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56話 軍師、再会する

 ノルデン伯領をはじめとする西岸北部の地域は、マシアスら在地の将によって統治されることとなった。

 その地の正当な領主たちは、実質的に追放されたのである。


 そして新たに統治者となったマシアスたちは、アルシュタートとの合併を申し出た。


 アキトも望んでいたことだ。


 しかし、帝国は封建社会だ。

 皇帝の許可なく、領地の併合は許されない。

 故にまず、アキトはマシアスたちに、皇帝と元老院に合併の許可を申し出る書状を出させた。


 皇帝自体は民衆の声に耳を傾ける寛容な君主として知られている。

 許可が下りることはあり得ないが、占領に動くこともまず考えられない。

 まずは事情を聞こうとするから、時間を稼げるはずだ。


 その稼いだ時間で……アキトは、アルシュタート大公が西岸北部の主人に相応しいことを証明するつもりだった。


 幸い、西岸北部は今、アキトたちが活躍できる機会に溢れている。


 アキトが師駒とともに、西岸北部の復興を手伝うのだ。

 それにアルスの開発が一段落ついた今、ベンケーなどの師駒を呼ぶことも可能。


 アキトからすれば、何の不安もなかった。


 だが、一つの懸念──それが今、現実のものとなろうとしている。


 エルハーゲンの城壁の上に立つアキトは、市外から向かってくる煌びやかな装いの軍勢に愕然とした。


 先頭には、盾に無数の家紋が記された帝国騎士団の旗が翻っている。


 当然、それを見たエルハーゲンの兵士は浮き足立っていた。


 マシアスも不安そうな顔でアキトに尋ねる。


「アキト殿……いかがしよう? 迎撃の準備はできているが」

「いや、その必要はないでしょう」


 アキトは進軍を止めた帝国騎士団を見て言った。


 それから間もなく、帝国騎士団から数名の騎乗した者たちだけがエルハーゲンへと近づいてくる。


 その中には、アキトもよく知る顔があった。


 学長……


 かつての師であるエレンフリート学長。

 自分を退学させ、追放した男だ。


 そのエレンフリートが帝国騎士団の将軍と馬を並べ、こちらにやってくる。


 アキトは彼に恨みを抱いてはいない。

 スーレという素晴らしい主君を得た今、すでに過去のことは水に流していた。


 だから、会うこと自体は別になんとも思わないのだ。


 しかし、エレンフリートがここに来るということは──アキトの懸念が当たってしまったことを意味している。


 アキトはマシアスに言う。


「マシアス殿。彼らは、補給や宿営の許可を求めてくるはずだ。兵糧については満足にないことだけを伝え、許可することを伝えてくれ」

「わ、わかった。しかし、もし領主を迎えるよう伝えてきたら?」

「断ればいい。それで攻撃してくることはまず考えられない。彼らの目的は別にある」


「別の目的……アンデッドはもう駆逐されたからな。その上、領主のためでないなら、何故ここに来たのだろうか」

「それは……彼の口から聞けるだろう。だがいずれにせよ、マシアス殿は補給と宿営の許可だけを出せばいい。それ以外何をする必要もない」

「わかった」


 こくりと頷くマシアス。


 やがて、エルハーゲンの城壁の前でエレンフリートらが馬を止めた。


 そこにはノルデン伯ら、追い出された領主たちの姿もあった。


 ノルデン伯はその集団の先頭に馬を進めると、城壁の上のマシアスを睨みつけて怒鳴る。


「マシアス!! 援軍を連れ、私が帰ってきたのだぞ!! 出迎えもせずに何様だ!!」


 マシアスは城壁の淵に歩み出ると、言葉を返す。


「閣下。あなたが民のために善政を敷くというのであれば、私はいつでもノルデン、いやこの世を去りましょう。ですが、今のあなたをお迎えするわけにはいかない」

「き、貴様ぁ!! エレンフリート殿っ!! どうか、奴らに思い知らせてやってください!!」


 青筋を立てて言うノルデン伯だが、エレンフリートは城壁の上をずっと眺めていた。


 当然、アキトも視界に映る。

 しかし特に凝視もせず、顔をマシアスに向けた。


「マシアス殿。何も心配されることはございません。ノルデン伯らは騎士団の一兵として参加しており、街に入るつもりはありません。我らは、領内の諍いを調停するために来たわけではないのです」


 エレンフリートの言葉に、ノルデン伯ら領主は顔を青ざめさせる。


「え、エレンフリート殿?」

「あなた方はすでに領民や兵の支持を失ってしまっている。それは、彼らの顔を見れば明らか。すでに言いましたが、功績を得るしか、あなたがたが領主に戻る道はない。」

「そ、そんな……」


 ガックリと肩を落とすノルデン伯らを他所に、エレンフリートはマシアスへ告げる。


「彼らは、騎士団の従卒とともに街の外で野営させます。ご安心召されよ」


 当然、演技の可能性もある。

 アキトはエレンフリートの言動を注視した。

 マシアスも誰もが抱く疑問を口にする。


「閣下らを助けに来たというわけではないのなら、何故この西岸北部に?」

「それは、西岸北部、ひいては帝国の脅威である北魔王軍と一戦交えるため」


 エレンフリートはそう言い放った。


 覚悟をしていたアキトにとっては、驚きもなかった。


 しかしマシアスは困惑するような顔を見せる。


「き、北魔王軍と? 奴らに挑むというのですか?」

「ええ。この西岸北部はただでさえ貧しいというのに、今回のアンデッドの騒乱でさらに疲弊した。今、相手の攻撃を許せば、とても持ち堪えられない。それゆえに、こちらから北魔王軍に仕掛けるのです」


