71話 軍師、心を安らげる
「驚いたな。こんなに街の整備が進んでいるとは」
アキトは一ノ島の街並みを歩きながら言った。
以前来た時よりも、さらに建物が増えたり大きくなっている。
ベンケーらが掘りだした岩だけでなく、年季の入った石材や瓦も見える。恐らく住民がアルシュタットから運んできた資材もあるのだろうとアキトは察した。
アキトの隣を歩くスーレは自慢げに言う。
「アキトがいない間、皆で頑張ったんだよ!」
「……本当に頑張ったな。それに皆、元気そうで安心した」
アキトが始めて見たアルシュタートの人々は、皆飢えて痩せていた。しかし今は違う。石畳の街路を行き交う人は皆顔の血色もよく足取りも軽い。
着ている服は依然ボロボロの者も多いが、洗濯が行き届ているのか清潔に見えた。
「フィンデリアさんがいたから、皆病気知らずだったんだ。シロもいたしね」
「二人とも回復魔法を使えるからな」
「食料もハナのおかげで、皆お腹いっぱい食べられているよ」
「そうか。俺がいなくても、もう大丈夫ぐらいだな」
それほどまでに師駒たちの力とアルスの人たちの協調性がすごいと言ったつもりだった。
しかしスーレは急に寂しそうな顔を見せる。
「……アキトが戻ってくるって信じているから、私も皆、頑張れているんだよ。もしアキトがいなくなったら……」
「ご、ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」
アキトは足を止めて言う。
「俺は、アルシュタートの、君の軍師だ。他の誰のもとにもいかない」
「アキト……」
スーレは笑顔を見せ、深く頷いた。
港で出迎えてくれたスーレは以前と変わらず明るい雰囲気だった。しかし心の中ではアキトが不在だったのを不安に思っていたのだろう。
それだけ自分を信用してくれていることをアキトも嬉しく思った。
そんな中、後ろから声がかかる。
「あらあらアキト。主に悲しそうな顔させるなんて、軍師失格ね……どう、スーレ? 言った通り、少し悲しそうするだけでアキトの気を惹けるでしょ?」
アリティアはスーレの隣に立つとニヤニヤとした顔で言った。
「うん! アリティアお姉ちゃ……様の言う通りだった!」
「変なことを教えないでくれ、アリティア」
アキトが不服そうに言うと、アリティアは軽い口調で答える。
「あなたも私のスーレに変な言葉遣い教えないで……スーレ、昔と同じようにお姉ちゃんでいいからね」
「うん! アリティアお姉ちゃん。私もっと学校にいた時のアキトのこと教えてほしいな!」
「もちろん、いくらでも教えてあげるわ。自分の軍師なんだから、もっと知っておかないとね」
アリティアはスーレと手を繋ぎ、街路を進んでいく。
呆れるような顔を見せるアキトだが、内心ではスーレがやはり元気そうなことにアキトは安堵した。
……アリティアはスーレがもっと小さい時に会ってたんだっけか。
アキトとしても親友と自分の主が仲良くしていることは嬉しい。
……有る事無い事アリティアに喋られるのは嫌だが……アリティアも羽を伸ばせているようで何よりだ。
頼みたいことは山ほどあるが、戦いが終わったばかり。今日はやめておこうとアキトは考えた。
その後もアキトはアルスの皆の様子を確認しながら、一ノ島を歩いていった。
街には休息に訪れた白獅子隊や黒龍隊の騎士の姿もあった。皆、表情を緩ませ、束の間の休息を楽しんでいるように見えた。
アキトは後方を歩くネアに振り返る。
「あまり娯楽が多い場所とはいえないが、騎士たちの様子はどうかな?」
ネアは首を横に振ると満足そうな顔で答える。
「何も不満はないよ、アキト殿。むしろこんなに風光明媚な場所で浴場に入れるのだ。新鮮な魚介もそれは美味で、最高の休暇になっていると言っていい。三日後の交代まで、私含めゆっくり休ませてもらう」
「ぜひそうしてくれ……だが、皆怒っていないか?」
「守兵に残すよう頼んだことか? 何も怒ってはいない。我らは戦功のためではなく帝国のために戦いたいんだ。もちろん、北魔王領へ行った仲間がそうではないとは言わないが……後方の守りも大事な仕事だ。特にあのリールは何世紀にもわたり要衝になる可能性がある」
それにとネアは真剣な表情で続けた。
「もちろん仲間の作戦が上手くいくことを私も願っている。だがアキト殿が恐れる事態も十分に考えられる。私たちはそれに備えるよ」
「ありがとう、ネア殿」
「礼を言うのはこちらのほうだ。我らにあれほどの活躍させてくれて、しかもこんな素晴らしい場所に招待してくれた。ありがとう、アキト殿。今後とも、軍師としても我らを導いてくれ」
ネアの言葉にアキトは首を縦に振った。
アキトはそれから巡察を終えると、スーレと久々に食卓を囲み、アルスの海鮮に舌鼓を打った。島で何があったかスーレの話を聞くが、どれも微笑ましい日常の話でアキトも安らぐ時間を過ごせた。
そのあとはアルスの大浴場にある露天風呂に一人で浸かることにした。
「……ふう、やっぱりアルスの風呂はいいな」
アキトも体に疲労を感じていた。
いつもは冷たい水で体を流すだけ。久々の温かい風呂に全身の疲れが抜けていくようだった。
しかし体を休めつつも、その頭は常に戦況と統治に向けられていた。
……明日にでもアリティアに東岸のことを頼もう。一方で、西岸がしばらく安全になるのなら帝国中央部との交易を大々的に再開してもいいかもしれない。
アルシュタートのことだけではなく、西岸全域と帝国全域についても考えるアキト。
そんな中、湯気で包まれる露天風呂に、一人の人影が入ってきた。
アキトは望んでいないが、領民はここをアキトたちのものと遠慮して使わない。
となれば、師駒の誰かがきたのだろうとアキトは考えた。
イタズラずきなシスイかアカネか。あるいはライルか──
そう予測するアキトだったが、現れたのは長い黒髪の女性……アリティアだった。




