57話 軍師、友人と決意する
「アキト殿、本当に良かったのか?」
エルハーゲンの外で野営の準備をする帝国騎士たちを見て、マシアスはそう呟いた。
「心配しないでほしい。西岸北部の兵は一兵も出させない」
「つまり、アルシュタートだけが兵を……」
マシアスはそれを聞くと、苦悶の表情を見せた。やがて首を横に振って言う。
「我々はアキト殿たちに頼りっきりだ。やはり、我々も戦わせてくれ」
「ありがたい申し出だが、今は復興に人手が必要だ。それに、騎士団が北魔王軍に必ず勝てるという保証もない。マシアス殿たちは、兵を温存しておいてほしい」
「しかし……」
「大丈夫だ。どのみち、大量の兵を動員しての戦いはしばらくやってこない」
「それは……どういう意味だ?」
「北魔王軍の装備は、南魔王軍よりも貧弱。敵の数がどんなに多くても、重装の騎士団相手に平野で迎え撃つようなことはしないだろう」
「北魔王軍は築城や鍛冶の技術が未発達。敗色濃厚となれば、いつも山や森に籠る……北に広い平野は少ないし、たしかに大規模な会戦は挑んでこないだろうな」
「その通りだ。帝国騎士団もしばらくは険しい地形で小規模な戦いを強いられるはず。会戦は双方が勝てると思ったときに起きるだろう。それまでは、俺たちだけで対処できる」
「なるほど……分かった。ともかく、アキト殿が必要と思ったとき、西岸北部の兵は動かしてくれ。アキト殿はもう、我らの主君の軍師なのだから」
マシアスの言葉に、アキトは身が引き締まる思いがした。
スーレの名を掲げ、戻れない決断を下してしまった。
西岸北部はアルシュタートの傘下に入ったことで、アキトは彼らの生命を守らなければいけなくなったのだ。
アキトの采配は、今まで以上に多くの者の運命を左右することになる。
「ありがとう……必ず、ノルデンや北岸西部の皆を守る」
マシアスはアキトの言葉に深く頷いた。
「我らも全力で支える所存だ……しかしアキト殿。何やら、先程から騎士団を連中をずっと気にしているな。もしや、やはりやつらはエルハーゲンの占領を」
「それはまずあり得ない。ただ……」
「ただ?」
「いや、騎士団の戦力を確認したかったんだ。もし、騎士団に怪しい動きがあればもちろん伝える。マシアス殿も何かあればすぐに伝えてほしい」
「承知した。それでは私は、他の将と今後の防備ついて協議してくる。先ほどの軍師殿の軍議のために、地図なども用意しなければならぬのでな」
そう言い残し、マシアスは城壁から降りていく。
一方のアキトは、エルハーゲンへと入城する帝国騎士団の面々に目を向けた。
兵舎で泊まるのは、上位の将軍や騎士のようだ。皆、煌びやかな鎧を身に着けている。
だが、アキトが探しているのは彼等ではない。
学長のエレンフリートがいるのなら、軍師学校の軍師が同行していてもおかしくない。
時と場合によっては、彼らも師駒と共に戦闘に加わる。
今回のようにあまり大軍でない場合は、彼らも貴重な戦力になるのだ。
自分の友人であるリーンハルトやアリティアもいるかもしれない──
そう考え騎士団の面々を見ていると、アキトはリーンが何かをじっと凝視しているのに気が付く。
その視線の先には騎士に混じり歩く制服姿の男女がいた。
アキトの友人ではない。
学長の娘エルゼと、学長のお気に入りセケムだ。
アキトが退学となった原因を作り出した二人だった。
だが、アキトにとって彼らはどうでもいい。
……彼らがいるということは、その周辺に軍師学校の生徒がいるはず。
アキトはエルゼとセケムの周囲を探す。
──いた。
アキトは他の生徒と歩く、長い黒髪が美しい女子生徒を見つけた。
彼女はアリティア。
帝国の皇女で、アキトが帝国に来て以来の友人だ。
そのアリティアも、アキトに気がついたようだ。
