいんだが」


 アリティアはこくりと頷く。


「あなたに頼られれば、私もあなたもなにも断らないわよ。それじゃあ、明日の早朝には帝都に発つわ。父にはこの後手紙を書いて、帝都へ先に師駒に届けさせる」

「ありがとう、アリティア」

「いいのよ。あなたが国や領地のためにずっと頭を動かしているのだから、私も休んでいられないわ……ただ、こんな綺麗な場所をもう後にするのは惜しいわね」


 物憂げな顔で呟くアリティア。

 争い事が嫌いなアリティアの悲痛な気持ちが、アキトにも伝わってくる。


「今が正念場とも言える。すぐに帝国に平和がやってくるはずだ。そうしたらまた来てくれ。スーレも喜ぶ」

「ええ。その時は、ゆっくり過ごさせてもらうわ」


 互いに深く頷き合う二人。


 アリティアはそのままゆっくり立ち上がる。


「じゃあ、私は上がるわ。疲れたし明日も早いからもう寝ないと……あっ」


 言葉の途中でアリティアはふらついてしまった。


 アキトは立ち上がり、そんなアリティアをすぐに支えた。

 それからゆっくりと腰を下ろし、湯船に座らせる。


「あ、アリティア! 調子が悪いのか?」

「大丈夫よ……ちょっとのぼせただけだから」

「でも、顔が真っ赤だ! 熱があるかもしれない!」


 やはりアリティアは疲れていた。アキトはやはり日を改めるべきだったと後悔する。


「ごめん、アリティア……すぐに寝室へ。出発も」

「本当に大丈夫よ、アキト……ただ、お願いが一つあるの」

「み、水か?」


 アキトがそう言うと、アリティアは一瞬不満そうな顔をした。だがすぐに切なそうな顔で言う。


「もう少しだけ、こうさせていて……私、リヒトもいなくなって一人で寂しかった……ちょっと!」


 アキトはすぐにアリティアを引き離し、露天風呂から上がる。


「冗談を言う余裕があって安心したよ」

「……つまらない男ね。まあ、抱きしめようものなら、私の父とあなたの父に言いつけているけどね。アキトが婚約を呑んだって」

「その話は……」


 アキトがヤシマから帝国に送られたのは、単に人質というだけでなく、皇女との婚姻を前提にしたものだった。

 もちろん、結婚をする本人たちの気が合えばという話だが。


「あなたはスーレの軍師。だけど、あなたは私の男よ」


 先ほどの戦略の話以上に真剣な口調で言うアリティア。


 遠慮しないで話せる……自分の気持ちも伝えたかったということか。


 アキトからすれば、アリティアは親友で信頼のおける相手。


 こうしてアルシュタートの軍師として仕事を紹介してもらい、素晴らしい主君と師駒に出会えた。学校にいた時からアリティアは海外からやってきたアキトの面倒をよく見てくれた。本心は、アキトも拒否する理由など見当たらない。


 しかしアキトは自らの人質という境遇から、結婚すればアリティアも馬鹿にされると恐れていた。学校にいた時のアキトは師駒も得られず、F級軍師として蔑まれていたので尚更だった。


 流石にいつもの適当なはぐらかし方はアリティアに悪い……


 アキトは覚悟を決め、アリティアに振り返る。


「ごめん、アリティア……戦いが落ち着いたら、俺の方から話をさせてほしい。アリティアのことは、愛している。でも俺はまだ、自分に自信が持てないんだ」


 いつにもなく真面目な顔でアキトは言う。


 アリティアはそれを聞くと目を潤ませるが、すぐに顔を逸らす。


「そ、それは死ぬ人間がよく言う言葉よ! 本当に馬鹿ね!」

「ご、ごめん! ただやはり今は」


 アキトの言葉にアリティアは申し訳なさそうな顔をする。


「分かっているわ……私こそこんな時に困らせてごめんなさい。本当は言うつもりはなかったんだけど……ここの風呂気持ち良すぎて、想像以上に気が抜けるわね」


 頬を真っ赤に染めるアリティアに、アキトは目を逸らして言う。


「俺もできれば、ずっと入っていたいぐらいだよ。戦いが落ち着いたら一日中入ってやろうと決めているんだ」

「いいわね。私も落ち着いたら、そうさせてもらうわ。その時に、さっきの話も聞かせて……まずは目の前のことを片付けましょう」

「ああ」


 その言葉にアキトとアリティアは深く頷き合うのだった。


〜〜〜〜〜


 隣の部屋の隠し穴から、アキトとアリティアの一部終始を眺めていたアキトの師駒一同。


 アカネは感心した様子で言う。


「二人とも……大人って感じ」

「アカネは子供っぽいからな……すぐに手が出ていただろう」


 シスイの言葉にアカネが怒ると、それをフィンデリアがまあまあと仲裁した。


 一方のリーンは悔しそうに呟く。


「アキト様とアリティア様があんな関係だったとは。長くお仕えしているのに知らなかった……」


 最初は皆が盗み見していることに心底驚いた顔をしていたライルだが、今は納得した顔で言う。


「なるほど……最初は混乱しましたが、理解しました。皆様、常に主のことを観察しておられるのですね。故に、戦場においても連携が取れている……勉強になります」


 その言葉にヴォルフもうんうんと頷くのだった。

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