 西岸北部ではなく、さらにその北を戦場に設定する。

 籠城するよりも、打って出たほうが被害が少ないというわけだ。


 その狙い自体はアキトも頷けるものだった。


 とはいえ、それは戦力が十分にあればの話だ。

 五千の戦力では、大した侵攻ができないのは明らか。


 しかも、北魔王軍が西岸北部の現状に気づいているかはわからない。

 却って敵を触発し、北魔王軍の逆侵攻を招く可能性もある。


 故にとてもアキトは賛成できない。

 また、マシアスたちも侵攻に割ける兵などなかった。


 マシアスはこう答える。


「悪いが、とても兵を貸すことはできません。食糧もほとんどない。宿営とわずかな補給ぐらいしか、許可できません」

「兵を出さない? 自分たちを守るためなのですよ? そこに千名も寄越さないと? 我らは、そもそもあなた方の領主に呼び出されてきたのに。まさか、呼び出したのを領主だけのせいにされるつもりか?」


 断れば、皇帝や帝国中央にどう言われるか分からない。


 出したくはないが、兵を出すべきか──マシアスがそう考えた時、アキトが口を開く。


「学長──いや、エレンフリート殿。それについては、アルシュタート大公の指示のもと、兵を出します」


 その言葉に、エレンフリートは露骨に顔を歪めた。


「貴様……」


 だが、今は学長と生徒の関係ではない。

軍師と軍師、対等な関係だ。


 エレンフリートは怒りを抑え、アキトを問いただす。


「アルシュタート大公が、西岸北部を代表して兵を出すと……アキト君はそう仰るのですね」

「はい。すでに皇帝陛下には、マシアス殿らがアルシュタート大公を新たな主人に迎えたいと文をお送りしています。大公閣下は、西岸北部全域を守る責務を自覚しておられる。西岸の兵は、閣下が指揮します」

「我らの指揮下には加わらないと言うのですか?」

「加勢をしないとは申していません。北魔王軍の脅威は、閣下も取り除きたいと考えています。できる限りの支援はしましょう。ですが、西岸北部の兵の指揮権は我々にある──だから、共同戦線を張ると、考えていただきたい」


 その言葉に、エレンフリートはもちろん、他の騎士団も不服そうな顔をする。


 だがやがて、エレンフリートが笑みを浮かべた。


「……はははっ! 共同戦線とは! これはおかしい!!」


 エレンフリートは笑いを堪えて言う。


「我々は、あなた方が戦力になるなど期待していません。単に設営や物資の運搬など、人手が欲しかっただけ。当然、戦場に立たせるつもりなどなかった。戦場の名誉に預かるのは、我ら騎士だけで十分。匹夫など、かえって邪魔になるだけだ」


 そう言うと、他の帝国騎士たちも笑い声を上げる。


「ともかく……マシアス殿。宿営と補給、そして人夫を雇う許可証をいただきたい。もちろん、代金はお支払いいたします」


 マシアスはアキトが頷くのを見て答える。


「承知しました。許可を出しましょう。小さいが兵舎などもある。各施設も使われるといい」


 エレンフリートはその言葉に首を縦に振った。


 だが、アキトがこう付け加える。


「エレンフリート殿。最後にお願いがあるが、作戦の立案には私やマシアス殿らも参加させてほしい。領地と周辺での軍事行動。我らにも、関わる権利があるはずだ」

「つまり、軍議にあなたも参加すると?」


 先ほどまで笑っていたエレンフリートは、アキトを睨みつけた。


 エレンフリートの頭に、アンサルスの出来事が蘇る。

 アキトによる自分への異議。

そしてその異議は的を射ていた。


 エレンフリートは怒りを抑えるのに必死だった。


 ただ、アキトはエレンフリートを煽るつもりで言ったわけではない。


 当然、無理な作戦ならば反対を、有意義な案なら補強をしたかっただけだ。

 実際に北魔王軍に大打撃を与えられるなら、アルシュタートにとっても大きな利益となる。


 アキトは落ち着いた様子で答えた。


「騎士団の命令権は我々にはありません。ただ、情報の共有は必要かと存じます。地理に明るい地元の者もいたほうがいいでしょう。そのためにも、どうか我らに軍議に参加する許可を」


 帝国騎士団の者たちは顔を歪める。

 アキトたちの意見など聞きたくない、という顔だ。


 しかし一方で、アキトの言うように情報は欲しい。


 エレンフリートはふっと笑いをこぼすと、こう答える。


「……いいでしょう。我らの抜け目ない立案は、辺境の軍師や将兵たちへの教育にもなるでしょうから。どうぞ、ご自由に」


 軍勢へと手を振るエレンフリート。

 それから、ノルデン伯ら他の領主らに待機させ、自分と帝国騎士団の者だけを伴いエルハーゲンの中へと向かう。

 

 エレンフリートは城壁の上のアキトに目を向ける。


 アキトはまたもや異議を唱えるつもりだ。

 それならそれで、構わない。

 むしろ、今度こそあの小僧に軍師としての格の違いを見せつけられるいい機会だ。

 必ずや、アキトにあっと言わせるような勝利を掴んでやる──


 エレンフリートは正面を向き直すと、エルハーゲンへ入城するのだった。


 一方の帝国騎士団の軍勢は、エルハーゲンの外に野営地を築き始めた。

 エルハーゲンの兵舎は小さく、将軍や隊長など限られた者だけしか宿営できないからだ。

 

 そしてその限られた者たちの中には、アキトもよく知る軍師学校の者たちもいるのだった。

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