一瞬目を丸くしたアリティアは、すぐにアキトのいる城壁上へと階段を上がってやってきた。
息を切らしながらアリティアは言う。
「……アキト! 無事だったのね!」
心底ほっとするような顔を見せるアリティア。
「ああ。特に怪我もなく元気にやってるよ。ここにはいないが、君が紹介してくれた大公閣下もご無事だ」
「途中のアルシュタートの街や村で、大公も住民もアルスに移住したって聞いたわ。それと、どうやってやったかは分からないけど、北魔王軍を追い払ったって……」
アリティアはそう言うと、顔を曇らせて言う。
「アキト、ごめんなさい……まさか、そこまで危機的な状況になっていたとも知らずに」
危ない場所に送り込んでしまったとアリティアは罪悪感を覚えていた。
しかし、アキトは首を横に振る。
「結果として皆の役に立つことができたんだ。俺は何とも思ってないよ」
それを聞いたアリティアは小さく笑う。
「皆の役に立つ、か……変わらないのね、アキトは」
「まだ別れて半年も経ってないんだぞ。たいして変わるわけないだろ」
「ふふっ。理屈っぽいところも全然変わってない」
アキトは、アリティアからよく理屈っぽいと笑われていた。
「馬鹿にして……当たり前のことを言っただけだろ」
アキトは学校にいたときと同じような言葉を返す。
しかし内心は、アリティアと再会できた喜びでいっぱいだった。
「やっぱりあなたはリーンハルトとそっくりね」
そう言うと、アリティアは急に寂しそうな顔になる。
アキトはその様子を見て、リーンハルトがここにいないことを察した。
「リーンハルトは、来てないんだな」
「ええ。あいつは、自分の領地に戻っているわ。なんでも、周辺の領主が領地に攻めてきたって」
「そうか」
「リーンハルトのことだから大丈夫よ。彼の領地は兵士も多いし」
「俺も心配してないよ。あの男のことは」
自分など足元にも及ばないほど賢く強い男だ。
単に会えなかったのが残念なだけ。
「リーンハルトも同じことを言っていたわ。アキトなら、どこでも上手くやれるって」
「買い被りすぎだと思うが……」
「私もそう思う」
「それはそれで少し悔しいな……」
アキトはそう言うと、アリティアと顔を合わせ笑った。
「アリティアも相変わらず俺にはきついな」
「二人が私にきついからよ。そんなことより──」
アリティアはアキトの後ろに目を向ける。
アキトが振り返ると、そこにはリーンや他の師駒たちがいた。
リーンはお辞儀するように体を曲げ、挨拶する。
「アリティア様、お久しぶりです」
「久しぶり──って、いつの間にか喋れるようになったの!?」
「はい。アキト様に師駒石で強化していただきまして」
「なるほど、人間の言葉が喋れるなら色々なことができそうね……もしかして周りの子たちも」
「ああ。俺の師駒たちだ」
シスイとアカネ、ヴォルフはアリティアにお辞儀する。
フィンデリアは手を振り、シロは鳴き声であいさつした。
シスイ、アカネ、フィンデリア、ヴォルフ、シロ……皆、軍師学校時代にはいなかった師駒だ。
「ずいぶん増えたわね……」
「ちなみに……あの下にいる男たちも、俺の師駒だ」
「っ!? 彼ら全員?」
アリティアは第十七軍団の者たちを見て、目を丸くした。
「あ、ああ。百人いる」
「駒無しと言われていたあなたが、セケムとかエルゼ並みとは……私だって二十もいないのに」
「ははっ……多くの出会いに恵まれたんだ。アルスにも師駒を残してきてるぐらいだ」
「そ、そう……ともかく、賑やかそうで何よりだわ」
アリティアは安堵するような顔で言った。
だが、すぐに真剣な顔でこう呟く。
「でも、また状況は悪くなりそうね……どこかの自称帝国最高の軍師様のせいで。学長は、この西岸北部を自分の汚名返上のための踏み台にするつもりだわ」
「帝国騎士団もそういった連中が多いだろうな」
「ええ。しかも、彼らの半分は新兵よ……こちらが仕掛けて負けたら、南方の領土を失ったアンサルスの二の舞。いえ、もっと酷くなるかもしれない」
「そうはさせない。学長たちが俺たちを利用するつもりなら、俺たちも利用させてもらうだけだ」
アキトがそう答えると、アリティアは意外そうな顔をした。
「うん、どうかしたか?」
「いえ……ただ、アキトも変わったんだなって」
「ああ、だから変わってなんか……え?」
アリティアは首を横に振る。
「気にしないで。ただ、学長を利用……利用してどうするつもりなの?」
「やるからには、北魔王軍に大きな勝利を収める。そして、西岸北部の復興の時間を稼ぐんだ」
「目的は全く違うけど、勝利が必要なのは学長と同じというわけね」
「そうだ。だから、俺も北魔王軍と戦う」
「危ないからやめて、とはもう言えないわ」
「ああ……俺にはアルシュタートと西岸北部を守る義務があるからな」
アリティアはこくりと頷く。
「分かった。私も戦うわ」
「アリティアは皇女だ。万が一のことも考えて」
「あなたもリーンハルトも戦っているのに、一人だけ学校に戻れって?」
アリティアは暗い顔で続ける。
「さっきもアルシュタートのこと知らなかったって言ったけど……私、本当に帝国の現状を知らないんだなって思い知らされた。私は、皇女なのに」
アリティアは真剣な眼差しでアキトを見る。
「皇女だからこそ、私にも戦う義務がある……私は帝国の皆んなを守らなきゃ。ここに来たのは、そのため」
アリティアが戦いを嫌っているのをアキトは知っている。
しかし、帝国の状況は日に日に悪くなってきている。
アキトもリーンハルトもそのせいで、戦いに身を投じているのだ。
皇帝の娘が、何もしないわけにはいかない。
──とても無理せずに帰れとは言えないな……
アキトはアリティアにこう返す。
「なら……一緒に戦おう。俺たちで帝国の人々を守るんだ」
「アキト……」
それを聞いたアリティアは決意したような顔で頷く。
「ええ……戦いましょう。一緒に」
「ああ」
アキトも深く頷き返した。
「……よし。それなら、早速学長の元へ行こう」
「軍議に参加するつもり? ……今まで以上に白い目で見られるわよ。いや……元々そんなことを気にするような玉じゃないわね」
「人を空気が読めないやつみたいに言うんじゃない」
「あら、それは本当でしょ? 普通、こんな顔の幼馴染と再会したら、もっと何かあるもんじゃない?」
「……何か? 何かする必要が? というか、寂しそう……?」
アキトはそのまま難しい顔をして考え込んでしまう。
「もういいわ! はあ……私ってそんな魅力ないかしら」
アリティアは自分の髪の毛を撫でながら頬を膨らませた。
それを見ていたアカネがシスイに言う。
「どうしましょう……! 怒った顔もとてもお美しい! まさか、旦那様にあんな見た目麗しいご学友がいらっしゃったとは……!」
「天女もかくや……しかも昔馴染みの様子。これでアカネの目は無くなったな」
「ま、まだ分かりませんよ! 確かにとっても綺麗な方ですけど……!」
焦るような顔で言うアカネ。
一方のリーンは満足そうな顔でアキトを見ていた。
「アキト様、とても嬉しそうですね……」
ずっと戦い詰めだったアキトだ。
久々に友人と会えて気も晴れたはず。
リーンはそれが嬉しかった。
「でも、再会を喜んでいる暇はない……」
すぐにリーンは他の師駒たちへと言う。
「……皆さん。また、戦いが始まります。ここからが正念場! 皆で、アキト様をお支えしましょう!」
「おう!」
「はい!」
他の師駒たちは元気よく応じた。
その後、アキトはアリティアと共にエレンフリートのいる兵舎へと向かうのだった。




